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第11話 荒野の化け物

🌸    晶利が作った朝食を食べ、詩蓮が淹れたお茶を飲み、妖精に見送られて二人は出発した。  手を振っている妖精。少し名残惜しそうに歩きながら振り返る。 「……紗無はついてこないのか?」 「あいつは森林浴をしないと元気が出ないんだ」  森で充電しているのか。ずっと森にいなくて平気なのか。妖精のことはよく分からない。  昨日に引き続きさわやかな晴天だが、遠くに黒い雲が見える。早ければ昼頃には降ってくるだろう。  急いだほうがいいのに、身体が重い。猫背になる。晶利の半歩後ろを亀のように歩く。 「……はあ」 「だから休んでいろと言っただろう?」  魔力を使った、または奪われた疲労は時間差でやってくる。筋肉痛のように。これがまた厄介だ。理由は判明していないが上達者ほど遅いと言われている。詩蓮は疲労が次の日の朝になってようやくきたのだ。ふっ。流石は私。これぞ一流の魔法使いの証。  猫背になりながらドヤ顔をするという器用なことをしていると、ドドド……と地鳴りのような音が微かに聞こえた。 「ん?」  見ると、一頭の大きな動物がこちらに向かって走ってくる。狛犬そっくりの外見だが、象より大きい。体毛は赤と緑の二色に金色の牙と、とても目立つ。 「魔物ッ!」  慣れた様子でサッと杖を構えるが、晶利は杖の先に手を置いて制した。 「晶利?」 「大丈夫。何もしなければ無害な連中だ」 「……連中?」  確かに真後ろにもう一頭いた。一回り小さくて牙が銀だがこちらも派手だ。 「お、おい」  何もしなければって……このままだとぶつかるぞ!  咄嗟に晶利の後ろに隠れたが、狛犬たちは一メートル手前で停止した。ぶわりとアオザイの裾とマントが翻る。  お座りするとはっはっはっはっと犬のように舌を垂らし、熱心に晶利を見つめている。  晶利は袖から袋を取り出す。昨日焼いたクッキーを包んだものだ。中身を取り出し狛犬に放ると大きな口でぱくっと食べた。後ろの銀牙にも投げてやる。  喧嘩することなく仲良く食べている。クッキーがなくなると袋を仕舞った。 「なんだ? 飼っているのか?」 「いや。紗無と同じだ。俺を見かけると菓子目当てで近寄ってくるようになった」 「……」  確かにこいつの作る菓子類はうまいと思うけども。 「たかられているのか?」 「無償でやっているわけではない。代わりに背中に乗せてもらう。目的地まで遠いからな」  そう言うと、狛犬の背にひらりと飛び乗った。よしよしと首元を撫でている。 「乗れ」 「え? ……私はこいつらに何もやってないぞ?」 「気にするな。そいつが乗せる気満々だ」  一回り小さい方がじっと詩蓮を見つめてくる。ふんっふんっと鼻息が髪をぼさぼさにする。 「ま、まあ。乗れというなら」  伏せの姿勢になってくれた狛犬の前足を踏んで、なんとか飛び乗る。毛並みはしっとりなめらかであたたかく、顔を埋めたい欲求に駆られた。 「お……。やわらかいな」 「しっかり掴まれ。こいつらは走るのが速いから。……いつもの場所へ頼む」  狛犬はとてとてと回れ右すると、ドヒュンと走り出した。 「うっ」  首がガクンとなる。掴まれと言われていなければ地面に叩きつけられていただろう。 「大丈夫か? 詩蓮」  前を走る晶利が振り返り声をかけてくる。  痛んだ首を押さえる。 「く、くく、首が取れるかと思っ……いって」 「こいつらは急に走り出すぞ」 「遅い!」  杖は詩蓮の頭上を独りでに飛んでいる。追跡モードにしてある今は、いちいち握っていなくともどこまでも追ってくる。  狛犬たちは風のように速い。もう草原を抜け、荒れた道を走っていた。 「草原の向こうはこんなに荒んでいたのか……」  砂利道、など可愛いものではない。拳大の石から顔より大きな岩までごろごろ転がっている。朽ち果てた木々が魔物の影のように見え、時折叫び声のようなものが聞こえた。  生ぬるい風が吹く。 「景色変わりすぎだろう。どうなっている」  晶利は前を見ながらぽつりとつぶやく。 「……この荒廃した大地の先には、毒草ばかりを好んで食べる化け物が住んでいると言われている」 「え?」 「それが俺だ」    狛犬たちはいつもの場所で停止する。 「ありがとう」  礼を言うと二頭は走り去った。荒野にポツンと取り残された二人。 「さて、行くぞ」 「おい待て。さっきのはどういう意味だ?」  晶利のあとを小走りで追いかける。両手で杖を握りしめていた。 「……」 「晶利!」  無視するなと怒鳴ろうとしたら、晶利が足を止めた。 「着いたぞ。ここだ」 「……ここだ、って?」  岩と瓦礫を積み上げただけの……何? 何か、だった。晶利の背丈より高いこれはもしかして家、なのか。  一応屋根は乗って……いや、よく見ればただの板。  扉らしきものは目の前にあるが、開けたらすべてが崩れそうだ。その前に扉なのか? 「邪魔するぞ」  疑問符だらけの少年を置いて、晶利は躊躇なく扉を開ける。身構えたが小屋(?)は崩れなかった。 「お、おい。なんなんだここは」  中に入るか悩んだが荒野狼の唸り声が聞こえ、慌てて詩蓮も中に入る。扉を閉めると、ぱっと明かりがついた。 「…………え?」  暖炉の炎がパチパチと燃えている。あたたかな木のぬくもりがする内装で、暖炉前には赤いキリムラグが敷かれていた。その上のひとりがけソファーには、人の背中が見える。  積み上げられた瓦礫の中が山小屋になっていた。訳が分からない。  思考が宇宙まで飛んでいった少年を置いて、晶利は椅子の人物に声をかける。 「今日も来たぞ。……具合はどうだ?」  小柄な影は、ゆっくり口を開く。 「……諦めが悪いな、お前も。「荒野の化け物」が。律儀なことだ……」

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