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第5話 ※碧斗

期末テストも終わって、あっというまに7月で夏休みになった。 ライブまであと1週間ちょっとだから、スタジオを借りて練習している。 「碧斗、おじさんのこときらいなのか?」 スタジオの部屋で岳くんと、2人きりになり不意に聞かれた。 「え?なんで?」 「こないだ、おじさんに会ったとき、碧斗の顔こわかった。」 岳くんはベースを弾きながら言った。 あのときだ。カフェできよかとおじさんが2人でいたときだ。 「きらいじゃないよ。」 僕は岳くんのほうを見ながら、言った。 「おじさん、女癖悪いんだよね。また女の人泣かせないうちに、声かけたんだよ。」 僕はギターのチューニングをしながら、笑ってごまかした。 「たしかに、おじさんかっこよかったもんな。遠目からだったけど、、、。」 「えー?ただの中年オヤジだよ。」 そんな会話をしていると、奏と原田くんが来て練習が始まった。 こうしてる間にもレッスンの合間にきよかとおじさんは会ってるんだろうか。 おじさんはどんなふうに、きよかの体を触るんだろう? あの骨ばってるごつい指で、髪を首を腕を抱いてるんだろう。 そんなことを考えていると、お腹の辺りが熱くなる。一瞬どきん。となる。 そうして、僕はギターを間違った。みんな気付いていなかったけど。 いや、岳くんが一瞬こっちを見たから岳くんだけは気付いたかもしれない。 練習が終わり、携帯を見るとおじさんからメッセージが来ていた。 ー 鍋食わないか? 僕はおじさんのアパートに向かった。 玄関を開けて横を見ると、きよかがキッチンにいた。 「おー。碧斗くん。おかえり。」 「、、、ただいま、、、?」 反射的に返してしまった。なんできよかがいるんだ? きよかは、おじさんのクタクタなTシャツを着ていた。 襖があいて、おじさんが顔を出して笑った。 「あおー!なんか怖い映画でも見るか?」 僕は苛立ちながら、おじさんに小声で言った。 「おじさん!彼女も居るなら言ってよ!」 「え?俺言ってなかった?」 「言ってないよ、、、!」 おじさんは、ビールを飲みながら僕に顔を近づけて言った。 「お前、女の子と付き合ったことないだろ? 夏休みもバンドばっかだし。女に耐性つけるための練習だよ。」 こーゆーおっさんくさいとこが、うざいんだよな。 「酒くさいから、寄らないでよ。」文字(ルビ) 「んだよ。つれねぇなぁー。」 「はい。お鍋できたよー。」 きよかが、グツグツ煮立っている鍋を持ってきた。鍋の蓋に鳥獣戯画の兎やら蛙やらの絵が描かれていた。 鍋がテーブルの上に置かれた瞬間、部屋の温度が一気に上がった。 「、、、てゆうかなぜこの真夏に鍋、、、?」 僕は、理解できず聞いた。 そうするときよかが、こっちを見て言った。 「今日ね、食器屋さんでこの鍋を見つけたの。 この柄可愛くて安かったから買っちゃった!」 えええ。なんか重いな。この人。 同棲もしてないのに、鍋とか買っちゃうのか。 これが普通なのか? 僕が驚いている間に、2人は汗をかきながら鍋をつついている。 「あおも食えよ。肉うまいぞ。」 「あ、、、。いただきます。」 僕は鶏肉を、食べながら汗が頬を伝うのを感じた。 鍋を食べながら、きよかは色々質問してきた。 「碧斗くん、肌白いねー。運動部とかは入ったことないの?」 「進路はもう考えてるの?でもまだ2年生だから早いか。」 僕も当たり障りなく答えた。 気を遣っているのが分かった。 鍋が無くなる頃、きよかとおじさんは、酔いが回って顔を赤くしていた。 すると、おじさんが小声で僕らに言った。 「い〜か。実はこの部屋な。」 