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第40話 好きな人が選んでくれた服。顔には出さないがめちゃくちゃ喜んでいる

 翌日。  荒らした部屋のこと女将さんに謝った。謝り倒した。なぜか晶利も一緒に謝ってくれた。部屋の荒れ具合から女将さんは細かく聞いてこなかった。賠償金を支払うと、これまでの貯蓄が消えた。  大量の根っこの件は知らないふりをした。  空っぽになった財布を仕舞う。 「ふりだしに戻ったな……。すまない。晶利……」 「気にしなくていい。また仕事を頑張ろう」  『苺紅』ギルド。  今度こそ荷物を回収できた晶利。それで時間がずれたせいかあまり賑わっていないギルドで依頼を探す。絵付きの魔物退治の依頼書を見て、吐きそうとまではいかなくとも気分が悪くなる。 「すまない。当分、その、魔物の顔を見たくない。見れない」 「いい。魔物退治以外もたくさんある」  会話をしているが目を合わせないふたり。 「貯えがなくなったのに……全然責めないな。私を」 「お前何かしたか?」  目を合わせないというか、主に晶利がずっと首を横に向けている。それで依頼書を見えているのか?  あのあと空が白むまで詩蓮にねだられた。自分で言った手前「もう眠いんですけど」とは言えず、ずっと口づけを交わしていた。  肌がつやつやしている詩蓮と、口元を押さえ顔が赤い晶利。一晩中口づけしていた。思い出しただけで顔どころか全身から火が出そうだ。人前に出られる顔じゃない。今日一日は宿に籠っていたい。……金がない。  一枚の依頼書を手に取る。 「ではこの「薬草採取」にするか。速攻で終わらせて見せよう」 「期待しているぞ」 「そろそろこっち向いて喋らないか?」  晶利に甘えまくって一時的に満ち足りている状態なのか、それほど口調は強くない。 「今は見逃してくれ」 「ふうん?」  受付に行く詩蓮を見送り、大人しくソファーで待つ。このざまを黒槌が見れば「お前まだ受付嬢とも会話出来ないのか」と呆れられそうだ。 「よォ。詩蓮チャン。元気かい?」 「今日も可愛いねー」  チラチラ見てくるとは思ったが。いつぞやのセクハラ凹凸コンビが詩蓮の後ろから話しかける。 「またお前たちか」 「いつもと服違うじゃん?」 「どうしたの? 新鮮でいいね」  新品同然に洗濯するといって晶利に衣服一式取り上げられたのだ。今着ているのは予備に買っておいた服。シンプルな灰色のブラウスに黒のズボン。黒のベストにマント。青薔薇の刺繍もない地味なものだ。  目立たないようにと晶利が選んだ(選ばせた)服だが黒いせいか、余計に金の髪が目立つ。なんでフード付きにしなかったんだろうと後悔しながら晶利はソファーから離れる。  セクハラ二匹はぐへへへと笑う。  鷲鼻の小男の小指には「気配隠蔽」の魔法が駆けられたリングが。詩蓮が気づかずに触られたのはこのせいだった。 「ま、また、触ってもいいかな?」 「ちょっとだけだからさ~」  なるほど。抗議しないとこんな風に調子に乗るのか。晶利は正しいな。 「あなたたち!」  詩蓮が人喰い草の種を取り、受付嬢がさすがに注意しようと声を上げたと同時だった。  晶利のビンタが一人を張り倒す。 「へぶがっ?」 「な、なにすんだオメェ……ぐっがががっぎゃああああああ」  驚いている隙に、以前詩蓮の尻を触った方がオモプラッタ(関節技)を決められ絶叫する。 「「……」」  固まる詩蓮と受付嬢。受付嬢に関してはいつも具合悪そうな人が一体どうしたのっ? と言うような困惑顔だった。揉め事はよくあるのでそこは咎めない。  泡を吹いた二匹をギルドの燃えるゴミ箱に押し込む。 「一度だけ忠告しておく。詩蓮に触れるな。近づくな。視界にも入れるな。守らなければ許さない。どう許さないかと言うと、前歯へし折ったのちお前たちを川に流す」 「「は、はが……」」  言い終わるとゴミ箱の蓋をそっと閉める。  