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バンコクにて3
そんな風に小田島さんのタイでの生活を色々聞いた。こちらに来たばかりの頃はタイ語がわからず、英語だけでなんとかしていたようだ。
聞けば、小田島さんは英語とタイ語がわかるトリリンガルらしい。日本語しか話せない俺からしたら羨ましい以外の何物でもない。
「君はどんな仕事してるの?」
「え……」
そうだよな。小田島さんの仕事の話を聞いているんだし、普通に仕事の話になるよな。でも、まさか俳優だなんて言うわけにもいかないし、かと言ってサラリーマンと嘘つくには、サラリーマンのことを良く知らない。一番バレない嘘としてはテレビ局や芸能界かな。それならどんな仕事なのか言える。
「えっと、カメラマンのアシスタントです。えっと映像撮る方の」
「へー。サラリーマンっぽくないな、と思ったらそうなのか。僕の周りにはいないよ」
良かった。信じて貰えた。
「ところで、ドリンク飲まない?」
おしゃべりに夢中になっていたが、お皿はすでに空になっている。
「あ、飲みます」
「じゃあ買ってくるけど、何がいい?」
「あ、じゃあマンゴージュースで」
「了解。カード貸して貰える?」
「あ、はい」
カードを渡すと、小田島さんはドリンクのお店に行く。今日はスイーツを食べていないから、フルーツで甘さが欲しいと思いマンゴージュースにした。もちろん、他のメニューがよくわからないのもあるけれど。
少しすると小田島さんはマンゴージュースを両手に持って戻ってきた。
「はい。マンゴージュース」
「ありがとうございます」
「あと、これ。カードね。チャージ余ってるようなら残高返して貰えるから。良かったら後でやってあげるよ」
「ありがとうございます」
マンゴージュースを一口口に含むとマンゴーの甘さが口中に広がる。スイーツの甘みとは違うけれど、毎日スイーツを食べるわけにもいかないから、そういうときは果物の甘味がちょうどいい。
特にマンゴーは甘みの強い果物なので、スイーツの代わりにぴったりかもしれない。
「おいしいです」
「マンゴージュースおいしいよね。こういうフルーツジュースは日本ではあまり見かけないから寂しいね」
確かに日本ではフルーツジュースを飲めるところは少ない。仮に飲めても高い。こちらのようにあちこちで安く飲める、ということはない。これは南国ならではだ。
「日本に行くこともあるんですか?」
「ソンクラーンのときに行くかな。後は日本で用事ができたときね。でも、1年に1回あるかないかだよ。そんなにちょくちょく行ってたら疲れる。なんて言ったら親に怒られるけど」
確かに日本・バンコク間のフライト時間は結構かかる。これを数日の休みのたびにやっていたら、確かに疲れるだろう。
「まぁ、親には離婚したときに怒られたけどね」
思い切りプライベートのことを聞いてしまった。いいんだろうか。
「こっちって離婚率が高いって知ってた? タイ人の女性と結婚したけど、2年で離婚しちゃってね。そのとき親に怒られた」
そう言って小田島さんは笑う。
「でも、離婚は自分1人でどうこうなるものじゃないからね。相手の気持ちもあるわけだし」
確かにそうだ。自分は離婚したくないと思っても、相手が絶対に離婚したいということもあるだろう。そこで思い浮かぶのは颯矢さんだ。颯矢さんだって結婚すれば離婚することだってないわけじゃない。いや、こんなこと考えてるなんて、まるで離婚を期待しているようで嫌だけれど。でも、考えてしまう。
「君は結婚まだ?」
「え? 俺ですか? まだまだです。相手もいないし」
好きな相手が男っていう時点で結婚なんてありえない。
「へー。イケメンだから相手もよりどりみどりかと思ったよ」
「そんなことないですよ。俺、モテないし」
「そんな謙遜しないでよ。君でモテないなんて言ったら、俺なんて絶対無理だよ」
小田島さんはそう言って笑うけど、1度結婚してるんだし、そんなことはないだろう。それに人懐こい笑顔に惹かれる人はいると思う。
「再婚しないんですか?」
「んー。それこそ相手いないからね。出会いもそうそうないし。このまま独身かもしれないな。でも、独身も悪いものじゃないよね」
結婚したことがないからわからないけれど、独身もそう悪いものじゃない、と友人の話を聞いて思うことはある。
どちらも一長一短ある。
「さあ、すっかり話し込んじゃったね。そろそろ帰ろうか。あ、良かったらLINE交換しない? ってナンパみたいだな。日本人の知り合いは貴重だから」
そう言って頭をかくのが可愛いな、なんて年上の男性に対して思ってしまった。女性にもモテそうだけどな。
「俺でよければ。仕事柄返信が遅かったり、時間めちゃくちゃだけど、それで良ければ」
「あぁ、それは大丈夫」
小田島さんはそう言いながらスマホを操作する。
「これ、僕のQRコード。読み取ってくれる?」
「はい」
俺もポケットからスマホを取り出し、小田島さんのQRコードを読み取る。
「よし、これで交換完了。もし帰国までに、また時間があったら食事でもしよう。そのときはフードコートじゃなく、きちんとしたお店に案内するよ」
「はい。わかりました」
そう言ってその日は小田島さんと別れた。
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