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第43話 一度が長い!

 詩蓮が戻ってきたと思ったらデザートを持っていた。 「それも作ったのか?」 「おじさんが作ってくれた。廃棄品だからタダだって、タダ」 「……」  器の中身はみずみずしくも艶のある果物がたくさん。廃棄品の輝きじゃない。 「そうか。美味しいか?」 「うまい。新鮮な味がする」 「……分かってて言ってるだろ」 「いいじゃん。タダだって言うんだし」  顔面が強いって強いな。  ほほ笑ましく思い、金の髪をひとつ撫でる。 「なんだほしいのか? はい。あーん」  フォークで刺した果物を近づけてくる。だから公共の……それよりも。 「すまん。本当に今は腹が辛い」  顔色の悪さから嘘じゃないと伝わったようで、フォークは素直に引っ込んでいく。 「小食だな」 「飯なら黒槌の方が食っていたぞ」  晶利の言葉が過去形なのが辛い。 「小食なのにその身長はどっから来たんだ?」 「成長痛で夜眠れなかったのは覚えている。そこからぐっと伸びた」  いらない記憶だけはしつこく残っている。消したい記憶と必要な記憶、自分で選択できるような魔法を誰か開発してくれ。 「そうか。私の成長痛もそろそろかな?」  成長痛のピークは四~六歳。人にもよるがだいたい十四くらいには成長痛の症状は現れなくなる。  顎に指をかけ大きくなった自分を想像しているであろう少年から目を逸らす。 「黒槌様は食べてたのに身長伸びなかったのか?」  子どもって残酷だな。心がひゅっと縮んだぞ。 「言うな。そういうことを。言うなよ?」 「英雄でもコンプレックスはあるんだな」 「あいつはコンプレックスの塊だぞ。からかわれるたびに殴るから訓練時でもないのに怪我人が続出した」  そんなことやってるから「素手の方が強い」とか言われるんだよ……。まあ、気にすることを言われて、怒るなと言う方が無理か。ちなみにそれで怪我をしても晶利は一切治さなかった。馬鹿馬鹿しいし、どうせ大けがを負っても三日で復帰するような連中ばかりだったから。  しかし、と詩蓮はため息をつく。 「やはり自炊は自分で食材も調達してこそだな。いまいちだ」 「自分に厳しいな」 「でも楽しかったな。やはり自炊してこそ私だろう」  理想の自分像があるんだな。 「楽しんでいたのか? あれで」 「? 何を見ていたんだお前」 「楽しいからという理由で二重人格になるやつをはじめて見たぞ……」  黒槌の家でもそうだが、嬉しいことがあるとテンションがおかしな方向に行くようだ。  奇妙に思ったが晶利も詩蓮のことを知っていくのは楽しい。知れば知るほど十五歳じゃないなとは思う。  最後の一口を頬張る。 「それで?」 「ん?」 「髪の毛の長さ」 「……それを聞いてお前はどうしたいのかな?」 「晶利が長髪好きなら伸ばそうと思う」  長髪詩蓮を想像してしまい、両手で顔を覆う。 「それはどういう反応だ?」 「いや……詩蓮はそのままでいい」 「そうか」  ちょっと照れた様子で毛先をいじる。人も減ってきたので詩蓮たちも食器を片付け部屋に引き上げた。  窓を見なくとも雨の勢いは変わっていないのが分かる。 「この雨の中、散歩をするというのもまた一興……」 「やめろ。大人しくしていろ」  仕事のことを忘れ、しっかり休むのも大事だ。晶利は堂々とベッドに寝っ転がるとサンダルを脱ぎ捨て、安く買った読みかけの本を開く。 「……」  切り替えが速いな。この四桁歳。だらける姿が板についている。 「本を読む時は寝転がって読む派なのか? お前の部屋、ベッドに書物がいっぱい散らばっていたなそういえば」  晶利は本から目を離さずに言う。 「いや、初めは座っているんだが気がつけば横になっているんでな。もう初めから横になるようにしている」 「なに「いいアイデアだろう?」みたいに言ってるんだ」  やれやれと詩蓮は軋むベッドに乗ってきた。そのまま腹に跨る。 「……」 「……詩蓮さんあの。さっき食った完璧肉丼が出そうなんだ」 「公共の場ではないぞ。キスしろ」  腕を掴んでぐいぐい引っ張ってくる。  ぱらりとページをめくる。 「お前が辛いときに、と言ったろ?」 「じゃあ、勝手にする」  ぐっと顔が近づいてくる。本を盾にした。 「おい。私は表紙とキスしたいんじゃないぞ」 「気になったんだが、俺のどこを好いたんだ?」 「私が一部分しか愛せない男だと? 全部だ全部。お前と言う存在が好きだ!」  ムキになっているのか大きな瞳がきりきりと吊り上がる。  不覚にも心にズシンときた晶利は本で顔を隠す。 「……かくれんぼか? その本じゃ荷が重いぞ」 「いや。その……誰かに好かれたことなど無かったからそういうセリフは、ちょ、ちょっと、う、嬉しい……かな……」  後半が蚊の鳴く声過ぎて聞き取りにくかったが、勢いづいた緑の瞳がきらんと輝く。だがその勢いはすぐにしぼんだ。 「そうか! ……いやお前。好かれたことがないって嘘だろう? 治癒魔法特化だろ? 助けたら惚れられて付き纏われた治癒術師の話を年一で聞くぞ。