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第22話 植物使いの少年
「……」
『……?』
昼下がりの空の下。家主と妖精は尻餅をついたままそれを見上げる。洪水のように押し寄せた根っこが晶利を捕えていた人形を巻き込み、晶利は外へ放り出されたのだ。妖精もオマケに。
『なんだ、これ……』
妖精は口を開けたまま固まっている。
わけが分からない様子の妖精と違い、晶利はすぐに詩蓮がやったのだと確信する。彼の魔力だ。
人形に拘束されていた個所が痛んだが、苦痛を無視して大樹に近寄る。妖精が肩に乗ってきた。
「紗無。怪我はないか?」
『オレは大丈夫だけどよ……。これは、詩蓮か?』
おそらく、と言いかけると上から声が降ってくる。
「……―い。おーい。晶利。紗無。大丈夫か?」
『詩蓮!』
詩蓮を見つけると妖精は嬉しそうに浮上する。金髪の少年は木のてっぺん付近の枝に腰かけていた。
『おま、何があったんだ? なんだよ、こりゃ』
「……その前に、どうやって降りよう」
紗無を手のひらに乗せ、下を見る。地面ははるか遠く、目がくらんだ。
『なあ、あれ。お前の杖じゃないか?』
「え?」
指さす方を見ると、杖が枝に引っかかっている。手を伸ばすがぎりぎり届かない。
「……んっ」
『取ってきてやるよ』
気持ちはありがたいが、がんがん引きずって持ってくるのは止めて……。自分より大きな杖を運べるのはすごいけれど。
「ありがとう。重いのに」
『いいってことよ!』
ぐっと親指を立てる妖精に微笑み返す。
杖を両手で握ると、何を思ったのか詩蓮は自分から身を投げ出した。
『え? お、おい!』
遠ざかる妖精の声を聞きながら、魔力を込める。あれだけ使えないとムキになり、奮闘していたのが嘘のように、魔法が使えた。
「植物操作――」
詩蓮の杖が緑色に変化すると、ばっと傘のような大きな花を咲かせた。それはパラシュートのように空気を掴み、落下速度をやわらげる。
「……詩蓮」
ほっとした顔で、ふわふわとたんぽぽの綿毛のように降りてくる少年の下へ移動する。
詩蓮は地面の上の晶利を見つけると、杖から手を放した。
『「あっ?」』
晶利と妖精の悲鳴が重なる。
今度こそ身一つで落ちてくる少年に腕を伸ばす。受け止めようとしたのだ。だが鈍ったいまの晶利では受け止めきれず、見事に下敷きになった。
――どすんっ!
「……」
ぎゅっと閉じた緑瞳を開く。晶利は詩蓮を抱きしめた体勢で背中から倒れていた。痛かったが詩蓮には傷一つない。
『あぶな――っ』
妖精の声が聞こえたかと思うと、魔力を失った杖がどすっと晶利の顔の横すれすれに突き刺さる。
さ、叱ろうか。
「し~れ~ん~? 何をしとるんだお前は……」
抱きしめたまま上体を起こすと、詩蓮は胸板にもたれてため息をついた。
「ごめん……。魔力が。それに思ってたより自重を支える力が、残ってなくて」
「…………」
くそ。叱れない。
手足に力が入っていない少年の頭を仕方なく撫でてやる。詩蓮は安心した猫のように顔を擦りつけてくる。
「晶利……」
「ん?」
「呼んだだけ……」
「そうか」
後頭部と背中が痛むが、晶利は頑張って立ち上がる。詩蓮は名残惜しそうに離れ、支える。
『大丈夫か? ふらふらだぞ晶利』
妖精は金の頭の方に乗っかった。
「俺のことはいい。詩蓮……魔法は、使えるようになったんだな?」
「あ、そうなんだよ。晶利がくれた植木鉢の種が……。お前、なんかしたのか? 何か仕込んでおいた、とか?」
茶色の髪を左右に振る。
「俺は何もしていない」
植物たちに耳を傾けるようにと根回しはしておいたが、使えるようになったのは詩蓮の力だろう。
「そ、そう……」
「ところであれは誰だ?」
晶利が見上げるところには、数体の人形と一緒に伊雪が樹木の幹に埋め込まれていた。白目を剥いているし、意識があっても逃げ出せないであろう。樹木の牢獄。
「えっと――」
くたくただったが説明しないわけにはいかないと、詩蓮は数分前の出来事を口にした。
説明したらかなり心配された。身体を触られたことを省いたら激戦だったことになってしまったから。
頭を撫でられる。
「よく独りで乗り切ったな」
「独りじゃなかった……。あいつのおかげだよ」
