32 / 82
第32話
◆
二人で出かけた日からしばらく経った。
お腹がへった。
一度満腹というやつを知ってしまったからだろうか、空腹の状態をごまかすことができない。
喉がカサカサとする気がする。
あの人に舌を這わせて、それから喉奥に白濁を流し込んで欲しい。
それに、下肢を割り開かれて中に、精液をぶちまけられたい。
馬鹿な妄想だと思う。あれから宗吾さんは僕にキスすらしない。
怖くなって無様に泣いてしまったのだ。萎えるし引くに決まっている。
普通の人間ならもうそういう意味での興味をなくしている。
この家の掃除の仕方を教わって、連絡用にスマートフォンを渡された。
多分、彼は僕の事を大切に扱ってくれている。
必要のない食事を二人分準備してくれて、今度淫魔用の社会復帰支援教室を見に行こうと言っていた。
言われたことは、勝手に一人で外出しない事。
それだけで、そもそも行きたい場所が思い浮かばない僕には関係の無い事だった。
前の生活でも外に出たことはほぼ無い。
『セックスをしたい』と伝えていいものだろうか。
空腹で、思考はどういう性行為をして欲しいかで塗りつぶされていく。
いつもの時刻。宗吾さんが仕事から帰宅する。
「おかえりなさい」
玄関まで出迎える。
いつも通り、食卓に向かって、それからという思いは駄目だった。
空腹に気が付いた状態で宗吾さんを見ただけでもう、思考が本能で塗りつぶされる。
自分の吐く息が熱い。
馬鹿みたいだと思う。
彼にとって僕が愛玩動物かという以前に、僕自身がそういう生き物なのだ。
発情して馬鹿みたいに強請るしかできないそういう生き物。
「この匂い……」
靴を脱いだ宗吾さんが言う。
匂い? 何のことだか分からなかった。
宗吾さんが僕の首筋に顔を近づける。
彼の髪の毛が僕の肌に触れた。そんな刺激だけで吐息がもれそうになる。
「やはり、体臭だな」
宗吾さんがこちらを見る。
じいっとこちらを覗き込まれるように見られる。
「那月、腹が減っているのだろ?」
見抜かれている。
淫魔の本能について、彼は調べたのだろうか。確信めいて聞かれる言葉に、唇が戦慄く。
「……はい」
空腹を認めるという事はセックスを強請るのと同じことだ。
自分がそういう生き物だと示すことだ。
とてもではないけれど彼の目をみて返事をすることはできなかった。
目を逸らして肯定の返事を返すと、彼は僕の頭を二度ほど撫でると「じゃあ、ベッドルームに行こうか」と言った。
「宗吾さんの食事はっ……!?」
僕が言うと宗吾さんは何かが面白かったらしく、ふはっと声を出して笑った。
それから、「そっちは後でいい」とはっきりと言った。
ともだちにシェアしよう!