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番外編:出会い(宗吾視点)

宗吾視点 最初は多分瞳がいい、と思った気がする。 ただ、それを正しく理解する前にその時は来てしまった。 自分は父親にとっても母親にとっても一番ではないことは知っていたし、物心がついた時にはそれが普通だった。 別に虐待をされていたわけではない。 きちんと社会通念上大切にされていた。 だけど彼らの一番が他の場所にあることはわかっていた。 それが普通のことだったし、親戚の集まりではいつか来るその時のためにという話をさんざんされた。 思春期のあたりでは、特定のものに執着することへのあこがれが少しばかりあったと思う。 入れ墨はそのころ入れた。 両親の体にも普通にあったのであまり抵抗感はなかった。 仕事はいつか出会ってしまう執着対象のために金はあるに越したことはないだろうと思い決めた。 執着対象があると言っても、その瞬間他の常識が消え失せる訳でも無ければ美的センスの様なものが元々頭の中に無いわけではない。 それなりに色々なものを大切にして生きることはできる。 ただ、自分とって世界は薄膜を通した様なものだった。 多分俺は執着対象以外を暫定でも一番にすることはできない。 もうそれは理解していた。 けれど、いっこうに自分の執着対象と出会うことは無かった。 どんな名画を見ても美しい風景を見ても駄目だった。 このまま執着対象を一目見ることも無く、ただ薄膜の中から世界を眺め続けるのかもしれない。 そう思ったとき、彼に出会った。 常識がなんてボロボロなと思っているのに、一瞬でそんなことはどうでも良くなる。 ボロボロなのが気に食わなければ自分できれいにしてやればいい。 彼が人外のものであることは見てすぐわかった。 反射的に加納の手をはらう。 驚きと好奇の視線を受けるが、そんなことはどうでもよかった。 本当にどうでもよかった。 俺の世界は、今まさに彼と“それ以外”に分かれてしまったから。 “それ以外”のことはどうでもいい。 それよりも考えなければならないのは彼を確実に自分のものにする方法だ。 失敗は許されないし、加納が後でやはり、となるのも避けたい。 それさえ回避して彼を手に入れられるなら。 恐らく加納は俺がそこまで思っていることに気が付いていない。 だから“商談”は成功した。 何が起きているか全く理解できていない淫魔の『那月』はオロオロとしていた。 ああ、これが執着か。 彼の那月という名前さえ特別に思える。 月の土地の権利書を買うなんて愚か者のすることだと数十分前の自分ならはっきりとそう思ったはずなのに、今は彼が喜ぶなら月にちなんだ何かを贈りたいと思う。 ああ、ようやく自分の人生が色づき始めたのだと気が付いた。 オロオロからオドオドに変わった態度が演技だとしても別に構わないと思った。 結局それが演技ではないのを知るのは、この後すぐだったけれど、俺の執着対象は彼なのだ。 彼がなぜそこまで何かに怯え、自分を卑下するのか。もっと早く出会っていたらとは思うがそれも含めて彼なのだ。 否定する理由が見つからなかった。 どちらでもいい。 人生は長い。 俺が考えなければならないのはただこの手の中に、ずっとずっと彼を、那月を納めておくことだけなのだから。

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