お前にもそんな修羅場があったはずだ。それはそうと照れた顔を見せろ」  ぎぎぎぎと本の奪い合いになる。  いくら口数が少ないとはいえ晶利の見てくれはまあ、悪くない。そのツラ下げて言い寄られた経験がないなど信じないぞ!  本を奪われた晶利は目を閉じる。 「ない。どれだけ技量がすごくてもおどおどしている男に需要などなかった時代だ」 「ちゅっ」  すきあり!  見開かれる茶瞳に、勝ち誇ったようにニヤニヤ笑う少年。 「ふん。だらしないぞ晶利。それでも英雄の一人か? ……うお」  ぐいっと後頭部を掴まれると強引に口づけし返される。 「~~~~~ッ……んぐっ。んんんんんっん」  長い! 前もそうだったが一度が長い。 「ぷはっ! ちょ、息させ」  くるりと上下反転させられる。シーツに埋もれながら詩蓮は口内を貪られる。 「……っ……は……ンッ」  酸欠の苦しさと洪水のような幸福が同時に押し寄せる。がっしりと晶利の腕を掴む。  晶利は一度、口を離す。 「……はあ、鼻で呼吸しろ」 「は、花?」  やめろ笑かすな。  自分の鼻先をつつく。 「鼻だ。鼻。じゃないと苦しいぞ」 「はあ。お前……経験ないのに、はあ、なんで?」 「泳ぎの練習をさせられたと言っただろ?」  甘さもへったくれもない答えが返ってきた。  手際よく顎を掴まれ、口が閉じないようにされる。噛みつかれないように。 「……んぅ」  こんな場面で急に上手に鼻呼吸が出来るはずもなく、じわじわと思考がとろけていく。  ――晶利の舌、ずっと口の中にある……。  涙が滲む。  幸せなのに苦しくて。幸福を味わいたいのにいやちょっとかなり苦しいというか! さっきまで拒んでいたのにどこでスイッチ入ったんだ? 「んんんん! んんーーーっ」  どんどん胸を叩くがそれも簡単にひとまとめにされる。 「……ぁ」  声を発しようとすれば、舌が喉奥へと迫る。 「んぅぅっ?」  そんな奥まで舐めないで……っ!  くちゅくちゅという水音は、雨音にかき消される。 「……?」  窓を見ると雨上がりの夕日が美しい。反対側に首を向けると、隣のベッドで寝っ転がった晶利が本を読んでいた。  視線に気づくと栞を挟んで本を閉じる。 「起きたか? すまない。気絶するとは思わなかった」 「なんのはなし……?」  気絶とは物騒な。私は何かの魔物にでもやられたのだろうか? 頭がぼーっとする。依頼を受けて――ないっ! 思い出した! 「はあっ⁉ もう夕方?」 「よく寝ていたぞ」  がばりと身を起こすと夕陽に照らされた『苺紅』。ほとんどが赤系統の建物なせいで、夕陽に溶けこんでいる。この街が一番、美しくなる時間帯。  そんな見惚れんばかりの景色が目に入っていないようで、空を見ながらわなわなと震える。 「な、ななななんだ時間飛ばしたのか?」 「寝てたんだって」  七割がた俺のせいだがやはり疲れもあったんだと思う。  依頼が、いや晶利と一緒に何かやっているのが楽しいのだろう。一日も休まないために少年の身体には疲労が蓄積していたようだ。 「疲れていたんだろ。これからは数日に一回は休みの日を入れよう。最低でも週に二回は休みを作るべきだ。お前は魔力を使っているんだから」 「はあっ? 大丈夫だ! このくらい。自分の体調は自分が一番よく分かっている!」  こういう突っ走ってしまうところはまだ若いなと思う。詩蓮にもこういうところがあるのは正直安心した。詩蓮がハイスペック過ぎて、時々不安になる俺が。つ、吊り合わないんじゃないかって……。 「そうか。休みの日は「ふたりで」買い物したり、「共に」街をぶらついたりしようと思ったんだが。「一緒に」買い食いしながらこの街の粘土細工の露店を見回るの、楽しそうだと思ったんだ。残念だ」 「まあお前がそこまで言うのなら? 週に二回は休日にしてやってもいい。仕事しまくって体調を壊すのは三流のやる事だ。私は休む」  さっそくスケジュール帳に書き込んでいる。詩蓮お手製の、植物の葉を重ねてひもを通し本のような形にしたもの。  晶利はそれいいな欲しいと思ったが触ったらかぶれてしまう葉っぱなので断念した。毒草を集めていた時に手袋せずに触って手が、思い出したくない。自分で自分に治癒魔法かけるときが一番惨めで情けなくて嫌いだ。  それを平然と触っているのがうらやましい。しかも魔法で手を保護しているとかではなく、植物の方が詩蓮の手がかぶれないようにと気を遣っている。  ぱたんと植物手帳を畳む。 「まだ夕方だし、一度くらい依頼をこなしておくか?」 「休むと聞こえたはずなんだが幻聴だったか? 今日は休みに決まっているだろう。こんなほぼ水没している街中を歩けるか」 「え?」  空ばかり見ていて気付かなかった。窓から身を乗り出す。通りには巨大水たまりがあちこちにあった。歩いている者はいるにはいるが、水溜まりを避けようと苦心している。  ほへーと眺めている間、落ちないようにと晶利がブラウスを掴んでいた。 「落ちるぞ」

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