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第30話 寝てくれ

「私の飯代で今回の報酬がほぼ飛ぶぞ? それでもか?」 「当たり前だろう? 何を言っている」  ぽかんとされる。当然のように大事にしてもらえることに、組んだ足先がひょいひょいと揺れた。 「ふ……ふん。なら飯を頼んでくるから、ここにいろよ?」 「詩蓮こそ。絶対に戻ってきてくれよ。急にどこか行かないでくれよ?」 (かっこいいときとしょうがないときの差がすごいな……)  そっと手を重ねてから注文しに行く。  手軽に食べられそうなものを選んでテーブルに戻ると晶利のほっとした顔が面白かった。 「なんだそれは?」  皿を覗き込み、晶利が不思議なことを言う。詩蓮は目を白黒させながらパンを指差す。 「サン……ドイッチだが、知らないのか? これはサンドイッチと言って、パンに、バターと野菜と、ハムが挟んであるんだ」 「流石に知っている。そうではなくて。もっと肉とか食べろ」 「……サンドイッチには野菜が入っているんだが、野菜を馬鹿にするのか?」 「すまない……。好きなものを食べてくれ」  植物贔屓の植物使いの目がマジだったので大人しく引き下がる。 「ほら。一個やるよ」 「いい」 「じゃあ、ポテトだけでも食べろ」 「……」 「食べないとお前を置いてこの場から走り去るぞ」  晶利の指がポテトを摘まんだ。  もそもそと咀嚼する。ほのかな塩味。 「……うまいな」 「そうだろう? ポテトは全部やるよ」  一番安いメニューは豆のスープだったのだが、ふたりで分け合えるものを選んだ。この方が楽しく食べることができる。  仕事を終えた冒険者がギルドに戻ってくる。全員、武器も身体も汚れているが狩りが上手くいったのか、顔つきはいきいきとしている。その一人がふと詩蓮を見た。 「おっ。すっげえ美少女。あんな子いたっけ?」「ばーか。よく見ろ。男だ」「馬鹿野郎! 決めつけんじゃねえ。貧乳っ娘かもしれないだろ! 俺は諦めない」 「詩蓮。落ち着け」  杖に手が伸びている少年をなだめる。 「一発殴る」 「やめろ」 「私はそんなに女に見えるか?」  自分の顔や身体をぺたぺた触っている。 「……気にするな。彼らは仕事帰りで疲れているんだ」  言うまでの数秒の間はなんだよ。 「まあいい。あと数年もすれば身長が伸びて晶利よりでかくなっているはずだ。そうすれば誰も間違えたりしないな」 「そ、そう、だな」  はっきり言えよ! 目を泳がせるな。泣きそうになるだろ。 「飯を食べたらもう一つ依頼をこなそう。疲れていないか?」 「私は平気だ。晶利は?」 「何もしていないから元気いっぱいだ」  目が死んでるぞ。 「次の依頼はどうするかな……」  ポテトを食べながらぶつぶつ呟いている。それを見ながら詩蓮はこそっと息を吐く。  金を稼ぐだけなら、詩蓮一人でもなんとかなる。貴重な花を売ったり、薬草を育てたり。この街にある畑すべての作物に、限界まで実をつけるよう指示することも出来る。報酬で種を買えば倍速で野菜を収穫し、それを売ることも。出来ることは山のようにある。  一人で一つの村を支えてきた実力と実績は本物だ。つまり街に到着し種を買える金を手に入れた時点で、本来なら今頃もうがっぽがっぽなのだ。  それなのに何を悠長なことをしているのかと言うと―― (晶利と冒険者やって……。色んなところ行って、一緒に仕事するの、楽しいな……)  この時間に酔っていた。力を使って大金を稼ぎ気分よくドヤ顔をするより、晶利との時間を選んだ。 「詩蓮。悪いがなるべく、今度こそ、人との関わりが少なそうな依頼を見てきてくれ」 「だからそんな依頼、あるのか?」  晶利には悪いが、金稼ぎは地道にやらせてもらう。  夜。 「金が勿体ないから、俺は適当に野宿する。お前は宿を探せ。朝、ギルドで待ち合わせしよう」 「分かった」 「おやすみ」 「ああ。おやすみ」  詩蓮を宿の前まで送り、自分は適当な裏道へ入る。 「……」  ちらっと後ろを見ると暗闇でも目立つ金髪少年がついてきていた。 「おい。さっきのやり取りは何だったんだ。当たり前の顔でついてくるな」 「なにが?」 「なにが⁉ ……いやあの、俺はこれから、野宿するから……」 「すれば?」  目眩がしそうだった。 「そんなに俺といたいのか?」 「呼吸しないと死ぬのか? みたいなことを聞かれても」 「…………」  なんだか今物凄く紗無の声が聞きたい。 「俺は本当に野宿するからな? 嫌になったら宿へ行くんだぞ?」 「ああ。分かった」  行かない気がする。  晶利はため息をついて適当な路地に腰を下ろす。ゴミが散らばっているが気にしない。毒の沼でないのならどうでもいい。  少年はその隣に、冷たいレンガに尻を下ろす。