巨大樹の根元に芽生えた小さな命。あの種が助けてくれたんだ。あいつを庇ったらほかの植物たちが根を伸ばして助けてくれた。
ため息をする。こんなにも助けられていたのに、傲慢だった自分に。
「結局、村が襲われたのは私のせいだった……」
『それは違うだろ』
ダイヤモンドの瞳がじっと詩蓮を見つめてくる。以前は少し怖かったのに。
詩蓮は苦笑して「そうだな」とお団子頭を撫でた。
「詩蓮。この殺人鬼は憲兵に渡そう。幹から出せるか?」
「……憲兵に突き出すのか?」
「ん?」
どうしたのだろう。まさか自分の手で仇を討ちたいと、殺したいと言うのでは、と眉をひそめる。
詩蓮は杖を引き抜くと埋め込んである種を手のひらに取り出す。
「それは?」
心臓のような形と色をした、不気味な粒。
「寄生樹。臓器に根を張り、宿主から養分を奪う。その際、なるべく苦しむよう、なるべく長生きするように肉体を半分植物へと書き換えるから」
「……」
「よし」
伊雪に近づこうとする肩に手を置いた。
「待て。何が「よし」だ。急に魔王みたいなことを言うな。それは使用禁止の植物のはずだろう。何故持っている?」
詩蓮は目を合わせない。
「これ、師匠の杖だから……知らない」
「こっちを見ろ、詩蓮」
種を持った手を伊雪に伸ばす。それを全力で止める晶利。
「こら。許可しないぞ」
「このくらいしたっていいだろ? こいつはゴミクズだぞ。私の気が済まない!」
「憲兵に任せろ」
バッと腕を振り払う。
「こいつを庇うのか?」
「そんなのに憑りついたら寄生樹が腹を壊す」
「……」
逡巡する素振りを見せたが、大人しく種を杖に仕舞った。
『おー。素直だな、詩蓮』
「だって……。兄弟が、腹壊すのは、駄目だし」
詩蓮の中で、植物は兄弟に落ち着いたようだ。いい考え方だと思う。
一件落着――ではない。家が。
ばたんと倒れた晶利に慌てる。
「お、おい! どうした?」
『腹壊したか?』
返事がない。引きこもりにとって家は魂の相棒であり、砦でもある。それが失われたショックは大きい。
詩蓮はあせあせと周囲を見回し、ぽんっと手を打つ。
「そうだ! 私が植物で小屋を作ってやる。なんならこのでかい木をくりぬいて、家にしてもいんじゃないか? 中央を吹き抜けにして、十階建てに出来るぞ?」
『お前……途端に万能になったな』
呆れたような口調の妖精。詩蓮はさっそく不純物(伊雪)を取り除き、ツリーハウス(くり抜き型)を製作しようとするが、
「……今は無理」
疲れた。杖を横に置き、晶利の隣に寝転ぶ。ぽかぽかと陽射しがあたたかい。
晶利が顔を向ける。
「なあ、詩蓮。寄生樹の他にどんなものを持っている?」
「ん? ……あっ! もしかして黒槌様に飲ませる気か? そんなの駄目だぞ!」
駄目か。植物使いならえぐい毒草を知っていると思ったのに。
「ひとまず、当分は黒槌の家に泊まらせてもらおう。貯えもなにもかも、なくなってしまった」
起き上がる背中に、もたれかかる。
「……ごめん」
「いや。お前を責めたんじゃない。気にするな」
「気にする! 私がちゃんと稼いで、晶利を養うから! 嫌いにならないでくれ」
がつんと殴られた心地だった。
「養う……って。なんで俺が養われるんだ。気にしなくていいって言ってるだろ。嫌いになんてなるわけが……」
がっしりと手を握られる。言葉を遮ると怒る割には遮ってくるな……。
「私が養うから、結婚しよう!」
カァッと頭が熱くなった。何を言い出すんだ。
「いや……。け、結婚て、お前……」
「そうと決まれば黒槌様のところへ行こう。狛犬たちは? お菓子がないと乗せてくれないのか?」
「おい待て」
「晶利。狛犬たちを呼んでくれ。お菓子はないが木の実くらいなら出せる」
「詩蓮」
『おっ、いいなー。オレの好きな木の実出してくれよー』
「いいぞ。庭に植えてたくさん育てよう」
「聞け!」
狛犬と出会った場所へ、妖精を頭に乗せたまま走って行く少年。元気じゃないか。
それと俺は年寄りとかそういう問題じゃないぞ。じじい通り越して妖怪の域にいるのに。見た目に騙されている。ちゃんと説明しなければ。
お前には化け物ではなく、年の近しい人間と家族になり子を成してほしい。
必死に説得するも、「私の幸せは私が決める!」と一蹴されるのは一時間後の話。
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