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第58話 双子巫女

「え? お前それ!」  「驚かしやがって」と言いたげなニケが頭をどすどすと叩いていたので、「魔九来来(まくらら)です」と口を滑らすことはなかった。 「幽鬼族の持つ変な力ってやつか?」  興味深そうに思い違いをした先輩に、申し訳ないと思いつつ頷いてみせる。 「そ、そそそうですね。一時的に身体機能を高める効果があります。この状態の時なら、ニケと先輩くらい、支えられますよ。きっと、恐らく」 「そこは言い切れよ。え、じゃあ普段お前があり得ないほどどんくさいのは、その力の反動なのか?」  酷い言い草によろめきかけたが、同時にフリーとニケは腑に落ちた顔をした。  ニケは白いつむじを見下ろす。戦闘時、こやつの身体能力や剣の腕が達人の域まで跳ね上がるのを見た。その時は、なにもないところで転ぶなんてことはなく、魔物の腕に着地し、そこから首を刎ねるなんて曲芸じみたこともやってみせた。  ――力には代償がある。  ではなにか? こやつは戦う時、身体機能を高めることが出来る代償として、普段の運動能力やバランス感覚を犠牲にしているのか。  適当な考察だが間違っていない気がした。そう思うと、なんか可哀そうすぎて泣けてくる。  フリーも同じ思いなのだろう。自分も泣きたかったがそれは帰ってから布団の中でにしよう。小刻みに震えて耐える。 「あ、あはは……。さ、さあ、どうぞ」 「震えてんぞ? 寒いんか?」  悩んだが、ちょうど神楽が始まろうとしていた。甲高い笛の音が響くと、鈴を持った巫女さんが現れた。 「はっ」  誰よりも鋭く反応したのは彼だった。  リーンは間髪入れず、背に飛び乗る。 「来た! 羽梨(はねなし)の双子巫女。おい、フリー。早く立て! 見えないだろうが」 「……」  ぺしぺしと頭を叩いてくる二百歳。彼になんとも言えない眼差しを返し、落ちないよう太もも手を添えると、踏み台はゆっくり立ち上がる。  握りずしを完食したニケは甘酒をすする。  実は言うとちょっと不安だった。だが、身体が強化されたフリーはよろめく気配がない。それどころか大木の枝に腰掛けているような安定感があった。  リーンもそう感じたのか、生身の人に背負われているという遠慮が消える。左足はフリーの肩に、もう片方は肩甲骨あたりに乗せ、なんと膝立ちになったのだ。 「ひゅーっ。良い眺めだ。よく見えるぜ」  これでは後ろのヒトの邪魔になるので、フリーは慎重に最後尾へと移動した。  肩に二人も乗せた青年に近くの見物人が何事かと視線くれたが、しゃん、と澄んだ鈴の音と共に、視線を前へと戻す。  小柄な二人の巫女。  白い小袖に緋袴という神聖な衣装に身を包み、千早(ちはや)と呼ばれる上衣が、歩くたびにふわりと揺れる。  年は十五そこらだろうか。見た目年齢と実年齢が噛み合わない方々ばかりが近くにいるため、迂闊に年下扱いはできないだろうが。  小さな顔には幼さが残り、伏し目がちな瞳は落ち着いたクチナシ色(赤みがかった黄色)。  頭上には蝙蝠のような大きな耳がピンと立ち、腰からは身体を包み込めそうな巨大でふわふわの尻尾が千早をこんもりと膨らませている。  そのせいか緋袴は前半分しかなく、前掛けのような状態。千早や尻尾で見えにくいとはいえ、足と尻が丸出しである。  そんな特別仕様の巫女服に、フリーは衝撃を受けた。 「……っ! ……ガッ」  仕方がないとはいえ巫女さんがこんなに開放的でいいのだろうか。巫女がどういったものかまだよく知らないが、神前であるというのに。  思わず尻に目が行きそうになる。どこを見ていいのか分からず、フリーの視線が泳ぎまくる。  ぶわっと体温が上がり、顔が赤くなるのを感じる。  あられもない恰好をした少女たちが、人前に立っている。  いますぐ羽織を被せて奥に引っ込んで下さいと頼みこみたい。というか、フリーひとりならやらかしていたかもしれなかった。  「いいのっ?」という思いを込めて周囲を見回すも、赤面したり、いやらしい目を向けている者は皆無である。皆、一様に期待に満ちた目と空気で、飲食も忘れて見入っている。  こんなに人がいるのに、世界に一人になった気分になっていると、誰かが頭を軽く叩いた。  目を動かすと、ニケがこそこそと小声で話しかけてくる。 「なにをそわそわしとるねん。腹でも痛いか?」 「ああ、あの。彼女たちは……?」  服装あれでいいの? と聞いたつもりだったのだが、ニケは種族説明を求められたと思ったようだ。ひとつ頷き、でも詳しくないので甘酒と共にリーンにパスする。  彼は何故か自慢げに教えてくれた。 「俺らから見て前髪で左目を隠しているのがマチルダさん。眼帯で右目を隠している方が姉のスイーニー殿。最小狐(こぎつね)族だぜ。ああああ~。見ただけで運気が上がりそうだよな~」  涎を垂らしてそうな感激具合である。そこまで感動できないフリーは若干引き気味だったが、おかげで少し余裕が広がり、落ち着いて巫女さんを見ることができた。  背丈こそ違うものの、二人の少女は顔立ちも髪色も瞳さえ瓜二つ。  眼帯のおかげで見分けるのに苦労はなかったが、眼帯の下には隠しきれない痛々しい引っかき傷があった。傷や怪我を見れば反射的にキミカゲの顔が浮かぶも、周囲にはいないようである。  両手で神楽鈴、三段の輪状に下から七つ、五つ、三つと鈴の付いた別名「七五三鈴」を持ち、奏でられる音楽に合わせて舞い始める。  場が、ほどよい緊張感に包まれる。  ふたりで一対の生き物かのように、動きに全く乱れがない。双子の成せる技か。それか練習の成果か。  息の合った動きというものは、それだけで見ていて楽しいものである。鈴を振りながら歩いているだけに見えるが、不思議と引き込まれてしま――いそうになる。  滑らかな光沢を放つ毛並みに視線が固定されそうになるも、彼女たちが後ろを向くたびにばっと目をそらす。  そんなことをやっているので、フリーはなかなか神楽に集中できなかった。 (もっとモフモフを見たいのに……うぅっ)  一方リーンは拳を握り、視線を外すことなく熱心に見つめている。甘酒の入っている器が紙製だったら、握りつぶしていたかもしれない。網膜に焼き付けようと、目がキラキラを通り越してギラついている。もっと穏やかに見てほしいものだ。  ニケはというと。目では巫女さんの動きを追いつつ、「舞と言えば、フリーのも良かったな」と思い出してからは、脳内ではずーっとフリーの剣舞ばかりを再生させていた。  舞が終わるまで、三人とも口を開かなかった。

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