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第8話 襲い来る低木
(あいつまで私を馬鹿にするのかよ……)
石を蹴っ飛ばし、立て掛けていた杖を手繰り寄せる。
大人しくしていろと言われたが魔法の練習ならいいだろう。植木鉢の土に指を突っ込み、種をほじくり出す。
光沢のある涙型の種。
「ガーデニング初心者用のものじゃないか。魔法練習用の種でもなんでもないのかよ。あいつ本当に魔法のこと知らないんだな」
土に戻し、魔法石に魔力を注いでいく。
魔力が立ち上り波打つ。いい感じに集中できていると思う。
今だ。
「植物操作――」
小鳥の鳴き声がする。詩蓮の足元を小動物が走り抜けていく。
魔力充填完了したはずの魔法石は光らない。土を破って芽が出てくることもない。
「ああ、もう」
杖の先でガツンと地面を突く。小動物は逃げ出した。
「私の何がいけないというんだ」
植木鉢を指差し八つ当たりのように怒鳴ると、花壇の方に歩いていく。こちらの方が様々な植物が植えてある。こうなったら手あたり次第に試してやる!
ピンクの花。変化なし。
家庭菜園。変化なし。
実をつける低木。変化なし。
みしみしと杖から音が鳴る。苛立ちが晶利の助言を完全に思考外へ押しやっていた。
「こ、この。私に使われるだけの分際で」
息を荒げていると、低木がざわめき出した。
小動物が実を食べに来たのかと身を乗り出すと――
「――はあっ⁉」
突如、低木が襲い掛かってきた。樹海の植物たちのように。
「な、なんっ」
伸びた枝が少年の腕に絡みつく。それに気を取られているとボコボコと音を立てて何かが突き出す。低木の根だ。
「な、なにが!」
杖ごと絡みつかれ、行動を阻害される。その間にも低木はみるみる成長し、やがて大きな樹木へと姿を変えた。
さわやかな木陰が出来る。
「――っ?」
開いた口が塞がらない。
植物の成長を促進させる魔法は使ったが、ここまで爆発成長するほど魔力は注いでいない。というか、不発だったはずでは?
元低木は緑を茂らせ花を咲かせ、実を落とす。
実が落ちた後は髭のような綿が生え、それは加工すれば立派な防寒具へとなるのだが。
「ひいっ」
筆先に似た綿が、詩蓮の頬をくすぐる。樹海での出来事を思い出し背筋が凍る。
落ちた実の数だけ、綿はある。それらが少年に向かって伸びてくる。
「な、なに。やめろ!」
叩き落とそうとするも両腕は背中で固定された。
筆先がさらさらと首を撫でる。
鳥肌が立った。
「あっ……くすぐった、ンッ」
こしょこしょとくすぐられ身を捩る。細い筆先が耳の中に入り、ぞくりとした。また魔力を奪われるのか。そのために酷い目合わされのか。
「い、いやだ」
もうあれは嫌だ。
だが悲しいかな、動かせるのは首から上だけだった。
細い枝が器用にリボンを解くと、少年の黒い服を引き裂いた。
「っ」
桃色の胸がさらけ出される。
よりによって他人の家で醜態をさらすことになると思うと、恐怖と羞恥がまぜこぜになる。
そんなことは知ったことかと、胸に筆先が迫る。
「く、くるな……!」
腰を引こうとしたが自身を拘束する枝によって背中を押され、逆に胸を突き出すような体勢にされてしまう。
さわさわ。
「ひうっ」
詩蓮の顎が大きくのけ反る。植物たちは魔力を奪いやすくするために身体を敏感にするにおいを垂れ流す。普段触ってもなんともない乳首で感じるのはそのためだった。
「やめ、やめてっ、ああっ……ンッ。そ、そんな、ああ、ところを触らな……ッ」
円を描くように乳首の周辺をなぞられる。自分の身体じゃないかのように小刻みに跳ねた。
「はあ、はあ……ッ。くすぐらな……やめっ。ああ、はあぁ」
執拗に突起をいじられる。魔力が欲しいのだろう。
「こんなの、こんなの……ああ!」
筆先たちは横腹もくすぐり出した。
(そ、そこはっ)
ここをくすぐられると相手を殴ってしまうほど弱い場所だ。一気に血の気が引く。
「ああんっ、だめ、そこっ駄目だってぇ! あはっ、やめ、くすぐった……はははっ」
耐えられず激しく身を捩る。だが枝や根っこはぎしぎしと音を立てるだけで、解放してはくれない。
「はは、はあ、はあ。ひぃっ……ははは、は」
涙が滲む。
くすぐったさが勝るが一時的なもので、徐々に「気持ちの良い刺激」へと変わっていく。
「んっ、うん! あん、やっ、はあ……ああ、んぐっ、ひんっ!」
いやだ。こんな声出したくないのに。
筆はついに耳、首筋、胸、お腹を同時に攻め出した。
「やん! あ、いけな、やめて! んんっああああっあ、あっ」
わけが分からなくなる。呑み込めなかった唾液が顎に伝う。
呼吸がしづらくなるからか、くすぐりは体力をごっそりと奪い取る。このまま壊されるのではないかと、回らない頭の隅で震える少年の前にずるりと触手が現れる。植物が魔力を奪うのに使用する触手だ。
「はあ……はああ……」
いやいやと首を横に振るが、効果はない。
さらに背中を押され、胸を、吸い口を差し出す形にされる。
触手の先が分かれ、ちゅうっと吸いついた。
「……ッッ!」
くすぐりによって抵抗力を奪われた詩蓮は、蓋の無い瓶ジュースに等しい。
ごくごくと魔力を貪られる。
「あ……は……あ……? はあ、はあ……」
何も考えられなくなっていく。
「んっ……あ」
吸われている間も、筆たちはくすぐるのをやめない。びくびくと震えるだけになった詩蓮は、飲み放題のウォーターサーバーとして植物たちに重宝されただろう。
助けが来なかったら、だが。
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