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記憶と引退4
翌日、亜美さんと2人でお昼の生放送でドラマの宣伝をする。撮影現場の話しで盛り上がる。お昼の情報番組は肩の力を抜けるので意外と好きだ。
盛り上がった後はCMに入った瞬間に仕事終了。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
今回のドラマは力が入っていた分、番宣も多い。現に明日もそうだ。でも、それも後少し頑張れば終わる。
控室に戻ると、氏原さんがアイスコーヒーを用意してくれていた。まだお昼だけど今日はこれで終わりだ。
「城崎さん。社長ですが、突然だけど今日なら1日空いているそうなので時間が取れるそうです。城崎さんもこの後は予定がないので、個人的な用事がないのなら今日はどうでしょうか」
俺は番宣をしている間に、社長のスケジュールを訊いておいて貰っていた。引退の話をするために。
今日は夜、俳優仲間と食事へ行く約束があるけれど、それまでは時間が空いている。
「じゃあ、この後家に帰る前に寄ってもいいですか?」
「わかりました。確認します」
氏原さんに確認して貰っている間に、アイスコーヒーを飲み、置いてあったパンを一口食べる。これが俺の今日の昼ご飯だ。
パンを2個食べたところで氏原さんは電話を終えた。
「これから大丈夫だということです」
「ありがとうございます。じゃあ、帰りに事務所で降ろしてください」
「わかりました」
この後に社長とのアポが取れたので、急いでメイクを落とし、着替える。
今日は社長を納得させることができるかな? そう考えて小さくため息をつく。納得して貰わないとダメなんだ。
急く気持ちを反映するように、道路もすいていて事務所へは20分程度で着いた。
「この後は1人で帰れるので、氏原さんも終わりにしてください」
「そうですか? では、明日は16時からバラエティ番組の収録になるので、14時に迎えに行きます」
「わかりました。お願いします」
「では、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
社長との話がどれくらい時間がかかるのかわからないので、氏原さんには上がって貰った。きっと事務仕事をしていればいい時間にはなるのかもしれないが、今は1人になりたかった。
6階に着き、戸倉さんに挨拶をし、社長室をノックする。
「失礼します」
「あぁ、柊真。お疲れ様」
「お疲れ様です。急に申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。要件はわかってるしね。引退の件だよね?」
「そうです」
「昨日の柊真の様子で、近いうちに連絡あるかな、と思っていたよ」
「忙しいのに申し訳ありません」
「いや、それはいいよ。これも立派な仕事だからね。で。昨日のことで、やっぱり引退したいと思った?」
「はい……」
「前に言ったけど、休暇じゃダメなのかな? 年単位で構わないよ。1年か2年。それでどうだろう」
1年というのは想定内だったけれど、2年は考えてなかった。そんなに長く休暇を認めてくれるとは思っていなかったからだ。
「1年なり2年、海外で生活してみたらどうだろう? 海外で生活したかったんだよね? 時間は限られているけれど、十分体験できるんじゃないかと思うけど、どうだろう?」
「引退は認めては貰えませんか?」
「城崎柊真は手放せないな。どれだけ話し合ってもこれだけは譲れない。柊真はまだまだ可能性がある。それは僕と壱岐くんの共通の認識だ。だから引退という言葉に頷くことはできない。僕も壱岐くんももっともっと大きくなった柊真を見たいんだ」
やっぱり引退は無理なのだろうか。そうしたら、休暇からフェードアウトしていくか?
「今、フェードアウトしていくこと考えたでしょう」
「え?!」
「わかるよ。それくらい。でも、ごめんね。それは認めてあげられないかな」
そう言って社長は小さく笑う。
休暇を認めてくれるのは嬉しい。でも、そのままフェードアウトできなかったら意味がない。自由になって、颯矢さんのことを忘れたいんだ。
「その代わり、交換条件として、戻ってきてくれた後のマネージャーは壱岐くんから他の人に変えてあげる。それならどうだろう」
社長の提案に考える。
2年タイで暮らして、芸能界に戻るけれど、マネージャーは颯矢さんから他の人に変えて貰う。それならもう、颯矢さんに会わなくて済む。心乱されることもなくなる。
2年海外で暮らすことで気持ちも落ち着いてくるだろう。そして帰国後は会うことがなければ大丈夫かもしれない。颯矢さんを忘れることができるかもしれない。そう思うといい提案だと思える。
「でも、海外で仕事をすると、城崎柊真だとバレちゃうと思うんですけど」
「んー。それが問題だよね。事務仕事とかがあればいいんだけど、海外で仕事というとだいたいは日本人観光客相手になるだろうから、まぁ、他人の空似で通して貰うしかないだろうね。相手もまさか本物の城崎柊真がいるとは思わないだろうから」
そうか。そういう手もあるのか。
そう考えるとほんとにいい案だと思える。
「ほんとにマネージャー変えて貰えますか」
「約束だからね。城崎柊真を失うくらいならマネージャーを変えることなんか問題ない。氏原くんが良ければ氏原くんに変えてもいい。その間、氏原くんには他のタレントに付いて貰うけれど、柊真の帰国に合わせて調整するよ」
全く知らない人に付いて貰うより、少し慣れてきた氏原さんに付いて貰う方がいいかもしれない。
「それなら、2年の休みをください。それと、復帰後のマネージャーはできれば氏原さんにお願いします。その条件なら」
「その条件ならいい?」
「はい」
「よし、じゃあ決まりだ。期間は今入っている仕事が終わってから。多分2週間くらいで終わるんじゃないかな? 番宣とCMが1件だっけ?」
「そう聞いてます」
「じゃあ後で氏原くんに調整して貰おう」
「お願いします」
「2年、海外に行くことは認めるけど、連絡だけは取れるようにしておいてね。向こうでも携帯は持つだろうから、そうしたら電話番号は教えてね」
2年、自由にさせて貰えるなら電話番号くらい知らせる。
「わかりました」
「うん。じゃあ、それで決まりね」
引退とはいかなかったけれど、颯矢さんと距離を開け、忘れるには十分な時間を貰った。2年もあれば颯矢さんは結婚しているだろう。
帰国後も氏原さんにお願いすれば、他人のものになった颯矢さんを見なくて済む。これで俺の恋心は終わる。
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