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第27話 冒険者ギルド

 早朝。  予想に反してしゃきっと目覚めたので、山を越えている最中だ。若いってすごいな。  狛犬の足なら半日もいらないだろう。だがそれは魔物に遭遇しなければの話だ。草木が生い茂っているので走りづらいだろうと山を見上げていると、「私を誰だと思っている?」と言いたげに詩蓮が睨んでいた。 「では、頼む」 「ふふん。任せろ」  ……草木が勝手に避けてくれるので、狛犬はすいすいと山道を走る。 「なあ。なんだか私の髪の毛くしゃくしゃなんだが。何か知らないか?」 「さ、さあ……?」  昼前には山を越え、樹海の横にある道を突っ切る。  場所が場所だけにすれ違うのは旅人や荷物を積んだ馬車ばかり。狛犬とすれ違うとそろって口を大きく開けた。 「晶利。この狛犬たちは『苺紅』には入れないけど……。その辺は知っているよな?」 「ん? ああ。魔物使いの従魔のように、登録されている生き物以外は、人の領域に入れてはいけない。だろう? 知っているぞ」  途中一度だけ休憩を挟み、昼と夕方の中間の時間に、詩蓮たちは『苺紅』へ到着した。街から少し離れたところで狛犬たちと別れる。 「……そう言えば、帰りはどうするんだ?」 「馬車か徒歩か、好きな方を選べ」  帰りに狛犬タクシーは使えないようだ。 「そうか」 「そうだ」  大きな街なので検問のようなものがあるが、王都ほど厳しくはないようだ。列はスムーズに進んでいる。  最後尾に並ぶと、また隣からため息が聞こえる。 「よしよし。なにか楽しいことを考えて気を紛らわせろ」  背中を摩られ、励まされる。子どもに気を遣われている事実に心が沈みそうだったが、頭を捻る。 「楽しいことか……」 「私のこととか。私のことを考えるといいぞ? 許可しよう」 「……」  おかげで頭が真っ白になった。感謝する。  十分もしないうちに詩蓮たちの番になった。仕事を探しに来たとさらっと答える。……詩蓮が。  動きやすそうな鎧を身につけた真面目そうな門番は、じろじろと似ていない二人を交互に見る。 「お前たちはどういった関係だ?」 「恋人に決まっているだもがあっ?」 「親類です」  口を塞ぎ、晶利は死んだ目でどうとでも取れる言葉を返す。門番は首を傾げたが通してくれた。 「仕事が見つかると良いな」 「ありがとうございます」  暴れる少年を引きずって門をくぐろうとする。手を振り払われた。 「急に何をするんだ!」 「こっちの台詞だお前。そのまま俺が連行されるところだっただろうが」 「何も間違ったこと言っていないだろう?」 「間違ったことしか言ってないが?」  門をくぐった先は、別世界が広がっていた。  建物のレンガはほぼやさしい苺色。屋根は苺を模しているのか濃い緑か黒ばかり。この街は『苺紅レンガ』に使われる粘土が国で一番採れる場所として栄えた街だ。道に敷かれているレンガも同じ色なので、街全体の雰囲気がなんとなく「甘い」。いい香りがするのではなく、街が放つ空気が。なんというか、こう。メルヘンチックな甘さがある。  ……しかしそれも表通りから一歩道を外れればまた別の顔を覗かせる。  ガラの悪い連中がたむろし、物乞いなどが蹲っている。糞尿くさいにおいも風の向きによっては漂ってくる。発展しているだけあり、貧富の差が激しい。  詩蓮はおのぼりさん感を出さないよう気をつけて歩く。それでも目はあっち行ったりこっち行ったりしてしまうが。  数年前に一度来ただけなので、つい記憶に残っているものを探してしまう。 「……晶利。どこかで休憩するか?」  一言も発さないなと思えば、前屈でもしているのかと思うほど体を折り曲げて歩いていた。ゾンビでももうちょっと姿勢良いぞ。  長い髪が垂れ下がり、通行人がひそひそと声をひそめて行く。  小走りで彼の前に回ると、しゃがんで顔を見上げる。のれんのような髪をどかすと、虚ろな瞳があった。 「晶利。