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第45話 支え合える関係
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「なあ。この街で暮らさないか?」
今日も三件もの依頼をこなし、ギルドで昼食を食べている時に詩蓮はこう言った。
「紗無や黒槌とは会えなくなるぞ?」
パスタをフォークでくるくるしてから口に運ぶ。オリーブオイルの香りが鼻に抜け、黒胡椒がピリピリと舌を刺す。シンプルで美味しい。
「あ……。その。そう、だな」
「いや、言いたいことがあるなら言ってくれ。何を遠慮することがある」
詩蓮らしくない態度にフォークを回す手が止まる。
「……考えたんだけどさ。やっぱり私は人里で暮らす方が合ってるかなって、思って」
「ほう」
「勘違いしないでくれよ? あの場所でお前と紗無と三人で暮らして時々黒槌様に会いに行く生活が嫌なんじゃないぞ?」
「分かっているから。落ち着いて話せ」
わざとゆったりな口調で話す。詩蓮は身を乗り出していることに気がついたようで、椅子に深く座りなおしホットミルクをすする。氷雪系の魔物と悲鳴を上げながら戦ってきたばかりなので。胃も心もあったかくなる。
指先が赤い詩蓮の手を癒してやりたそうな目で見ながら、彩りのミントを食む。
「で?」
「ああ。周囲に人がいないあの環境も良いが、人里の方が便利だ。便利なんだ……」
何か悔しいのか、ぐぬぬっとミルクの入ったカップを握りしめている。そりゃ若者は都会の方が好ましいだろうと思いながら、御老公もホットミルクを飲む。
「確かにな。人里の方が便利だ。いちいち遠出せずとも物が揃うし、ギルドも遊ぶ店もある。パン屋の前を通るだけでお腹が空き、露店を見ているだけでも楽しい。生活が街中で完結出来ている。……なるほどそれで」
冒頭の言葉か。
詩蓮はうんうんと頷く。
「晶利が街で暮らすのが嫌なのは知ってる。でも、この街で暮らさないか?」
「……」
「私の、住んでいた村も近いし……」
詩蓮の故郷、日夕村が一夜にして滅んだことはこの街にも伝わっているようで、ギルドで話を聞くことが出来た。
冒険者と国が調べたところにより、暴走した魔物の仕業と結論され、この話は終わっていた。魔物で滅ぶ小さな村など珍しくもない。空き家などが残っていれば盗賊などの根城になることを防ぐために取り壊されるが、全焼した村は今も放置されているようだ。
だが死霊系の魔物が湧かないように遺体を埋め墓を建て、鎮魂の儀も執り行ってくれたらしい。
この話を聞終えると詩蓮は静かに涙をこぼしていた。丸眼鏡のお姉さんが驚いていたが、晶利は詩蓮を小脇に抱えるとギルドを飛び出した。広場のベンチに腰掛け、泣き止むまで抱きしめてやる。悲しいときに一人で暗い部屋にいてはどんどん考えが悪い方へ行ってしまう。太陽が眩しく人も多い憩いの広場が最適だと思ったのだ。
『泣いてばかりで駄目だな。私は。どうして弱いんだろう』
『大事な人が亡くなったのに笑えとは言わん。そういう弱さは肯定していいと思う』
詩蓮は俺の駄目なところも受け入れてくれる。ならば俺もそうしよう。全肯定するのではない。間違えば間違っていると言う。それで険悪になろうとどうでもいい。俺が好きなのは「詩蓮との関係」ではなく「詩蓮」なのだから。
それも余すことなく全部伝えると詩蓮は耳まで真っ赤になった。頭を冷やすと言って氷雪系の魔物退治を選んだ時は勘弁してくれと思った。素足サンダルだぞこっち。
「……り。晶利? 聞いているのか?」
「んっ? ああ、すまない。お前のことを考えていた」
「許そう。で、晶利の意見も聞かせてくれ」
一方的に話を進めず意見を聞いてくれるのは本当にありがたい。かつての仲間、筋肉ゴリラは誰の話も聞かなかったからな。本当に、ゴリラだから人語が伝わってないのかと思った。
「俺は絶対に御免だ」
「ぐっ」
「いずれ紗無のところへ帰れると思っているから耐えれているんだ。ここに永住とかになれば、俺は週一で発狂するぞ」
チーズサンドイッチを両手で持ったまま項垂れる。季節が季節なのであったかいメニューが酒場になかったのだ。
めげずに顔を上げる。
「そんなに嫌か? この街、住みやすいだろう? 穏やかな人が多いし」
「人間がいる時点で御免だ。人口ゼロの街ならいいぞ」
「それを世間ではゴーストタウンと言うんだ」
呆れた顔でサンドイッチを齧る。パンはパッサパサだがこのチーズは濃くてうまい。
「『苺紅』にもいいところはたくさんあるぞ! 例えば……そうっ。私がいる」
「……」
