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第17話 広い背中
はくはくと、声の出ない唇を開け閉めする。
「っ……はっ……!」
およそあり得ない場所に、幾本もの触手を埋められている。無理に押し広げられた穴からいやらしく垂れた透明な液が、触手を伝う。
「ぃや……いやあ……あぁ、うっ」
狭い穴の中で、触手同士が元気に擦れ合う卑猥な音が耳障りだ。
動くな。動くな。出て行ってほしい。
触手は奥へ、奥へとじわじわ進んでいく。弄ぶようわざと時間をかけて。
「はっ……ハッ、あ……んっ!」
ぴくっと小さく身体が跳ねる。
ナカを蠢き、自分でも知らなかった箇所を探り当てられたのだ。触手はソコをくにゅっと捏ね上げる。
「んあああんっ! 熱い、やだそこ……やだっ!」
堪えようもなく感じてしまう。楽しませるだけだと分かっているのに、悲鳴に近い声を上げてしまった。そうなれば面白がって、触手たちはソコを重点的に遊び始める。
つんつんとつつき、撫で上げ、素早く擦る。
「やだあ…………ッ! ……ァァ……!」
もう快楽なのか苦痛なのか分からない熱の洪水が脳に、信号となって押し寄せてくる。当然、経験のない少年の脳では処理しきれず、視界が白に染まる。
金の髪を振り乱す。
「しょうり! しょう……」
助けを求めて鳴く小さな口に、太い触手が入り込む。
「んぐうっ……んん」
奥まで銜えさせられ、喉の中で動き回る。
「おぐ……っ」
酸いものが込み上げるが、塞がっていては吐き出せない。
こんなに苦しいのに、溢れ出した蜜が下着を濡らす。それを感じ取ったのか後ろだけでなく、前にも触手が伸びる。
(くるしい……。たすけて……)
年端もいかない少年には強すぎる刺激。縋るように晶利の顔ばかり思い出す。
後ろ同様細い触手に、蜜を絡め取るようにしごかれる。
「っ……」
声も出せずに、ぴくっぴくっと身体を震わせる。
そんな可哀想な少年の前に地面から大型の植物型魔物・人喰い華ウツボが、這い出てくる。見上げるほどに大きく、雨上がりの土の香りがする。ウツボカズラたちの親玉のようなものだ。人どころか魔物すら丸呑みにする大きな口を開けて、少年を丸呑みにしようとした。
「……ぁ」
丸呑みにされた後はどうなるのだろう。華ウツボの体内で、餌として飼われるのだろうか。涙が止まらず潤んだ視界で迫りくる空洞を見つめることしかできなかった。
そのとき――
「んっ……?」
ぴたりと、植物たちの動きが止まる。
「……?」
風が吹くも、華ウツボは絵画のように静止したまま。あれだけ全身に感じていた森の、詩蓮を嘲るような気配もぱたっと消えている。
なにがなんだか分からない詩蓮を置いて、身体を拘束していた根っこや枝が地面に引き上げていく。前触れもなくナカに埋まっていた触手も引き抜かれ、詩蓮は花畑に埋もれるように倒れた。
どさっ……
「ああ、んっ……はあ、……はあ……?」
締め上げられていた手足が痛い。いじられていた個所が熱を持つ。視界には青空ではなく、緑の天井が広がる。ザザッと風で揺れ、小鳥が枝にとまる。
突然自由になった。嬉しさよりも困惑が先に立つ。
腕一本動かせなくて顔だけ横に向けると、晶利が歩いてくる。やけにくたびれた足取りだった。
「遅くなってすまない……。俺は植物と相性が悪いらしい。なかなか声が届かなくて、はあ、時間がかかってしまった」
首飾りを服の中に仕舞い、詩蓮の顔の近くで膝と両手をついて、覆いかぶさるように覗き込んでくる。
少年とは思えないほど美しく、整った顔。
腕で目を隠す。安堵感からか、弱音を吐いてしまう。
「私はもう、無理かもしれない……。以前のように、植物を、操れない。……こ、こんなの、無理だ」
だが英雄と呼ばれた男は厳しかった。
「泣き言を言うな。黒槌に啖呵を切っていたお前はどこに行った。大丈夫だ。俺がそばにいてやる。魔法でズルをしているとはいえ、俺もまあ、不老不死の亜種のようなものだからな……」
目にかかりそうな金髪を払ってやる。
晶利は厳しくて、優しかった。
「どうして……? 魔法の使えない私に、やさしくする……?」
「俺の親友そっくりだから、かな。あいつも気位ばかり高く、そのせいで魔法が使えなくなって、荒れまくった。お前以上に荒んでいた」
疲れたのか晶利も隣に、ごろりと横たわる。
「俺は助けてやれなくて、あいつは邪悪に堕ちた。俺に、人類に牙を向いたんだ……」
泣きそうな声が聞こえまじまじと見つめるも、茶色の瞳は遠くを見ているだけで泣いてはいなかった。
晶利は自嘲気味に笑う。
「俺は酷い奴だ。親友の影にお前を重ねた。あいつを救ってやれなかったから、お前を救えば心が軽くなると思ってな」
この話は黒槌にもしていない。晶利だけの思い出だ。まあ、あいつのことだから察しているとは思うが。
はあと、ため息をついて起き上がる。その表情はいつものように優しかったけれども――
「帰ろう……。紗無が弱っている。お前にも、休息が必要だ」
「いまの、私を背負うと、服が汚れるぞ……」
「それがどうした」
ふらふらなのに詩蓮を背負って、杖も拾って帰路につく。ただ親友を重ねているだけのやつが、見知らぬ子どもにここまでするだろうか。
広い背中があたたかく大きく感じ、頬を擦りつける。
(英雄って……こういう奴がなるんだろうな)
理由などなく、ただ目の前の人に手を伸ばす。
こいつは英雄だ。だから困っている子どもを見捨てられないだけだ。そう思うとモヤモヤする。晶利には、他の人を助けず自分だけを見てほしい。そんな思いが湧いたことに、詩蓮自身が気づかなかった。
……気づかない、ふりをした。
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