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番外編:ある野ねずみの話

宗吾さんに一緒に出掛けて欲しいと頼まれたのは梅雨が明けてすぐのことだったと思う。 会わせたい人がいる。そう言われた。 「どなたに?」 そう聞くと「遠い親戚だよ」と宗吾さんは言った。 その言い方から、宗吾さんと同じ何かに執着している人なのだとわかった。 けれど、その親戚に何故僕が会う事になったのかがよくわからない。 「その人には大切なものがあって」 宗吾さんは手短に話してくれたけれど詳しいことは分からなかった。 その親戚の人は持ち歩けない物に執着していること、自分にもしものことがあった後もその執着対象を守り続けて欲しい。 そんなお願いらしい。 自分の死んだあとの金魚鉢の心配をする感じなのだろうか。 ああ、でも宗吾さんに最初に選ばせてもらったあのマグカップを僕以外の誰かが使うのは少し嫌かもしれない。 そういう気持ちがかなり大きくなったものなのだろうか。 でも処分するとかではなく守り続けて欲しいの意味がよく分からなかった。 宗吾さんも詳しく知らないらしい。 最近分かったことだけれど、多分宗吾さん、というより宗吾さんの一族の人たちは執着対象以外にとてもドライだ。 だから、多分宗吾さんはその親戚の執着対象にあまり興味が無いのだろう。 けれど、お互いに執着しているもののために協力するという話のため、会うことを約束した。だから詳しいことがわからないし、何故僕も呼ばれたのかも明確に説明できないのだろう。 だけど、宗吾さん以外の人の執着を見てみたい思いがあり、「是非一緒」にと伝えた。 当日、宗吾さんに車に乗せられて、思ったよりずっと車に乗り続けた。 高速道路でいくつかの県を超えたことに気が付く。 宗吾さんが高速道路を降りたのはしばらくして、人がいなさそうな小さなインターチェンジだった。 そこから山道を走ると遊歩道と書かれた看板と大きな駐車場があり宗吾さんは車を止めた。 待ち合わせていた人は先についていた様で宗吾さんに手をあげて挨拶をしていた。 宗吾さんよりずっと年上の壮年の男性だった。 僕も慌てて頭を下げる。 「君が、へえ」 そこには好色なものは何も含まれていなかったので、そう言われてもあまり居心地は悪くなかった。 「少し歩くんだけどいいかい?」 その人はそう言った。 三人で遊歩道を歩く。 驚くほど人はいなかった。 くたくたになる位歩くと、かなり開けた場所に出た。 木でつくられた遊歩道はきれいに整備されていて見渡す山々は美しく周りも草原というより山野草の花畑の様だ。 おもわず「わあ」と声を上げる。 これが彼の執着なのだろうか。 その人を見るとそっと首を振る。 「私の、執着はね」 その人は静かに話し始めた。 この花畑のある場所に野ねずみが住んでいること。 その家族、というかそのネズミの一族が彼にとっての執着対象であること。 そして、そのためにここら辺一帯の土地を買ったこと。 彼らを見るために遊歩道を整備したこと。 そして入場料を取っているためここら辺に人が来ることはめったにないこと。 「野ねずみってどんな大きさなんですか?」 「そうだなあ。 500円玉はあの子たちに近い大きさかな」 野ねずみが500円玉に似たサイズと言わないあたりが宗吾さんの親戚だなあと思った。 「私の執着対象が特定の子なら連れて帰ってしまったんだけどね」 だから、自分に何かあった後も彼らの住む環境を、そして彼らを守ってあげて欲しいんだ。 そう、壮年の男性は言った。 野ねずみを見てみたいと思ったけれど、彼らにストレスを与えるような行動は駄目らしい。 運が良ければたまに見れるらしい。 彼の執着を見ることはできなかったけれど、僕はこの景色は好きだと思った。 「どう思う?」 宗吾さんが僕に聞いた。 二人の未来の話だから彼が僕をここへ一緒に来てくれたのかもしれないと思った。 「この景色は好きです」 僕がそう言うと、宗吾さんは「そうか」といった。 それから「俺もきらいじゃない」そう言ってから、壮年の男性にむかって「たまにこうやってここにきていいのなら、俺たちの最後までここを引き継ぎましょう」と言った。 「彼らを傷つけ……いや、君たちはそういうタイプではないね」 だからこんなお願いをするんだけれど。 はにかみながら男性はそう言った。 たまに宗吾さんと二人でここに来たら、この人の大切な家族を見ることもあるかもしれない。 それは少し楽しみだなとそう思った。 番外編:ある野ねずみの話 了

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