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第16話 花の冠

 森が、森のすべてが邪魔をするなと睨んでくる。比較的穏やかなこの森がこんな顔を見せるとは、よほど詩蓮は美味しいらしい。  だからと言って、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。首飾りを握る。 「その少年を放してくれ」  魔力を解放しようとしたとき、尖った根が詩蓮の首すれすれに添えられる。  人質――だった。 「なっ」  晶利が怯んだ一瞬の隙に、樹木の太い根っこが土砂崩れのように襲い掛かる。 「う、わ」  瞬く間に根っこは晶利を隠し、繭の中に閉じ込められたようになった。少年は薄目を開ける。 「し、しょう……」  詩蓮が名前を呼ぶが、森は何もできない少年をせせら笑う。頭に血が上る。 「晶利を放せ! そいつは関係ない」  いつまで強がっていられるかと試すように、花畑以外の植物も手を伸ばしてくる。  するりと一本の枝が両足の間に入り込んだ。ズボンの上から執拗に股間を擦られると、怒りを押しのけ湧きあがってきた甘い痺れに支配されていく。 「んんっ……」  感じてなるものかと下唇をキツく噛むが、巧みに動く枝先に、快感は増していくばかりだ。 (負け、るか)  負けてなるものか。晶利の言葉を思い出せ。森の態度からどうやら私は植物に相当、嫌われているらしい。ずっとこのままでいいわけがない。  思いがけず会うことができた英雄たち。  彼らに並ぶ魔法使いになってみせる。いや、追い越してみせる。  身体中に巻きついている根や枝から自分の魔力を流し込み、対話を試みようとするが――  やってきた触手がお邪魔しますとズボンの中に侵入してきた。 「うっ」  後ろに回ると割れ目をなぞり、ぬちゃぬちゃと粘液を擦りつける。  ぞくぞくと頭の後ろが痺れた。  触手は柔らかく弄りながら、ぬめりを分泌したまま穴へと近づいていく。 「ヒッ! や、やめろ」  こんなことをされては対話どころか魔力も流し込めない。集中力がぶつ切られ、焦りが滲んでくる。手足をバタつかせようと意味はなく、むしろそのせいで巻きつく力は強くなり、手はより上へと引き伸ばされる。 「うぐ……う、うぅ……」  歯を喰いしばる。苦しい。だが触手は止まらず、到達した穴をつんと優しくつついた。 「つっ! ぐう……何を」  分かってしまう。これからどんなことが起こり、何をされるか。  何度も撫でられ、穴の入り口に粘液を塗り込まれる。 「くっ――!」  それでも諦めず、見向きもしなかった彼らと対話しようとする。お前は喧嘩をしている状態だと。晶利の言葉を思い出す。 (村に同い年はいたけど、親しくなかったし)  魔法の修行ばかりで友人と遊んだことも、そもそも友人を作ったこともない。つまり仲直りの経験など無い。それでも話し合おうとしてみる。  この私が歩み寄ってやるのだから、植物共は大人しく―― 「――ああっ」  緑の瞳を見開く。せっかく晶利が作ってくれた花冠が落ちる。  人差し指ほどの細い触手とはいえ、ぬるぬると摩擦が消えた穴はそれをすんなり吞み込んでいった。 「はあっ、あっ? あっ、やめろ! 入るなああっ」  入ってくる。ナカに。異物が。動いているのを感じる。気持ち悪いっ。気持ち悪いんだと己に言い聞かせた。 「ひっ……くぅ! ……ぅあ」  力を込めてもナカをほぐすように内壁を撫でられ、恐怖と快楽が半々となる。 「アアッ! いっ、やあ……。こ……んなの、いや……ッ」  ぐちゅぐちゅと水音を立てる粘膜を刺激されるたび、無理に手足を引き抜こうとする。自分の意志とは関係なく、真珠のような涙がこぼれた。それは雨雫のように花びらの上にぽたぽたと落ち、花を悦ばせる。  様子を窺うように周囲をうようよしていた触手がもう一本、下着を引っ張り入ってくる。  一本でも苦しいのに、二本なんて無理だ、嫌、入らない。やめて!  もう植物と云々する場合ではなく、ただ彼らが遊び飽きるのを待つしかなくなっていた。 「まいったな……」  一方。木の根の中。植物たちは詩蓮も晶利も傷つけたいわけではないらしく、晶利が押しつぶされることはなかった。ぺしゃんこにならずに済んだが、これはどうするべきか。  黒槌なら再生できないほどの細切れにして脱出するだろう。かつての仲間の筋肉ゴリラなら「はあっ!」と気合だけで森ごと吹き飛ばせる。  晶利も(魔力で)やろうと思えばできるが、敵意の無い森を傷つけるのを躊躇ってしまう。森は先ほど詩蓮を人質に取って見せたが、怪我をさせる気はなかったのだ。それが分かっていたのに、つい少年に尖ったものが突きつけられると戸惑ってしまった。  ――訛っているなぁ……。  ばりばり戦っていたのは遥か彼方の大昔。勘を鈍らせぬよう、たまに黒槌とでも勝負すれば良かったか。……今更か。どうせ自分はもう、かつてのような力の鋭さはない。 「植物たちよ……。お前らが今まで詩蓮からどんな風に扱われていたのかは、俺は知らない。時には使い捨てにされ無茶な命令も出されたのだろう」  晶利では植物に声は届けられない。それでも。 「悪い思い出ばかりではないはずだ。年齢的にはお前たちの方が圧倒的に上なんだ。勝手な言い分だとわかっている。だが少しだけ、話を聞いてやってくれないか――?」

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