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第86話 祭りの終わり
ニケは小さく笑う。
「あやつリーンさんのこと気に入ってますから、光輪を見つけても懐に隠しそうで」
以前なら「僕のフリーに気に入られているなんて!」と嫉妬の炎が燃え盛っていただろうが、今はなんというか正妻の余裕のようなものがあった。
リーンは意味が分からないという風に首を傾げる。
「?」
「だって光輪を返したら、リーンさん、宙(そら)に帰っちゃうんでしょう? あやつ、寂しがりますよ」
リーンは目を丸くして、やがて寂しそうに微笑んだ。
――厄介者の俺に、そんなことを言うなんてな。
「あっ、もちろん殴ってでもリーンさんにお返ししますから。ご安心を!」
沈黙をどう取ったのか、ニケが焦って手を振る。
それに照れくさくなったリーンは誤魔化すように、「さてと」と立ち上がる。
「そろそろ帰りますわ。キミカゲ様、お邪魔しました」
出口の方へ歩いていく彼に、キミカゲはいつものように微笑む。
「座りなさい」
てっきり「気をつけてね」と言ってもらえると思っていたリーンは、一瞬遅れて振り返る。
「え?」
「座りなさい」
笑顔なのに有無を言わせぬ圧。リーンは迷わず座り、ニケは座っているのに座ろうとしたせいで、伏せの姿勢になった。
「狙われたばかりなんだ。今日は泊っていきなさい。いいね?」
「え? で、でも――」
「いいね?」
リーンは座った体勢のまま頭を下げた。
「泊らせていただきます!」
「うん。良い子だね。ニケ君も、それでいいかな?」
「ここは翁の家なんですから。僕に文句はないですよ」
キミカゲは満足そうに二人の頭をよしよしと撫でる。
そして――前のめりにぶっ倒れた。
「ええっ! 翁」
「キミカゲ様? どうしたんですか!」
血相を変えて身体を揺すり、上向きに寝かせる。おじいちゃんの体力も限界だったらしい。
ぐるぐると目を回しておられた。
キミカゲの顔を見下ろし、リーンが冗談気味にこぼす。
「……今のうちに帰ったら、駄目かな?」
「え? ゆ、勇気ありますね。リーンさん」
「じょ、冗談だって」
無事に帰れたとしても、めちゃくちゃ叱られるだろう。キミカゲの大激怒(かみなり)を想像し、身震いするふたり。
力を合わせてキミカゲを布団に運ぶと、自分たちも寝ることにした。ニケは当然のようにフリーの布団に潜りこみ、無事だった右腕にしがみつく。
暑いのか、リーンは畳の上に転がり、残念そうに暗い天井に目をやる。
「アキチカ様の舞、見られなかったなぁ」
「来年がありますって。それより僕は、治療費に頭抱えてますよ……」
レナさんの財布も募金箱……じゃなくて賽銭箱へ入れられなかった。
リーンはははっと笑う。
「待ってくれるって。キミカゲ様なんだし」
「そう、ですよね」
しばらくぼそぼそと話し声が聞こえたが、祭りが終わり人々が帰路につく頃には、くすりばこ内は静まり返っていた。
一章はここで終わりです。
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