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第15話 無害動物イサイタチ
心配なので様子を(こっそり)見に行く晶利と妖精。バレると怒られる気がするので木の影から見守る。
『あいつ一人にしたら、また植物に襲われかねん』
「静かに」
『今は晶利がいるからな。どんな魔物もどんと来いっだぜ!』
「……」
持ってきた木の実を妖精の口に詰める。
『もががっ……』
「?」
そのタイミングで詩蓮が振り向くが、幸いにも気付かれなかった。
あぐらをかき、自然を感じるように目を閉じる。師匠から教わった精神を統一させる方法。
精神統一する理由が分からず、この修行が嫌でしぶしぶやっていたが。やらないのとやった後では、やった後の方が魔法操作の精度が格段に上昇した。それからは積極的に、時間を見つけては行っている。
リスとうさぎを小鳥で割ったような小動物が少年の肩や膝に乗って遊ぶも、詩蓮は微動だにしない。
波打っていた魔力が、風のない湖面のようにぴたりと静止する。
(ほお……)
さすがは十年に一人。晶利が見ても見事の一言だ。ああすることで植物の声も聞きやすくなるのだろう。真面目に対話する気になってくれて一安心だ。
「問題は。……詩蓮の村を襲った者の正体だな」
『この木の実美味いな。もう一個寄こせ』
一粒あげる。
「俺はそれを探ろうと思う」
『もぐもぐ。それは詩蓮にやらせないのか?』
「出来れば俺が処理しておいてやりたい」
『ふーん? よく分からないけど、いいんじゃね?』
よし。そうと決まれば調査開始だ。この森には大した魔物はいない。自分はいなくとも大丈夫だろう……か? いやそれは甘い考えか?
「紗無。どう思う?」
『お前、絶対にここにいろよ?』
調査は後日となった。
「おや?」
詩蓮の魔力が波打ちだしたと思えば、急に立ち上がった。
「ああもうっ。なんでいうことを聞かないんだお前たち!」
ブーツの裏で木の根を力の限り踏みつけている。花を踏みつぶすよりは絵面的にマシかもしれないが、木の根に恨みでもあるのだろうか。
『……あいつ。植物のことになると沸点低いな』
また杖で素振りをしている。彼流のストレス発散方なのか。よくやる。
『あんなでかい杖振り回せるなら、剣士もやれるんじゃね? 詩蓮のやつ』
「……まあ、好きなものになればいい」
魔法剣士もいいなぁと親ばかなことを考えていると、ガツンと耳障りな音が響く。
振り回していた杖が木の幹にぶつかったようだ。衝撃が手まで伝わり痛かったのか、手首を押さえ蹲っている。
妖精も呆れたようだった。
『あーあ。んな森の中ですっから』
殴られた樹木がざわざわと揺れたかと思うと、何かが降ってきた。
ぽすっ。
「へ? うわった……っ」
詩蓮のマントの間に落ちたらしい。取ろうと必死に腕を背中に回している。
「なんだなんだ?」
限界まで首を後ろにして、背中の状況を把握しようとする。
『きゅ?』
落ちてきたモノと目が合う。
木を殴ったし虫でも落ちたのかと思えば、くりくりお目目の小動物だった。名をイサイタチといったか。毛並みは白でリスのように体より大きな尻尾が特徴。手のひらサイズで、森の妖精の異名を持つ無害動物だ。
ただし――
「ちょ、大人しくしろっ」
すばしっこく狭いところが大好きで、普段はキツツキが空けた木の幹の空洞に巣をつくる。明るいところが苦手なため、詩蓮の服の中に潜り込んだ。
「ああっ。おま、ちょ……。巣に戻してやるからじっとし――てっ」
びくっと身を捩る。無害とはいえ野生動物。このチリチリした痛みは爪か。大きな尻尾が走るたびに素肌に擦りつけられる。
「うああっ。ばかっ! 走り回るな、あっ」
小動物の方もパニックになっているようで、なかなか出て行ってくれない。大きな手が自分を捕まえようと追ってくるのだから、イサイタチは目を回しながら服の中を縦横無尽に駆け回る。
「ヒィっ。くすぐったい! やめて。大人しっ……やあ……っ」
『やれやれ。あのくらいオレが取ってやっか』
飛んでいこうとする妖精の足をそっと握る。
「よせ。暴れている人間に近寄るな。手でも当たれば叩き落とされるぞ」
『うっ……』
「あのくらい大丈夫だ。ペット人気が高まってきている害のない動物だ」
『そうだよな。あんな(紗無から見れば)中くらいの動物。詩蓮ならひとりで――』
ざわざわと、風もないのに花畑が蠢き出す。杖が放り出されたせいか、森の動物の危機に反応したのか。花畑から細い根が、雨で湿った土を突き破ってくる。
『へ? おいおいおい』
人差し指より細い根っこが、詩蓮の足に巻きつき、上へ上へと登っていく。
「な、なんだこの根っこ共!」
引き千切ろうと握ったがそのタイミングで、イサイタチが胸の上を駆けた。
「んっ」
一瞬動きが止まる。その間に急成長した根っこが太もも、腹、両腕にまで伸び、詩蓮は万歳の姿勢で動けなくされてしまう。
「ひあっ。またこんな……っあ」
『きゅう?』
追跡がなくなったためか、イサイタチが襟の隙間から出てくる。
「は、早くどっか行け!」
『きゅ』
たまたま当たっただけか故意かは知らないが、イサイタチはちゅっとキスをして去って行く。一瞬、可愛いなと思った詩蓮だが、小動物がいなくなったので遠慮無しとスイッチが入った、花畑の花が揺れる。
むせ返りそうなほど強い、甘い香り。これも抵抗を失わせる成分が含まれている。花畑の攻撃である。
頭が、くらくらする。
「ん……っあぁ……」
(詩蓮! 心を通わせろ。植物たちに、自分を放すよう伝えるんだ)
ハラハラしながらも見守ることに徹する。助けられてばかりでは、人は成長できない。
それはそうと妖精が静かだな。絶対に助けに行けと騒ぐと思ったのに。
「……あ、あれ? 紗無?」
横を見るも、妖精の姿はない。遊びに行ったのかと周囲を探すと、足元にいた。いや、落ちていた。
両手で拾い上げると、泡を吹いている。
「おい! どうした?」
『はがが……。この香り……だめだあ……』
「何を言って……。妖精は花と相性が良いはずだろ? ……ああ、そうか」
こいつは変わり者の妖精だった。
服の中に押し込んで詩蓮を助けに向かう。紗無がピンチだ。ゆっくり見守るのはまたの機会にするしか――
木の影から出た途端、森の悪意が晶利に向けられた。
「えっ?」
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