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第41話 依頼がすぐ終わる

「それに二人とも魔法使いとは。前衛がいないのは不便ではないか? 数人ほど期待しているソロの前衛職がいる。良ければそいつらの誰かと新チームを組んでみないかね? 私としても、彼らに後衛仲間が加わるのなら安心だ」 「ツッキーさんですか?」 「誰だ? ……ああ、「青月」か。いや、彼ほどではないがそこそこの腕だ」 「ちょっと相談しますね?」  どうぞと頷く隊長。詩蓮は隣の肩を揺する。 「晶利はどう思う?」  かっと茶瞳を開くと早口でまくしたてる。 「三人とか、奇数じゃないか。俺は嫌だぞ⁉」 「……奇数に家でも燃やされたか?」 「二人が話すと一人がぽつんとなる! 心が壊れる。嫌だ。断っておいてくれ!」  依頼をこなしている時より深刻な顔をするな。  言うだけ言うとまた顔を伏せてしまう。  ぽかんとしている新入りさんと眉間を揉んでいる隊長に引きつった顔を向ける。 「あの……ありがたい話ですか」 「た、隊長のせっかくの気遣いをあががっ」 「そうか。残念だ。だが、気が変わったらいつでも言ってくれ。昇格の件はギルマスに話を通しておく」  絶対に昇格させるという意志を感じる。  新入りの口を塞いだまま、隊長は引きあげて行った。  調査隊が帰ると晶利はよろよろと顔を上げる。 「すまない。……前衛がいなくても、俺が守るから」 「気にするな。私もお前とふたりきりが良い。どうしてもふたりでは出来ない依頼の時に、前衛を一時レンタルすればいい」  柔軟だなぁと御老公は感心する。 「それよりなんだ。さっきの態度は。悪い人たちじゃないぞ?」 「善人悪人あまり関係ない……」  喋れるときは喋れるが、無理なときは本当に一言も発せられない。初対面や子ども相手にはそこそこ舌は動く。だがさっきのように向かい合って話し合う場や複数人と会話しなくてはならない場面が心折れるほど苦手だ。黒槌に押し付けて逃げていたほどだし。数百年経っても変わらないので多分一生このままだろう。  きっと詩蓮は呆れた目をしているに違いない。ちらっと右隣を見ると、緑の瞳はごく間近にあった。 「うわっ」  驚いて身を引くと美少年は舌打ちした。 「もうちょっとだったのに」 「何しようとしたんだ?」 「キスに決まっているだろう?」 「詩蓮。公共の場ではするな」 「誰も見ていない。大丈夫大丈夫」 「お前は。人目を集める外見だということを、理解しろ!」  晶利と違い周囲を全く気にかけることなく、伸びてきた金髪を耳にかける。 「自分で自分は見えないのだから、無茶を言うな。確かに私は世界の最高傑作と思うほど美しいがな」  こいつのこういうところ本当に面白いな。素で言っているのが最高だ。 「いいから。人前ではやめてくれ」 「……仕方ないな。抱きしめてくれたらやめてやろう」  身体ごとこちらを向いて、両腕を広げてくる。 「人前では駄目だと言ったよな?」 「なんだ。これも駄目なのか? あれも駄目。これも駄目。いい年して我が儘を言うな」  足を組んでため息をつく。絵になっているのが一周回って笑える。 「なぜ俺が叱られているんだ? 人前でするのは良くない」 「じゃあ、頭を撫でろ。そのくらいはいいだろ?」 「あ、ああ。そのくらいなら……」  ホッとして、いつもさらさらな髪を撫でる。  詩蓮はその手をやんわりと払う。 「気安く触るな」 「なんだお前!」  十五歳に完全に遊ばれた晶利は薬草の群生地で落ち込んでいた。雲が少なくいい天気だ。  今回の依頼は薬草の採取。とはいえ雑草のように何も考えずむしってくれば良い、というものでもない。  外見がそっくりな苦い草や、腹を下す草とよく似ているのだ。 「間違えないようにしなくては」 「終わったぞ」  ギルドから借りてきた薬草図鑑の目次を開いたタイミングで、竹製のざるを持った詩蓮が戻ってくる。ざるは薬草で溢れていた。 「早い!」  到着したばかりなんだが。  正座して本を開いている男を見下ろす。 「…………」  目が「私を誰だと思っている」と言ってくる。 「いや。お前がそうなのは分かっているが。流石に速すぎないか? よく似ている草だらけだろう?」 