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第29話 初依頼
削られた土が階段状になりその中心、底の部分に水色の池のようなものがある。かなり広い。ここが粘土採掘場。『苺紅レンガ』の材料になる粘土が豊富にとれる。とはいえ粘土は永遠に出てくるわけではないので、あちこちに封鎖された採掘場があった。封鎖された場所というのは、見ていて悲しくなる静けさに満ちている。
「よく来てくれたね! 俺はここのまとめ役をしている者だ! 粘土土竜の討伐に来てくれた冒険者さんだろう!」
頭に白いタオルを巻き、白い歯を見せ元気に挨拶してくるのは五十代ほどの男性だ。
「嬉しいよ! 奴らが出るたびに作業の手を止めなきゃならんから困ってんだ!」
ハツラツとした気を振りまいているせいか、年齢より若く見える。
「まったくあいつらは! 退治しても退治しても湧いてきやがる! 本当に迷惑だ!」
「まとめ役。挨拶はその辺にしてください……。引いてますよ。冒険者さん達……」
永遠に続きそうなまとめ役の挨拶を遮ったのは、同じく頭にタオルを巻いている男だった。泥だらけの顔でおむずびを持っているから、いまは休憩中なのだろう。
「はっはっは! すまんすまん。若い頃、冒険者に憧れていた時期があったからな。見ると嬉しくなってしまうんだ。こっちに来てくれ」
「はい。あの、貴方方は避難していてくださいね?」
「ああ」
泥に染まった白い長靴でたかたか歩いていく。詩蓮とその両肩に手を置いている晶利は黙ってついて行く。晶利から触れてきてくれるのは嬉しいが、この調子では戦えないだろうな。彼が魔法を使うところを見て見たかったが、自分が養うという心積もりなせいか不満はない。私が守ってやらなくては! と意気込んでいた。
「あれを見てくれ」
岩陰にこそっと隠れるまとめ役を真似て、詩蓮たちも身を隠す。岩陰から覗くと受付が言っていた通り、一メートルはある毛玉が土をむしゃむしゃしていた。二十体はいるだろうか。あれだけいるとキモイな。周囲に子どもが二体いる。くそっ。可愛いな。
「土竜のクセに堂々と地上に出てきてやがる」
「やつらが土に潜るのは子を産む時と冬眠の時だけだ。魔物は動物と似て非なるもの。名前に惑わされるな」
「「……」」
「たまに魔法を使ってくる個体もいる。粘土土竜は毛が赤い個体がそれだ。見た限りではいないようだから、そこまで手こずらないと思うが油断はするなよ? 粘土を血肉に変えているだけあり、剣では斬りづらく、血もすぐに止まる身体になっている。倒すには氷魔法が最適だが…………どうした?」
美少年と泥まみれのおじさんが口を開けてこちらを見てくる。あまり見ないでくれ。不安になる。
ずっと見ていたい晶利から、土竜に視線を戻す。
「急に魔物図鑑みたいなことを言いだしたから。詳しいんだな。晶利」
まあ、当然か。混沌と呼ばれた時代に、最前線で魔物と戦っていたやつだ。
「それでこそ私と組むにふさわしい。褒めてやろう」
ふふんと頬を上気させる少年に、おじさんと魔物図鑑はほっこりする。
「ではあとは私に任せて。貴方は皆を安全なところへ。大きな声を出さずにじっとしていてくださいね」
「あっはっは! もちろんだ。任せたぞ!」
ちょ、声……。粘土土竜たちが一斉にこっちを見ただろうが! 案山子みたいに縛りつけてカラス除けにしてやろうか。作戦会議したかったが……もう、やるしかないな。
粘土土竜の瞳が、一斉に赤く染まる。攻撃色だ。
「晶利はその人を守っててくれ!」
「詩蓮!」
杖を握って飛び出す。が、ずるっと足場が滑った。濡れた粘土質な土は滑りやすいことを知らなかったのだ。
「いてっ」
どすんと尻餅をついてしまう。ざざざざっと土竜たちが迫ってくるが詩蓮は慌てず騒がず。杖を地面に突き刺すと魔力を流し込んだ。
――力を貸してくれ。兄弟たち。
「咲け。「永遠鈍花(えいえんどんか)」」
削られた土を突き破り、ぽこぽこと蕾が顔を出す。杖を中心に白と桃色の花が開花していく。それは瞬く間に百を超え採掘場の一角を花畑へと変えた。
「なんだこりゃ! すげえ」
おじさんの驚く声がする。晶利が驚いていない様子だったのは不満だが、詩蓮はズボンに着いた泥を払ってゆっくり立ち上がる。魔物を前にして焦る気配は微塵もない。なぜなら――
「すうすう」
「きゅうきゅう」
「ぴすぴす」
