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第8話

碧斗の場合 朝、目が覚めるときよかと先生はまだ床で寝ていた。 僕は喉が渇いたから、水を飲もうと台所に行った。そうすると、物音で目が覚めたのかきよかが目を擦りながら身を起こした。 「碧斗くん、おはよー。」 「おはよ、、、ございます。」 きよかは長い髪をゴムで縛りながら、キッチンに来た。 「朝ごはん、パンで良い?」 慣れた手で冷蔵庫を開ける。 何回、何十回この部屋に泊まっているんだろう。 「いや。僕もう帰ります、、、。」 「えー。いいじゃん。朝ごはんだけ食べて行きなよ。コーヒー入れるよ。」 少しだけまたイライラした。 まるで我が物顔だ。 「、、、。きよかさんはよく泊まってるんですか、、、?」 「あ!!」 きよかは僕の声にかぶせて、声を上げた。 そして、僕の顔に自分の顔を近付けて小声で聞いてきた。 「そういえば、昨日ヒールの音聞こえた?」 少しいたずらっぽく上目遣いで聞いてきた。 急な距離感に僕は驚いて、少し身をひいた。まつ毛が長くて、鼻に小さいそばかすがある。 「、、、聞こえなかった。」 「だよねー。私も聞こえなかったー。」 きよかは、少し残念そうに言いながらお湯を沸かしている。 「昨日は、生き霊とかよく分かんないこと言ってごめんなさい。」 僕はうつむきながら、言った。 なんで謝っているか、自分でも分からなかったけどきよかが気にしてたらそれは申し訳ないな。って思ったんだ。 きよかは、キョトンとしてこっちを見た。 「ぜんぜん気にしてないよー。むしろ、生き霊説が濃厚だよね。先生だもん。」 きよかは笑っていた。 「きっと今までも色んな恋愛してきて、女泣かせてきてるんだろうなー。だから、なるべく隙を作らないようにこうやって泊まり来たりしてんだよね。」 インスタントコーヒーの粉をコップに入れてお湯を注いだ。 「、、、きよかさんも、不安になる?」 僕はコーヒーの入ったコップを受け取りながら聞いた。 「不安になるよー。先生、大人だしさ。 探ったりすると困るだろうし。たぶん先生は縛ると離れていくんだよね。」 でもさ、ときよかは続けた。 「横から攫われるほど、生半可な気持ちで私は付き合ってないんだよね。」 コーヒーを見ながら、少し笑って言った。 僕は、きよかに少しだけ同情した。 手に入ったら入ったで、きっと安らぐ時間は少ないだろう。 きっと1人でいるときも、おじさんのことで頭がいっぱいなんだろう。 おじさんのいびきが聞こえる。 僕らの気も知らないで、なんて呑気な男だろう。 「そーいえば、ライブ来週の金曜日なんだよね?先生と見に行くよ!」 きよかが目をキラキラさせて言った。 「え!いーよ。」 僕はびっくりして、コーヒーにむせた。 きよかとおじさんの姿を見ながら、ギターなんか弾きたくない。 「おじさんに、見られるの恥ずかしいし。」 僕は俯きながら言った。 「ふーん。そしたら、私友達と行こうかな。」 「、、、まぁ。それならいいけど、、、、。」 きよかは、嬉しそうに笑った。 「なんだ。お前ら早いなー。」 おじさんが、起きてきた。 「コーヒーのむ?」 きよかが慣れたふうに聞いた。「ん。」とおじさんは答えた。 「そういえば、今日近くで花火大会あるな。」 おじさんがコーヒーを飲みながら言った。 昔から、おじさんは祭りとか花火大会が好きだ。小さい頃はよく連れて行ってもらった。別に神輿を担いだりするわけではないが、あの雰囲気が好きらしい。 「そうだ。3人で行くか。」 おじさんは、閃いたように言った。 「いいね!そうしようか。」 きよかも、嬉しそうだった。 「僕は、お邪魔だからいいよ、、、。」 