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スクープ5
車を運転している颯矢さんは少し苛ついてるみたいだ。その原因を作ったのは俺だからなにも言えない。
あの記事の信ぴょう性よりも、ゲイ疑惑が持たれるのは確かにイメージダウンになるから事務所としてはピリピリするのは当然だ。
あのときカメラには全然気が付かなかった。いつもはもっと周りに神経を張り巡らせているのに、あのときは颯矢さんの口から結婚を視野に入れて付き合っているという言葉を聞いたショックで、他に頭が回っていなかった。場所が場所だけにもっと気を使うべきだったのに。
泣いたってなにも解決しないし、どうしようもないのに涙は止まらなかった。嘘の記事を書かれた悔しさと怒りと悲しみと。色んな気持ちが綯い交ぜになっている。
「あまり泣くな」
それに俺はなんの返事もできなかった。それでも、明日の仕事のことを考えると自分でも泣き止まなければと思い、なんとか泣き止んだ。
スタジオから事務所までは車で1時間ほどで着いた。車を降り、社長室へ向かうのが怖くて逃げ出したくなる。
この間の亜美さんとの熱愛記事が出たときとは違う。今回は男に腕を掴まれているところを写真に撮られてしまっているのだから。
社長もこの間とは同じようにはいかないだろう。
エレベーターが6階に着き、戸倉さんに挨拶をして社長室に入る。そこには、予想通り険しい顔をした社長がいた。
「あぁ、来た。疲れているのに申し訳ないね。2人とも座って」
ソファに社長が座り、その正面に俺と颯矢さんは並んで座る。
「さぁ、なにから訊こうか。そうだね、単刀直入に訊くけど、あの記事は本当?」
「違います! 初めて会った人でしつこく付き纏われていただけです。あの写真は、俺が帰ろうとしたときに引き止めるのに腕を掴まれただけで、体の関係があるとか、そんなこと、絶対にありませんっ!」
「うん、そう言うだろうと思ったよ。よく見ればわかるけど、手を繋いでいるとかじゃなくて掴まれているっていう構図だからね。もしほんとに体の関係があるのなら、腕を掴むなんてことはないからね。ただね、場所が悪かったね」
やはり場所について言われた。だから俺は、さっき颯矢さんに言ったのと同じことを社長にも言った。
「あの、確かにそういう店が近くにあるのは知っています。でも、あの店はミックスバーであってゲイバーじゃありません。そういう人でも隠すことなくいられるバーって言うだけで、普通のバーと同じです」
「普通のバーと同じなら、なんで他のバーに行かなかったの?」
「それは......興味があったからです」
「興味があっても、ねぇ」
「それに関しては、もっと慎重になるべきだったと思いますけど......」
「けど、なに?」
「ちょっと、どうしてもお酒呑みたかったから」
「なんで?」
「えっと、あの......」
呑みたかった理由まで訊かれてつまる。理由を訊かれるとは思わなかった。颯矢さんに訊かれる分には颯矢さんのことだから言える。でも、社長相手に颯矢さんが理由だとは言えない。なんて言ったらいいんだろう。
「まぁ、理由はどうでもいい。ああいった場所にある、誤解を招くような店に行った。それは事実で、もっと慎重になるべきだ。三方さんのときのように完全なでっちあげじゃないから、言い訳ができないだろう。三方さんのときに言ったけど、城崎柊真、という俳優を売るにはイメージがある。爽やかな好青年っていうね。でも今回のような記事が載ったら、事実はどうであれイメージは崩れる。それはわかるね」
「はい」
「壱岐くんもそれに関しては注意していると思うけど。違う?」
「私の監督不行き届きです」
「まあね、そうなるんだよ。わかる? 柊真? 君の行動一つで君のイメージが崩れるのと同時に壱岐くんの責任にもなる」
「......申し訳ありませんでした」
俺1人が怒られるだけでなく、颯矢さんも怒られるんだ。そう思ったら、それしか言葉が出なかった。軽率に俺が取った行動で颯矢さんまで怒られるなんて思わなかった。
「うん。わかってはくれた?」
「はい」
「あの場所が楽しいのかどうか僕は知らないけど、でも、今後は行かないようにして欲しい。もちろん、呑みたいときだってあるけどね。そういうときは普通のバーとかにして欲しい」
「もう、行きません」
「壱岐くんもそれでお願いね」
「はい」
「ほら泣きやんで」
そう言われて初めて自分が泣いていることに気づいた。せっかく車の中で泣きやんだのに。
「明日も仕事だろう? 目が腫れて赤くなったらメイクじゃ隠せないよ」
確かにその通りで、泣き止みたい。なのに涙は止まらない。そんな俺の背中を颯矢さんが撫でてくれる。その手は、とても温かくて優しい。
そんなことで、余計に涙は出るし、もっと颯矢さんを好きになる。もう好きになっちゃいけないのに。
「壱岐くん、後はよろしくね」
「はい。失礼します」
部屋を出る颯矢さんの背中を追いかける。
「失礼しました」
「行くぞ」
その声からは苛立ちはなく、どことなく優しさを感じさせた。
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