僕らはおじさんの真剣な顔を見た。 一階のカフェが夜のライブ営業になったのだろう。キッチンの窓から音が聞こえた。 「夜中に出るんだよ。」 「、、、は?」 僕ときよかは声を揃えて言った。 「いやいや。私泊まるときそんなん感じないけど。」 泊まるとき。 「大抵出るのは、俺1人の時なんだよ。そもそも、君に霊感あるんかい。」 おじさんは、小馬鹿にしたようにきよかに言った。 「どんな幽霊なの?」 僕はおじさんに聞いた。 「それがよ。この部屋っていうより部屋の外なんだよ。夜中の2時、3時になると必ず目が醒めてさ。そうすると部屋の外の通路をヒールで歩く音が聞こえるんだよ。」 「、、、それライブハウスの客が迷って2階に上がってきてんじゃないの?」 「でも、絶対に俺の部屋の前で止まるんだよ。」 「隣の人じゃないのぉー?」 きよかが、明らかに疑いの目を見ながら言った。 「隣はな、大学生のちょっときもい男なの。」 「生き霊だったりして。」 僕は何も考えず、いつもの皮肉で言った。 2人とも驚いた顔でこっちを見た。 言った後に、あ。まずいと思った。 すると、きよかが目を逸らしてふっと笑って言った。 「先生、今までの女に恨まれるようなひどいことしたんじゃないの?」 おじさんはは酒の缶を揺らしながら、笑った。 「そうだとしたら、仕方ねぇな〜。」 そのあとも、他愛ない話をした。 思いの外、僕はやり過ごせた。 夜中、僕はソファで目が覚めた。 部屋は真っ暗で、床を見るとおじさんときよかが寝ていた。 、、、寝落ちしちゃったのか。この2人は相当飲んでたもんな、、、。 きよかといるときのおじさんは、顔が優しかった。目尻にシワを寄せて、思いっきり笑っていた。 そんな顔を見るのはもっと辛いかと思った。 けど、まるで現実じゃないおじさんじゃない人を見ているみたいで思いの外平気だった。 きよかに、嫌な態度を取ろうと思えばもっと取れた。でも、目の前でおじさんに気を遣わせることのほうが耐えられない。 きっと、おじさんは困った顔で笑って僕ときよかの間を取りなそうとするだろう。 そんなきっかけを作ることはできない。 、、、。きよかは、戸惑っていた。 「生き霊だったりして。」 自分の声を思い出した。 そんなつもりはない。といえば嘘かもしれない。 きよかは、僕にできないことをやってのける。 近所の食器屋で鍋を買うこと。 おじさんの肩に触れること。 おじさんの変なTシャツを着ること。 僕はこちらに背を向け転がるおじさんの首筋と肩を見た。 そうするとまたお腹の辺りが熱くなる。 僕は暗闇の中、迷いながら自分のものをなぞった。 2人ともいびきをかいてよく寝ているが、絶対に気付かれないよう静かにベルトを外しチャックを下げる。 こうなったらもう止まらない。 目を閉じて、指を動かすたびに、おじさんのタバコを挟む指や目尻の皺を浮かべる。 額の汗も無精髭も。 「あお。」 思考の底で、おじさんの声が囁く。 「、、、、っ!!」 そうして、静かに声を押し殺して手の中に熱いものを放った。 乱れている息を整えて、トイレに行くふりをして手にかかった液を流した。 ふとトイレに置いてある時計を見ると、夜中の2時だった。 耳を澄ませたが、ヒールの音は聞こえない。 「俺が1人のとき、夜中に出るんだよ。」 おじさんの言葉を思い出し、僕は小さく笑った。 生き霊は実は僕なんじゃないか? 自分でも気付かないうちに、おじさんを見張りに来ているのかも。 絶対に僕のものにはならないのに。 そんなことを考えながら、僕はソファにまた眠りについた。

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