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第9話 冷静になれ
『はあ~。すっきりしたぜ~』
妖精はにこにこ笑顔で帰宅していた。土産の木の実もばっちりだ。
晶利の家に行かない日もあったのに、ここ最近は入り浸りっぱなし。同居人が増えたからだろう。
賑やかになった。
『おーい! 詩蓮。いい子で留守番してたかー? この木の実すげーうまい……ん……だよ?』
目線が上がっていく。
なんだろうあの大木は。あったか? 今まであんなのあったか⁉
愕然としていたが詩蓮が何者なのかを思い出し、ぽんと手を打つ。
『あ、もしかして魔法使えるようになったのか? やるじゃね――……』
褒めてやろうとしたが、その大木の下では惨劇が行われていた。
「うんっ、あんッ。もういや……ンッ、あ、吸わな……あっ」
妖精は飛び上がった。
『う、うおおおおーっ! しょ、しょしょしょ、晶利―――ッ!』
ばひゅんと飛んでいく。自分じゃ助けられない。あんな大木どうしろと?
『しょ、晶利のやつ。どこ行くって言ってたっけ?』
パニックになっているせいか、なかなか思い出せない。そのため目の前の生き物に気づかずぶつかってしまう。
ドンッ。
ぽてっと地面に落ちる。
『いでえ! ……なんだ?』
森の狼だった。ぶつかったお尻が痛むのか、グルルルル……と唸っている。妖精を見ながら。
『あ、あはは……あ、あの。ごめんな?』
『バウワウバウッ!』
『晶利―――。オレも助けてーっ』
追いかけっこになり、晶利の元へ行くまで余計に時間がかかった。
最後にしぶとく乳首を吸っている触手を引き剥がす。ちゅぽんっと名残惜しい粘液の糸が引き、刺激でびくっと身体が反りかえる。
手についた粘液をぱっぱっと払う。
『……おーい。詩蓮? 生きてるか~?』
お尻に噛まれたような跡がある妖精が金の髪に乗っかる。
上半身が裸の少年はまつ毛を震わせた。
「あ……?」
目を開けた先に、焦げ茶色の瞳がある。彼の胸に抱かれているんだとなかなか分からなかった。手を伸ばして、頬に触れる。
「……しょう、り?」
「やっと名前を呼んでくれたか。何気に寂しかっ」
ホッとした様子の晶利の唇に、自分の唇を押し当てた。
「――ッッ?」
ばっと肩を掴んで引き離す。よく見ると詩蓮の緑の瞳はとろけたままだ。
『どうした? なんで急に狼の真似を?』
人間の口づけの意味を知らないようで、妖精はお尻を摩っている。
「……ま、まだ、媚薬の成分が抜けていないようだ」
『なんだそれ美味いのか?』
「……」
無視することにした。
弱々しく詩蓮が縋りついてくる。
「晶利……。熱い、よ……。助けて」
「詩蓮」
晶利の古い記憶がよみがえる。助けを求めている親友。伸ばされた手を、掴んでやれなかった。
「しょうり……」
記憶の海に沈みそうだったがまた口づけされそうになり、慌てて顔を離す。
拒絶が悲しかったのか、詩蓮が泣きそうな顔を見せた。
『おい。泣かせんなよ』
「……未成年に手を出したら犯罪なんだよ」
えげつないことを言う妖精を軽く睨み、大木になった木を見上げる。これもどう処分すればいいんだ。これほどの大木、切るのは容易ではないぞ。
家が日陰になるし、ああもう考えると頭が痛い。
「晶利。私を見て……」
「!」
晶利の顎を捕まえた少年が、やや強引に口づけしてくる。また悲しい顔をさせるかも、と思うと拒めなかった。迷っていると、舌が唇を割って入ってこようとする。
「詩蓮っ」
流石にこれは。
肩に手を置いて押し戻した。詩蓮が抱きしめようと腕を伸ばしてくるが、問答無用で肩に担いで家に入る。
本や植物の入った籠を蹴散らし、少年をソファーに投げる。
ぼすんっ。
『おい! もっと優しくしてやれよ』
「……頼むから、今は俺の味方をしてくれ。捕まる」
妖精は「はあ?」と首を傾げる。
寝てくれると助かったが、詩蓮は晶利を見て起き上がってきた。
「晶利……」
「っ」
ぎゅっと子どものように抱きつかれる。町を歩けば誰もが振り返る美少年だ。求められて理性が決壊しない保証はない。いや大丈夫だとは思うが。
急いで妖精に指示を飛ばす。
「紗無。頼むっ。俺の服を持ってきてくれ。詩蓮に着せる」
とりあえず上半身だけとはいえ裸はいけない。
晶利がなにを焦っているのか理解不能な妖精はのんきにきーこきーことブランコを楽しむ。
『はー? 暑いって言ってるし、いらなくねえ?』
「そうか。ドライフルーツクッキーを焼いてやろうと思ったのに残念だ」
『待ってろ晶利。すぐ持ってきてやるぜ!』
両拳を前に突き出し飛んでいく。
少年の手が、背中をまさぐってくる。
まてまてまて。
ひとまず詩蓮を落ち着かせようと子どもにするように、晶利は背中をさすってやる。
「んあっ!」
「あ、すまない」
駄目だった。これも刺激になるようだ。
「しょうり」
静まりかけていた熱がぶり返したのか、潤んだ瞳が見上げてくる。
「もっと……触って。気持ち良くして……」
甘えてくる猫のように額をこすりつけられ、心の中で必死に素数を数える。
「詩蓮。しっかりしろ。お前は天才なんだろう? こんなのに負けていたら駄目だ」
「晶利……屈んで? 届かない」
キスしたいのに、背伸びしても晶利の唇まで遠い。
一瞬、可愛いと思ってしまう。媚薬に犯されているだけなのにこうなってしまうということは、根っこは甘えん坊なのだろうか。
瞳を見つめていると飲み込まれそうだ。晶利は腕を回してきつく抱きしめ返す。
「んっ……」
「詩蓮。俺は」
『これでいいかー? 晶利ー?』
妖精はすぐ戻ってきてくれたが、無限のように長く感じた。
「助かったぞ……」
なんか疲れたような顔の晶利に服を渡す。アオザイをずぼっと頭から詩蓮に着せる。ぶかぶかだろうがひとまずこれで……
「……晶利の服? 私は、晶利のものになったの?」
「ぐっ」
十五歳がどこで覚えてきたんだそんな言葉。
『晶利ーっ。どうした?」
胸を押さえて呻き出した晶利の肩に乗る。
これも駄目だったかもしれない。美少年が自分の服を着ていると思うと変な気分になるし、袖が余って幽霊袖になっているのが可愛い……
いや、可愛いとか感想を言ってる場面ではない。冷静になれ。
「……紗無。俺を殴ってくれ」
『なんで? 手が痛いからやだよ』
と、ここでついに電池が切れたのか、ソファーに倒れ込むとすやすやと眠ってくれた。
晶利は目をぱちりとさせたが、ほっと胸を撫でる。
「助かった」
『なんでお前がその台詞を言うんだ? おいそれより、忘れんなよ』
「ああ」
言われずとも毛布をかけてやる。
『違う違う! ドライフルーツクッキーィ!』
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