普通の顔で戻ってきた。 「詩蓮。何もされてないか?」 「え? あ、ああ。指一本触れられてない」 「よかった」  ホッとしたような顔でほほ笑み、梳くように髪を撫でる。 「……」  大事にしてもらえている。  少しだけうつむき、種を仕舞い杖を両手で握る。好いた人に助けてもらえるというのは胸が苦しいような、口角が勝手に上がるというか。嫌な気分ではない。花畑で駆け回っているような心地だ。  それなのについツンツンしてしまう。 「し、心配性だな。あのくらい、私一人で対処できる」 「そうだな」 「……うん?」  なんだかこのふたりの空気が変わったような。距離が近づいたというか、甘くなったというか。首を傾げながら丸眼鏡のお姉さんは真剣に考察する。  すると、ギルドに入ってきた調査隊の人が近づいてきた。 「話、いいか?」 「「――あ」」  すっかり忘れていた。  ギルドの酒場。片隅のテーブルにて。晶利がさっさと隅へ行ってしまったのでそうなった。  対応するのは調査隊の長と新入りっぽい方。 「「阿修羅骸骨」と「石を纏う屍」は石林の鳴き声の最上位の魔物だぞ? それを倒しただと? 白ランクが?」 「だが、囚われていた者たちの証言と一致する」  懐疑的な隊員に、座っている隊長はペンを走らせる。 「お前たちは最近この街に来たばかりらしいが、それまではどうしていたんだ? 上位の冒険者だったとか、か?」  三桁単位で引き籠っていました、とは言えず晶利は頭を抱える。そんな彼を横目に詩蓮が答える。 「えーっと。私は村で守護を任されていました」 「ほう? その年でか。魔法使いかね。何級だ?」 「証が魔物と戦った時に燃えたので、今は何とも」 「はあ、ギルドカードも魔法証明ももっと紛失しないものを考えねばならんな」  受付のお姉さんみたいなことをぼやき、隊長はため息をつく。 「では、何級だった?」 「三です」 「お前みたいなガキが? 嘘をつくな」  割り込んでくる隊員の頭を小突き、詩蓮の目をまっすぐ見る隊長。 「すまんな。新入りなんだ。許してやってくれ」 「気にしていませんよ」 「? ?」  どうして小突かれたのか理解していない新入りは、涙目で頭を押さえる。 「で、そちらは?」  目を向けられ、晶利は咄嗟に目を逸らす。 「……あ、お、俺は」 「元冒険者かね? それとも何か別の仕事を?」 「……」  汗がすごい。  叱られている学徒のように拳を握り、追い詰められたような顔でうつむいている。  そんな姿も好きだがこの街に入る時、晶利は何と言っていたかな? えーっと。 「こいつは私の親類です。晶利も(大昔は)冒険者でした」  代わりに答える詩蓮に、救助隊を見るような目を向けてくる。いやそんな大層なことはしていないが、もっと好きになって良いぞ? 「ふむ。では「石を纏う屍」を倒したのはどちらかね?」  詩蓮は容赦なく左隣を指差す。左隣の人がぎょっとした。 「し、詩蓮!」  困り果てたような顔でこそこそと耳打ちしてくる。 「お前が倒したことにしてくれないか?」  どんだけ会話したくないんだよ。それにそんな耳元で囁かれても、あああああああ。いい声。声が良い。耳が幸せ。  だが甘やかさないぞ。 「こいつが倒しました」 「詩蓮っ」 (なんだこいつら……)  新入りが呆れた目をする。 「晶利と詩蓮と言ったか? 「石を纏う屍」をものともしない実力があり、もう片方が三級なら、お前たちは白ランクの器ではない。昇格を推薦しておくが、どうかね?」  晶利はもう駄目だと突っ伏す。もうちょい頑張れよ。背筋を伸ばして座っているだけでいいから。 「いいんですか? 最初は三ヶ月ほど実績を積ませるのでは?」  渋い顔で隊長は唸る。 「知っているとは思うが冒険者不足により、昇格条件が緩くなったのだ」  ふむ、と考える。悪い話ではない。

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