なんか言え」 「……詩蓮、か。……いや、大丈夫だ」 「大丈夫と言うなら、もうちょっと大丈夫そうにしろ」  大きな手を掴むと、早足で引っ張っていく。このままふらふらさせておけば誰かにぶつかりかねん。 「……っ」  不安なのか、大きな手はしっかりと握り返してくる。それだけで顔が熱くなった。  美味しそうな甘味を売る店や粘土細工の土産物店を通り過ぎ、到着したのは『苺紅』ギルド。埋もれないようにとの配慮か、ギルドだけ建物が薄い苺色ではない。まあ、荒くれ者の集まりの建物があまり可愛らしいのもあれか。  それにいざという時の避難所も兼ねているので、見つけやすい方がいいのだろう。建物は真っ黒のレンガ造り。門の上にギルドを示す「剣と魔物」の紋章が鈍く光っている。 「晶利。入るぞ?」 「……このまま、回れ右したら駄目か?」 「回れ右したら主夫になる道しか残ってないぞ?」  押したら開く扉を開け、晶利が真っ先に入る。そんなに主夫が嫌か? ああん?  晶利に続いて入るとそこそこ賑わっていた。てっきり閑古鳥が鳴いているかと思いきや。冒険者の数が増えたのだろうか?。  軽く見回すと大剣や弓、長斧や棍棒を装備しているものが大半だ。手ぶらなのは武闘家か魔法使いか荷物持ちか。詳しくないので憶測だが。  晶利のために人目を集めないよう、すぐに受付へと向かう。  大きな丸眼鏡をかけた受付のお姉さん。視線が合うとにこっと営業スマイルを咲かせた。 「ようこそ。『苺紅』ギルドへ。仕事依頼ですか?」 「冒険者登録に来ました」  お姉さんは一瞬目を点にするが、書類を二枚カウンターに置く。 「それではこちらにお名前と年齢、職業をお願いします」  羽ペンを手に取り、さらさらと名前を書く。 「晶利。お前の分も書いてやろうか?」 「いや。書ける。貸してくれ」  羽ペンを持つ手が震えている。酷い字になったが、まあ読めるだろう。年齢の欄で手が止まる。 「……詩蓮。俺はいくつに見える?」  こそこそと耳元で聞いてくる。顔の近さに思わず頬が赤くなるのを自分でも感じたため、顔を背ける。 「え? ああ」  そういえばこいつ、実年齢が外見と一致しないのだ。 「四十代くらいにしておくか」 「その顔で四十代を名乗るな。二十五でいいんじゃないか?」  ひん曲がった数字になったが、ぎり読める、かな? 「書けました」 「ありがとうございます。確認いたしますね? ……あら。もしかして詩蓮様は、以前このギルドで登録されて……おられました?」  軽く頷く。 「ええ。カードを紛失してしまいまして」 「それならば、詩蓮様は再発行という形になります。あの、よろしければ紛失理由を聞かせてもらえますか?」 「魔物(伊雪)との戦闘中になくしました」  嫌なことを思い出し、顔をしかめてしまう。だがお姉さんはそれを「再発行が面倒」なので浮かべている表情と受け取ったようだ。  困ったように微笑む。 「あら……。多いんですよねえ。カードなくされる方。紛失しないように首から下げれるネックレス型にするとか、上も色々考えているんだすけど。引っかかっても危ないしー……ハッ! 失礼いたしました」  慌てて頭を下げている。愚痴りたい気持ちは分かるので苦笑するだけにしておく。 「そして。しょう……り様ですね? えっと。失礼ですが武闘家、ですか?」 「魔法使いです」  杖すら持っていないし防具も身につけていない。おまけに足元はサンダルとくれば、受付のお姉さんがぱっと見で分からないのも無理はない。というか、なんでこいつはサンダルなんだ。 「失礼いたしました。では、少々お待ちください」 「え? ななな、何分待てばいいんだ?」 「落ち着け。ほら、その辺に座って待っておこう」  顔色の悪い大人を引きずって壁際のソファーに腰掛ける。がくがくがくと貧乏ゆすりがひどい。人が苦手とは聞いているが、急に死んだりしないよな?

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