この場面を黒槌に見られたら縁切られそうだ。なので、鞄から毛布を引っ張り出し詩蓮に巻きつける。自分の分の毛布は折り畳んで少年の尻の下に敷く。これでちょっとはあたたかいだろう。 「おい。晶利も毛布を使えよ」 「俺に生きていてほしいなら何も言わずに寝ろ」  生きててほしいって何を言って……? ああ、黒槌様か。  晶利が自分にしてくれる行動や優しさが「黒槌に斬られたくない」という思いからなのが気に入らない。気に入らないが、 (……くそ。優しくされたと思うだけで顔がにやける!)  好きな相手、だからだろうか。晶利が隣にいると思うだけで意識してしまう。やはり寝るときは黒槌を間に挟んでいたのは正解だったのだ。ドキドキして眠れそうにない。昨日は眠気が限界だったので眠れたが。  今夜も眠くなるまでストレッチするべきか? (いや。たくさん依頼をこなして疲れているし、眠れるはずだ) 「……詩蓮。寝たか?」  ぼそっと、声量を押さえた声がした。名前を呼ばれただけで心があったかくなる。 「な、なんだ?」 「起こしたか? すまん……。実はな」  どうしたんだろう。まさか晶利も眠れない、とか? 眠れないから一緒に夜の散歩に行こうというお誘い? 夜のデ、デデデ、デートかっ? し、仕方ないな! ま、まあ、私は優しいから付き合ってやらんでもない―― 「尻が冷えたのか腹が痛くなってきたから、便所に行ってくる」  すんっと心が冷えた。 「黙れ。ぶっ飛ばすぞ」 「詩蓮っ? なんで急に冷たい?」  真夜中。あちこちから肉を叩く音や、喘ぐ女の声が聞こえる。 「……」  晶利は片目を開く。そう言えばここは街中だった。詩蓮がいるのだから宿に行くべきだったか?  横を見るとすやすやと眠っているようで安心した。フードのように金髪に毛布を被せる。とにかくこの髪が目立つのだ。ううんと、詩蓮が身じろぎするが起きない。肩にもたれ腕をしっかり握られている。動けない。 (ギルドで受付嬢を見ても、特に反応を示さなかったな……)  きれいな女性が多かった。心変わりするかと期待していたがそんなことはなく。晶利以外の人間は向日葵にでも見えているのか、丁寧な対応をするがそっけなかった。 (困った……)  未成年に惚れられるなんて。その前に人から好意を向けられたことがない。仲間内でもぎりぎり浮いていたのに。  では、未成年でなかったらいいのか? まったく良くはない。晶利は女性が好きだ。おしとやかな娘を見ると目が追いかけるせいで、すぐに好みがばれてしまう。  とはいえ自分に懐いてくる小動物を無下にも出来ず、拒絶することが出来ずにいた。 「晶利……?」  かすかな声なので気のせいかと思った。目をやると緑の瞳が自分を見ている。 「どうした?」 「……? なんか、音がしないか?」  眠そうに目を擦っている。 「音?」  耳を澄ます。  パンッパンパンパンッ。 「――あんっ、いいわぁ。そこっ。あんっあんっ」 「へへ。なかなかいいブツじゃねえか」 「これは、トぶぜ?」  ああ、うん。夜の住人たちのことかそうだな。さっきから聞こえるな。教育に悪い音しかしないな。  両手で少年の耳に蓋をする。 「塞いでおいてやるから、寝ろ」 「……晶利の手。あったかい」  頬を擦りつけてくる。かわいい……じゃない! 寝ろ。寝てくれ。 「晶利は? まだ……起きてたのか?」 「ん? いや、寝ていたぞ?」  大嘘。 「さむくない……?」  半分寝ているのか口調が幼くなっている。かわいい……と思うな自分! 「ああ。平気だ」 「私の師匠は……寝込みを襲うのは駄目だと、教えてくれたんだ」 「ほう」  急にどうしたと思ったが、師匠の夢でも見ていたのだろう。その言葉だけで分かる。良い人物だったようだ。 「じゃあ、寝る前なら襲っても良いと、私は気づいたわけだ」 「ホオ?」  いい師に巡り合えても、弟子がポンコツなのはまあよくある。 「というわけだ」 「なにがだ! こらっ。寝ないと明日に響くぞ!」  腰を浮かした詩蓮が膝に乗っかかってきた。晶利を跨いで腹の上に座り、両肩に手をついて逃げられないようにしてくる。 「詩蓮っ」 「……暗くてよく見えないな」  無防備に顔を近づけてくる。鼻先が触れ合いそうになった。 「こら」  引き剥がすのは簡単だ。だが下手に突き飛ばして怪我をさせたら罪悪感で辛いし、黒槌の耳に入れば……。どうして俺の方が追い詰められている? 「んー。好き……」  首筋に頬を押し当ててくる。触れられたことのない場所だったためか、ぞわっとした。無下にできないとか言っていないで、きっぱりと言った方がお互いのためだな。  肩を掴んで目を合わせる。

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