「なに言ってんだ。来年は受験で祭りどころじゃなくなるんだから楽しんどけ。」 きよかもいるから、気が引けたけど久しぶりにおじさんとお祭りに行きたいという気持ちが勝って頷いてしまった。 夜になると、僕らは花火大会の会場の近くの河川敷を歩いていた。たくさんの人が集まっていた。 オレンジ色に光る出店、走り回る子供たち、はっぴを着た人たち。 きよかもはしゃいでいるように見えた。 「結構人いるねー。その辺にビニールシート敷いて、場所取らない?」 「そうだな。」 芝生におじさんが、ビニールシートを敷いた。そういえば小さい頃も、両親とおじさんとビニールシート敷いて花火見たっけ。 僕はおじさんの膝の上に座って、花火を見上げていたのを覚えている。 「碧斗くん、なんか食べる?私買ってくるよ。」 きよかが笑顔で聞いた。 「あ。俺ビール。」 「先生に聞いてないよ。」 「あ、、、。なんでも、、、。」 「そ?んじゃなんか適当に買ってくるわ。」 きよかは言うと同時に出店に向かっていった。 「あいつ、気きくよなー。」 おじさんは、呑気に言った。 「いい人だよね。きよかさん。」 おじさんは、ビニールシートの上でごろりと横になった。 「、、、。おじさん、本気なの?」 僕はずっと気になっていたことを聞いた。 「なにが。」 「きよかさん。」 「あのなぁ。お前は俺を不誠実な男にしたいらしいが、俺はいつだって本気なんだよ。」 「じゃあなんで、その年まで結婚しないんだよ。」 おじさんは、大袈裟にため息をついた。 「生意気言うようになっちまって、おじさんは悲しいよ、、、。」 「きよかさんは、本気だよ。」 僕は目の前の川を見ながら言った。 「、、、。知ってるよ。きよかが大学卒業したらそん時は考えるよ。」 僕は驚いて、おじさんを見た。 「それって、、、」 「まぁそん時まで付き合ってるか分からんけどな。」 おじさんは、今まで見たことないような顔をしていた。 そんな、つまらないこと言うなんて。おじさんは結婚とか子供とかそんなの気にしないはずなのに。 僕は鼻が熱くなるのを感じた。 そうするとおじさんが不意に僕を見た。 驚いた顔をして慌てて、体を起こして僕に顔を近づけた。 「おいおい。別に今すぐにどうこうじゃねぇぞ!?え!お前どういう感情??」 「おじさんが、、、は、、、そーゆーものには興味ないと思ってたから、、びっくりして、、、。」 僕は声が震えて、涙が出ていた。 そうするとおじさんが、小さく笑って優しく僕の頭に手を載せて言った。 「大丈夫だ。お前のおじさんには変わりないからな。」 そのまま、僕の頭を自分の肩に寄せた。 おじさんの服の柔軟剤の匂いがした。僕は小さい頃に戻ったみたいだと思った。 「お!始まったぞ!」 おじさんが言ったと同時に、花火の音が響き渡った。 「間に合った。間に合った。色々買ってきたよー。」 きよかが、たくさんのビニール袋を持って戻ってきた。 「あれ?碧斗くん。体調悪い?人混みにやられた?」 きよかが心配そうに、顔を覗きこんだ。 「俺が最近、構ってやってないから寂しいんだってよ。」 おじさんが、にやにやしながら言った。 「、、、。うざい。」 僕は鼻を啜りながら言った。 きよかは、笑いながらビールをおじさんに渡した。 おじさんは、やっぱり何も分かっていない。 花火を見上げてはしゃぐ2人の隣で、僕は1人川面に映る花火を見ながら、おじさんの体温や匂いを思い出し、心臓をばくばくさせていた。 その匂いも肩も骨ばった指も、いつかこのままきよかのものになるんだろう。 そうなったら、僕はどうなるんだろう。

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