自信を指差す少年。『苺紅』最大の「良いところポイント」を自分だと思ってしかもそれを自分で言うところが最高に好きだ。いや、恋愛的な意味ではなく。
「それは、なかなか良ポイントだな」
「なかなか? 一番だろ? 頭大丈夫か? さっきの冷却ビームで脳みそ凍ったか?」
話合わせてやったのにこれだ。その揺るぎない自信はどこから出てくるんだ教えてくれ切実に。
不思議そうに腕を組んで首を傾げる美少年に苦笑する。
「どこか出かけようとするたびに、一緒に行こうと声をかけるぞ?」
「は? 声かけられなくともついて行くわ」
「……うん」
想像したらカルガモみたいで可愛いと思ってしまった。
「街の集会などにも行かないぞ?」
「私が行くからガン無視しとけ」
「……心配だからついていく」
「なんだそりゃ」
くくっと笑ってくれる。正直あのゴリラと同じ種族なのかと疑うくらい笑顔が映えた。詩蓮がいるだけでどんな景色も美しく見える。
いや、実際美しくなっている。
(黒槌の家と同じ現象が起きているしな)
飾り気のないギルドだったのに、受付には季節の花が生けられた花瓶が置かれ、誰が作ったのかあちこちの壁にはドライフラワーの花冠が吊り下げられている。
汗臭さと血の匂いと鉄の匂いが充満していたギルドの面影はない。
晶利たちのテーブルにも、水の入ったカップに花が一輪、可憐に揺れている。
薄黄色の花びらをちょいちょいとつつく。
「お前。なにかしたか?」
「なにも? 私がいる空間を飾ろうと周囲が動くのは当然のことじゃないか?」
「……」
洗脳系の魔法……使いの方でしたっけ? と一瞬考えた。
教祖になれる素質があるな。末恐ろしい。
空になった皿にフォークを置く。
「……今からすごく情けないことを言うが」
「?」
「詩蓮がずっと、物理的に側にいてくれるのなら、この街に根を下ろしてみようか」
「…………?」
緑の瞳をぱちくりさせている。
「え? 嫌なんじゃないのか?」
「一番の「良いポイント」がいてくれるんだろう?」
「晶利」
「ただし!」
ナプキンで口元を拭い、声を遮る。珍しく怒ってこなかった。
「黒槌にやったみたいに付き纏うからな。どこ行くにも引きずって行くし、話しかけられたらお前を盾にする。発狂しないためにも嫌なこと苦手なことは一切しない! その代わりどんな怪我も治してやる。世界中の人間を見殺しにしても助けてやる。お前に降りかかる火の粉は俺が浴びよう。それが条件だ」
言い終わると両手で顔を覆った。十五歳に何を堂々と言っているのか。一回死んだ方が良いんじゃないか俺。こんなん許されるの一桁児までだろう。「人見知りな幼女」がずっと親友の背中にくっついているあれと全く同じ……。四散したい。
反応が怖くてちらっと指の隙間から詩蓮を窺うと、緑の瞳は満天の星空のごとく輝いていた。
「!」
「晶利……もしかして今」
「?」
「私に……プロポーズした?」
「なんっでだよ!」
人前でこんな裏返った声出したの初めてだ。
「話聞いてたか?」
「誰よりも聞いてた」
まあ目の前にいるしな。
照れたような笑みで金の毛先をいじる。
「そうか、そうか。晶利の気持ち受け取ったぞ。結婚式はいつにする?」
「詩蓮さん? 冷却ビーム直撃していたのか?」
言い返すも聞こえていない。
「私の村は婚姻の際、白い花で冠を作って頭に乗せるんだ。それをやろう」
「食器返してくる」
「話は終わってないぞ。気が早い奴め」
がしっと服を掴まれる。
「子どもの名前はどうしようか? お前が決めてもいいぞ? あ、いや私が決める。狛犬姉弟たちの二の舞にはさせない」
「子どもって何?」
「はあ……。四人家族になるのか。ますます稼がないとな」
「二人どっから来た? 詩蓮?」
目の前で手を振るも見えていない様子。幸せな未来を想像し未来に行ってしまっている。
「もしかしたら治癒魔法と植物操作両方使えるハイブリッドが産まれたりして。将来有望だな」
代金をテーブルに置くと詩蓮の首根っこを掴んで帰宅する。依頼を受けている場合ではない。話し合う必要がある。
宿についても妄想を発していたので口を塞ぐ。手のひらで。
「ふごふご」
「……」
部屋に入る。もう止まったかなと手を離す。
「そこはキスで塞ぐべきだろう!」
「知らん知らん。いつまで語ってるんだお前は」
「え? プロポーズだろ? あれ。百人中千人が聞いてもそうだと答えるぞ?」
謎の統計を出すな。
「まあ、真面目な話をすると」
すっと顔つきが変わる。
「家を建てるなら、街のどの辺が良い?」
妄想話が終わって良かったよ。
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