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第71話 レナ再び
「入るぞ。待たせたな」
ずかずかと入ってきたのは背の高い女性だった。
フリーとニケが目を見開く。
白い虎柄の中華服に、ドレスのように広がるスカート。きれいに肩口で切りそろえられた青の混じった紫髪。瑠璃色のアイシャドウがより引き立てる冷ややかな美貌で、一同を見下ろす。
海の民。猟師兼退治屋のガレナエルティベト――愛称レナ、である。
「レナさん」
目を丸くするニケを見ると、ふっと口元だけが笑う。
「ニケ殿。いつ見ても愛らしいな。どうだ? あれ以来、なんともないか?」
「……こっちの台詞なんですけど」
大けがをしていたのはレナではないか。呆れ気味な目をするも、彼女が元気そうなことが嬉しかった。
「私の台詞でもあるね」
完治する前に帰った患者に、声がとげとげしているキミカゲも会話に加わる。
「心配性だな。薬師というのは」
しれっと答えるレナに、反省の色はない。
中途半端に腰を浮かしていたフリーは、きちんと座りなおす。胡坐をかくと、その上にニケが当然のように尻を乗せてくる。その光景にレナのこめかみにビキィと青筋が走った。
フリーは愛想よくレナに声をかける。
「レナさん。また会えて嬉しいです。怪我はもういいんですか?」
「怪我なんて寝たら治るだろうが。貴様だけ離岸流(りがんりゅう)に巻き込まれろ、二度と戻ってくるな。そして二度と話しかけるな」
「ほあっ⁉」
――なんか俺にだけ厳しくない?
涙目の白髪を無視して、レナは達筆で「鮫」とデカデカ書かれた財布を取り出した。やけに膨らみ、財布がほぼ球体になっている。
「約束通り治療代を払いに来たぞ」
「そ、そうかい。遅かったから心配していたんだよ? 間違って君に絡んでしまった人が、ボコされていないかって」
「……」
黒青色の瞳がスッと細められる。
普通に心配しないあたり、キミカゲも彼女の強さは知っているようだ。
患者用の座布団に勝手に尻を乗せると、ため息をつきつつレナは硬貨を十枚ずつ重ね、畳の上に並べていく。
「おっとそうだ。ニケ殿も請求されているのだろう。もう払ったのか? まだなら私がニケ殿の分も払おう」
「え?」
三人の声が重なる。何でキミカゲまで驚くんだと視線を向けつつ、鞠みたいになった財布を目線の高さに持ち上げる。
「なに。遠慮はいらん。ここに来る途中、ついでに懸賞金のかけられた魔獣を何体か狩ってきたから、金には余裕がある」
だから遅くなったんだと、事も無げに言うレナ。彼女の歩いた道が平和になっていく。
ニケは感心しながらも両手でバッテンを作る。
「お気持ちはありがたいのですが、大丈夫です。コツコツ働いて返していきます。翁も分割でいいと、おっしゃってくれましたし」
治療費まで彼女に頼ってしまうのは情けない。
表情に変化はないが、レナの声のトーンが若干拗ねたように低くなる。
「む……。そうか。まあ、ニケ殿の意志を尊重しよう」
ニケは座椅子から下りると、レナの側で正座した。
「あの。ありがとうございます。レナさん。怪我までして戦ってくださって。それなのにきちんと礼も言えずに、僕は」
遮るように片手で制す。
「当然のことをしたまでだ。それに報酬も受け取っている。礼などいらんし、気にする必要もない。あの袈裟野郎は見かけ次第殺しておくから、辛い事件の記憶などさっさと消して、幸せに暮らすがいい」
イケメンな発言に、フリーたちまで目を丸くする。
キョトンとしたニケが首を傾げる。
「報酬……? 僕何か支払いましたっけ?」
「ニケ殿が無事だったという報酬を得たのだ。これは黄金より価値がある。十分だ」
「かっこいい……」と、ときめいている少年と青年を尻目に、レナは硬貨を仕舞っているキミカゲに目を向ける。
「ところでここ(くすりばこ)に募金箱はあるか? 無駄に重くなってしまったから、減らしたいのだ」
鞠財布を持ってキョロキョロと周囲を見回すレナに、キミカゲは笑みを引きつらせる。
「ないよ。あったとしても、そんな大金ぶち込まれても困るなぁ」
「なら、孤児を引き取っている寺にでも寄付しておけばいいだろう? さっさと受け取れ」
「いやいや。老後のために貯金でもしておきなさいよ」
「あいにく金には困っていないのでな。受け取れ」
ぐいぐいと財布の押し付け合いが発生するも腕力はレナの方に分があるらしく、のけぞったおじいちゃんが震えている。背中が辛そうだ。
フリーは助け舟を出す意味で恐る恐る片手を挙げる。
「あのぅ、夕方に先輩と神社に行くから、賽銭箱でよければ放り込んでおきましょうか?」
神社には金を投げ込む箱があると聞いた。
レナが「ほぅ」と声を出す。
「貴様が役に立つとは、この世ももう終わりだな。まあいい。貴様に任せてやる」
「なんでこの世が終わるんですかっ?」
愕然と叫ぶも気軽に財布を放り渡される。受け取ると、重みで両手ががくんと落ちた。
「うお、重い!」
レナは呆れたように髪を耳にかける。
「相変わらず貧弱だな、エノキ族が。筋トレくらいすればどうだ?」
「エノキ族⁉」
「レナさん。少しお話良いですか?」
ショックを受けているフリーに気にせず、ニケはレナを見上げる。
「ん? どうした? 何でも言ってみろ」
フリーやキミカゲと話す時とは違い、格段に声が優しくなる。
「渦大蛇(うずしお)って魔獣を知っていますか? そのことでお願いが――」
翁の言っていた退治屋とは彼女のことだったのか。確かにレナが渦大蛇退治についてきてくれるのなら心強い。鬼に金棒である。若干戦力過多かもしれないが、その方が翁は安心するだろう。
渦大蛇と聞き、レナは雑にポッケに手を突っ込んだ。
フリルスカートから取り出した物を紋所のように突き出す。
「ああ、知っているとも。何故か浅瀬で暴れていたから、ついでに狩っておいたぞ」
「「「――えっ?」」」
またもや三人の声がきれいに重なる。
それは涙形をした薄鈍(うすにび)色の鱗だった。ちょうどレナの手のひらほどの大きさがある。
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