「はあ。こんなもの、狭い公園の砂場でヤシの木を探すのと同等の難易度だ」  説明するのも億劫だと言わんばかりの顔だ。得意の薬草採取なのに。不満そうだな。もしかして……。 「そうか。相変わらず頼りになる」 「まあな!」  褒めてほしかったようだ。わかりやすいな。扱いやすく可愛い。と、色んな感情が浮いてくるが声に出さず沈めておく。  詩蓮はさらっと前髪を払う。 「さすが私だ。自分の才能が怖い。この調子でサクサク行こう。一日に何個も依頼をこなさないと、家なんて買えないしな」 「ああ」  またもや出番がなかったが、お互い怪我もないし良しとしよう。 「帰ろう」 「ここなら人目はないよな?」  ざるを置いた少年が両腕を広げている。 「おまっ。外だぞ!」 「公共の場でなかったら良いと聞いたんだが? 嘘だったのか」  ざわざわと足元と付近の森の木がざわめく。手に持った杖の魔法石がうっすらと光っている。  すーーーごくアウェイだ。草木全てが少年の味方をしている。隣国の闘技場で戦った時ですらここまでアウェイではなかったぞ。「んもう。これだから男子は」みたいなノリで草木からチクチク責められている気がする。あと公共の場でなかったら良いなど一言も……もうええわ。 「だ、誰かに見られていても、知らないからな?」 「私がそんなことを気にするとでも?」  ぐぬぅとした唇を噛んだが、あきらめて抱きしめてやる。 「ふふふ。気持ちが良いな」 「よかったな。ん?」  おや。背が伸びたかなと思ったら、背伸びをしている。 (くそ……。ほだされる)  がしがしと金髪を撫でた。  にこにこ笑顔の詩蓮とギルドに戻ると、丸眼鏡のお姉さんが待ち構えていた。 「お帰りなさいませ! さあ。こちらへどうぞ」  迷うことなく回れ右したアオザイを少年の手が掴む。 「どうかしました?」 「まずは依頼お疲れ様です。座って座って」  適当な酒場の椅子に三人で腰掛ける。机には盆が置かれていた。口調が若干砕けているのは親しみの現れだろうか。案外嬉しい。 「帰ってくるのが早くて驚きましたけど、疲れていませんか? 何か飲みます?」 「では、オレンジジュースを二つ」  受付のお姉さんはオレンジジュースを三つ持ってきた。自分も飲むようだ。 「こちら。ギルマスから預かったお二人の冒険者カードです」  黒いカードが二枚。今は白ランク(一番下)なので、黒はその一個上。  こくっとカップを傾ける。微妙な味だ。いっそ自分がオレンジ農園でも始めようかと思った。む。悪くないかもしれない。家が買えたらやってみるか。 「隊長さんが言ってましたけど、早いですね? もう黒ランクですか」 「驚かれる気持ちは分かるのですが……冒険者不足ギルドといたしましては、高ランクの冒険者が枯渇気味でして……」  白ランクの人はたくさんいるんですけど、と苦笑いを隠そうともしない。  この街、そんなに高ランクの冒険者が少なかったのか。「石を纏う屍」に掴まっていた人たちに「助けが来る」とか言ったが、それほど高ランクがいないのなら助けはなかなか来なかったかもしれない。 「でも、ツッキーさんがいるじゃないですか」 「……この街、本当に高ランクが足りていなくて。「青月」様は王都から派遣してもらっている状況なんです」  冒険者も派遣される時代か。 「そんなこと教えちゃっていいんですか?」 「? 皆さん。存じておりますよ?」  左様ですか。  そのまま今回の報酬もいただく。 「一つも違う草が混じっていない上に、質もいいですね。お見事です」 「当然ですが、ありがとうございます」  笑顔で仕事に戻っていく。二人になると左隣の肩をつついた。 「そんなんだから具合いつも悪い人認定されるんだぞ?」 「奇数の状況では俺は絶対に喋らないぞ……」  最初の頃は喋っていたじゃないかと言いかけ、ああ初対面だったからかと思い直す。 「ほら。オレンジジュースを飲め。私は農家になろうか真剣に考えている」 「! それもいいな。人と関わらなさそうなところが特に」 「だから。人とは関わるってば!」  さてはこいつ農業やったことねぇな。

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