土竜たちはお互いに重なり合うように眠っていた。「永遠鈍花」。寄生樹の一種で、生物を強制的に眠らせる花粉を放つ。強力な魔物でも、眠らせることは出来ずとも鈍化させるくらいは可能だ。この寄生花は魔物の血肉にしか興味がないため、人間が花粉を吸っても特に何もない。いい香りなだけだ。
最後尾にいた仔土竜も鼻提灯を膨らませている。
「怪我はないか? 詩蓮」
晶利の声。振り返ると彼はちゃんとおじさんを守ってくれていた。数匹そちらに向かったから心配だったが。さすがだ。それでこそ私の(略)。
「ない。それより私の魔法を褒めろ」
「……え? え、フローラルな香りだな?」
褒めるのが下手か。
「こいつら、どうするんだ? 毛皮剥いで売るのか?」
岩陰から出ようとするおじさんの服を掴んで、晶利が引き止めている。出てくるなよ。まだ。
「こいつらの毛皮は売っても安い。剝ぐ手間を考えると損ですらある。ので、こうする」
見る見る土竜たちがしぼんでいく。鈍花が養分を吸っているのだ。対照的にむくむくと花は大きくなっていく。
やがて土竜だったものは空気の抜けた風船ほどに縮んだ。カラッカラに乾いている。
つついただけで砂のように崩れそうだ。完璧に死んでいる。
「終わったぞ」
意味もなくばさっとマントを翻すと、わっと歓声が上がった。ぎくっとそちらを見れば、粘土掘りの作業員たちだ。跳び上がったり手を叩いたりしてはしゃいでいる。見ていたのか。避難しろ~。……怒鳴りたかったが、終わったしもういいや。
「はあ……」
「避難していろと言っただろうが!」
雷のような怒号が響いた。魔物を倒した詩蓮ですら杖を強く握ってしまう大きな声。
晶利だった。
険しい顔で作業員たちを睨んでいる。
「何をしているんだお前たち。普段からそうなのか? 魔物に慣れるな、甘く見るな! 非戦闘員は安全な場所で、すぐに逃げられるよう固まっていろ。戦えないのなら、守られる側の行動を取れ。今後の冒険者たちのためにも言っておく! 戦っている彼らの邪魔をするな!」
若造とは思えぬ迫力に、屈強な作業員たちは静まり返る。
「街のために働いているお前たちを、冒険者(俺たち)は守りたいんだ。……この気持ちを汲んでくれ。……怒鳴って悪かった」
おじさんとはいえ晶利から見れば遥か年下。また怒鳴ってしまったと頭を下げるが後悔はなかった。
詩蓮がなんか言おうかと呆然としていると、首を振ったのはまとめ役だった。
「……あんたが頭を下げる必要はない。悪いのは俺だ。土竜の子どもなら俺らでも追い払えるし、冒険者たちがいつもさっと倒していくから、甘く考えるようになってたんだ。目が覚めたよ。今度からは従業員たちの安全を最優先に、避難も徹底させる」
タオルを取ると、頭を下げた。
「俺は従業員を守る立場にいるのに、愚かだった。ありがとう」
詩蓮は杖を花畑に向ける。花は急速に元のサイズに戻ると蕾になり、土中に引っ込んでいく。
花畑は一瞬で姿を消した。
「おかえりなさいませ。早かったですね。詩蓮様!」
「当然ですね」
雑魚魔物討伐とはいえ依頼をこなせたのは事実なので胸を張っておく。威張れるときに威張る。気持ちが良い。
「今回の報酬になります。魔物の素材などあれば、買取しますよ?」
「……んー。無いです」
あのあと作業員たちから粘土細工をお土産にいくつか頂いたが、貰ってすぐ売るのもあれなので仕舞っておく。礼を言ってカウンターから離れる。
「何もしていないのに偉そうなことを言ってしまった……。消えたい」
「世界救ったじゃないか。気にするな」
『苺紅』ギルド内の酒場。晶利がテーブルで水の入ったグラスを片手に突っ伏していた。節約生活なので水しか飲めない。紅茶を淹れて励ましてやりたいが仕方がない。
顔が見えるよう対面に座り、金の入った袋を置く。
あと依頼をいくつかこなせば二人分の衣類は買えそうだ。ランクを上げれば受けれる依頼も増えていく。
のろのろと顔を上げる。
「詩蓮。何か食べてこい」
「分かった。晶利の分も買ってくる。何が良い?」
よほど小さなところ以外、ギルドは宿と酒場もくっついている。冒険者カードを見せれば割引してもらえるため、冒険者たちは出発前にここで飯を食べて行く。割引はどこのギルドも同じだ。
「俺はいい。お前は魔力を使ったんだから、食べなきゃ駄目だ」
「……」
テーブルに膝をついて顎を乗せ、足を組む。
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