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届かない想い2
「じゃあ城崎くん、こっちに目線ちょうだい。うん、いいね。そんな感じ」
今日はドラマの撮影の前に雑誌の仕事だ。まずは写真撮影から。映像として撮られるのはもう慣れているけど、写真という静止画を撮られることはあまり慣れていない。
「今度は花を持って俯いてくれる? 誰か、城崎くんに花束渡して」
裏方さんの1人から花束を受け取り、俯く。
「うん。いいね、いいね。そのまま目を瞑ってくれる?」
カメラマンの言う通りに目を閉じる。
「そう。いいねー。最近の城崎くんは切なげな表情がよくなったね」
切なげな表情がいいって、最近切ない日が続いているからだよな、とポーズを取りながら考える。
「よし、じゃあ最後にそのまま顔だけこっちに貰える? もう少し俯き加減で。あ、そうそう。よし、OK。撮影はこれで終わりです。城崎くん、ありがとう。後はインタビューだけお願いね」
「はい。ありがとうございました」
「お疲れ様」
カメラマンが帰っていく。写真撮影が終わったので、後はインタビューだけだ。
「じゃあ城崎さん。後少しお願いします。まず、バンコクでロケをしたそうですが、いかがでしたか?」
「海外での撮影は初めてだったんですけど、いつも以上に緊張しました。NG連発して押しても困るし」
「撮影以外のときは、街を散策したりしましたか?」
「夜くらいしか空いている時間がなかったので、お土産を買ったくらいです」
インタビューは、ドラマのバンコクでのロケを中心に行われた。
30分くらいインタビューを受け、雑誌の仕事は終わった。
控室に戻ると、氏原さんが時計を見ていう。
「お疲れ様です。少し巻いたんで1時間くらい時間空いてますけど、どうしますか?」
「1時間もあるんですか? そうしたら、颯矢さんの病院に寄れますか?」
「少ししか時間取れないけどいいですか?」
「いいです。顔、見るだけでいいので」
「わかりました。じゃあ行きましょう」
「ありがとうございます! 急いで支度しますね」
病院に行っても颯矢さんは俺のことを覚えていない。それでも、もしかしたら思い出してるかもしれない。俺の顔を見て思い出してくれるかもしれない。
いや、思い出さなくても俺が颯矢さんの顔を見たいだけだ。今まで毎日のように顔をあわせていたのに、急に顔を見なくなったら寂しい。
急いで私服に着替え、車を出して貰う。
「でも、こんなに顔を見せるのって羨ましいですね。それほど仲が良かったっていうことですよね」
運転しながら氏原さんが言う。
仲が良かったっていうのか? 良かったのかな? 付き合いが長かったから俺が全部を言わなくてもわかってくれたというのはある。
でも、頻繁に病院へ行くのは颯矢さんのことが好きだから。好きな人にはいつだって会いたいって思うじゃないか。
「でも、颯矢さんが俺のことをどう思ってるのかわからないし」
つい弱気になって言ってしまうと、でも、と氏原さんは言う。
「怪我をしたのは、城崎さんを庇ってだって聞きました。いくらマネージャーでもなかなかできないですよ。声で注意を促すだけってこともできるし、体を押して衝突しないようにすることもできるんですから。だから、大事に思っていたと思いますよ」
窓から流れゆく景色を眺めながら氏原さんの話を聞く。
そうならいいけど。でも、他のことは何ひとつ忘れてないのに、俺のことだけ忘れているというのがひっかかって、嫌われてたんじゃないかって不安になってしまってる。
もし、俺のことを嫌いで俺のことを忘れたのなら、俺のことを知らない今、嫌われるようなことをしなければ、颯矢さんは俺のことを好きになってくれるだろうか。
恋愛の好きじゃなくても、人として好きになってくれるだろうか。頭を打っても俺のことを忘れないように。
平日の昼間ということもあって、渋滞に巻き込まれることもなく車は20分ほどで病院に着いた。そんなに長い時間いられるわけじゃないから、急ぎ足で廊下を歩く。少しでも長く颯矢さんといられるように。
ノックをし、ドアを開けると髪の長い華奢な女性がベッドの脇に座っている。
あ!
「城崎さん。お疲れ様です。仕事あがりですか?」
「いえ……」
女性に気がいってしまい答えられない俺に変わって、氏原さんが代わりに答えてくれる。
「いえ。次の仕事への空き時間です」
「時間は大丈夫なの?」
「あまり時間ないけど、心配なんですよね」
「え? あ、はい」
俺は女性から目が離せない。多分、香織さんだ。颯矢さんのお見合い相手で、結婚を視野に入れて付き合っているという人。
とても女性らしい感じの人だった。
そうだよ。好きになって貰うのなんてはなから無理なんだよ。颯矢さんはゲイじゃない。それが証拠に女性のこの人と付き合っている。
「大丈夫ですよ。少し前まで城崎さんの出ている映画を観てました。幅広い役を演じてるんですね。そのどれもが当たり役と言ってもいい。すごい役者さんですね」
颯矢さんは俺を褒めてくれるけれど、ちっとも嬉しくない。
「颯矢さん、私、おいとましましょうか?」
「いえ。帰るので大丈夫です」
香織さんが言うのを遮る。
「え? 城崎さん、まだ少しは大丈夫ですよ」
「いえ。道路が混むかもしれないじゃないですか」
「そうですか? じゃ、壱岐さん。また来ますね」
氏原さんがそう言ってる間に、俺は病室を出た。一秒でもあの空間にいたくなかった。
そうだよ。はなから勝負になんてならないんだ。記憶が戻っても戻らなくても颯矢さんは香織さんと結婚する。俺の出番なんてないんだ。
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