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第47話 集合! 幽霊屋敷
翌朝。何食わぬ顔でギルドへ赴くと大きな斧を背負った、普段はいないギルマスに声をかけられる。
「ちょっと昨日のことで話が」
にっこり微笑む姿は好々爺としていて穏やかな気持ちになるのだが、晶利を掴む手は熊のようにごつい。きっと背中の斧も軽々振り回せるのだろう。
逃げ去ろうとする晶利と大人しい詩蓮を奥の部屋へと引っ張っていく。奥の個室は絨毯が敷かれた立派な応接室だ。高そうな壺にソファー、テーブルはガラス製。どこに金をかけているんだと思わなくもないが、依頼に来た貴族や歓楽街の元締めを通す部屋なのだろう。
そんなところに通された晶利の顔色は良くない。過呼吸になる一歩手前で貧乏ゆすりが激しい。詩蓮はふかふかのソファーが珍しく、狛犬にするように手のひらで感触を楽しんでいる。
「ミルクに三種の果物をしぼり蜂蜜を加えたミックスジュースだ。まあ、飲みたまえ」
もっふりとしたおひげを蓄えたギルマス自ら飲み物をグラスに注ぐ。木のカップではないガラス製で中の液体が丸見えだ。
ミックスジュースとは贅沢な。いい香りだ。
「ありがとうござ」
グラスに伸ばした手を、晶利に掴まれる。
「待て。飲むな。タダより怖いものはないぞ。飲んだが最後、どんな無理難題を押しつけられるか……。ここは何も見なかったことにして帰ろう!」
必死の形相で立ち上がりかけた晶利の肩をいつの間に移動したのか、ギルマスが片手で押さえる。
「離せ! 俺に触るな」
「晶利。落ち着け……。過去に何かあったのか?」
「ほっほっほっ。黒ランクとは思えんほど、肝が据わってないのう……。じゃが、その警戒心は大事にせえよ?」
五分ほど嫌がっていたが後ろで詩蓮があっさりジュースを飲んでしまい、二度見した晶利はソファーに嫌々腰掛けた。
「美味しいぞ。晶利」
「よかったな……」
ギルマスは笑顔のまま対面のソファーに腰を下ろす。
「さて。さっそくじゃが本題に入ろう。昨日、「鐘魅(かねみ)の幽霊屋敷」に蔓延っていた死霊系魔物複数が一度に消えた事件なんじゃが」
言葉を一旦区切り、冒険者二名の反応を窺うように目を細める。
行儀よく座っている金髪少年は隣の男の背を摩り、茶髪の青年は戻しそうに口元を押さえている。高価なものが置いてあるから、この部屋で吐かないでね。
反応が無いため直接問いかける。
「なにか、知っているかね?」
「その前にかねみの、幽霊屋敷……? ってなんですか?」
「ん? おお、そうか。そういえばお主らはこの街に来て日が浅いんじゃの」
うっかりしていたわとふさふさ髭を撫でる。
「街外れにあるおんぼろ屋敷のことじゃ。見たことなかったかね?」
ドキッと、少年の動きが止まる。冷や汗を滲ませ目を合わせないその姿が何よりの答えだった。
ギルマスは満足したように頷く。
「やはりお主らじゃったか……。目撃者に話を聞いて、当てはまるのがお主らしかおらんかったんじゃよ」
浮浪児の少女と男児の顔が浮かぶ。即逃げたこともあり彼女たちからすれば妖しく見えただろう。
晶利の腕にしがみつく。
「ほっほっほっ。そう怯えんでも、叱るために呼んだのではない。肩の力を抜いておくれ」
「では……?」
「お主らのどちらがやったのか、教えてくれんか?」
「こいつです」
「詩蓮! どうしていつも正直に言うんだお前は……」
涙目で抗議するも少年はくっついたまま離れない。大きな緑の瞳が不満そうに細められる。
「言われたくないのなら言うなと言っておけばいいだろう? 自分が怠ったくせになぜ私に怒る?」
ぐうの音も出ない。
「そう、だな……」
世界のすべてが嫌になった顔でグラスに口をつける。さわやかな甘みだ。癒される。
きらっと、ギルマスの瞳に真剣な光が宿る。
「まさか聖の使い手がまだこの国におったとは。今までどこに潜んでおったんじゃ?」
「……」
肩にもたれミックスジュースを飲みながら詩蓮はのんびり悩む。この部屋の人数、奇数なんだよなー。
多分晶利は意地でも喋らないと思うので、詩蓮が代わる。
「晶利は見ての通り人見知りなので、人里離れた地で引きこもっていました」
お前が答えるんかいと、ギルマスの灰色の瞳が少年の方へ動く。
「そうかそうか。ではあの屋敷は報酬としてお主らに譲ろう。宿住まいは不便じゃろ? こちらとしても聖魔法の使い手をやすやす他国に流したくないしのう。色々と便宜も図ってやるぞ?」
「その代わりに面倒なことを押しつけられる気がする。逃げよう! 地の果てまで」
「地の果てって、結局黒槌様のところへ帰るだけじゃん。稼いで来いって、また追い返されるぞ」
「うう……」
まだくっついている詩蓮に言い返したかったが言葉が出てこない。会話をしてこなかった弊害がもろに出ている。
「決まりじゃな。この街を好いてもらえるよう、儂も頑張るとしよう」
意味深なことを言うと、帰りにお土産に果物詰め合わせをくれた。
「報酬と言うか、ゴミ押し付けられただけだよな?」
二階建ての幽霊屋敷。庭は広いが荒れ放題。伸びた草に隠れてゴミや動物の死体、何だろうと思って見ようとしたら晶利に目を塞がれた物体Xまで。屋敷は修理が必要だしそもそも崩れそうなので中に入る勇気がない。
試しに貰った鍵で門を開け庭に入ってみたが、ハエやら虫が多くて晶利が逃げ出す。
「はあ……はあ……。森の中より虫が多いだと? あのギルマス吹き飛ばしてくる」
「やめろ。虫よけを作ってやるから」
万能少年になだめられる。
ギルマスにもらった果物は宿のおじさんに寄付しておいた。おじさんはこんな高価な果物もらえないよと遠慮していたが、「じゃあまたデザート作って」と(ふてぶてしく)言うと満面の笑みで了承してくれた。そのやり取りを横で見ていた晶利は割と引いた顔だった。
『お前の辞書に遠慮という文字はないのか?』
『は? なぜこの私が世界に遠慮する必要がある?』
『……ああ』
何が「ああ」なのか自分でも不明だった。詩蓮の性格が羨ましくて仕方がない。
話を戻そう。
「修繕費も馬鹿だし冒険者でちまちま稼いでないで、農業に切り替えるかな」
冒険者として晶利との時間は十分堪能できたので、そろそろ本格的に稼ぐモードにチェンジするのもありだろう。
「農業って?」
「庭。面積だけはあるから畑にしよう。私が作物を倍速で育ててやる」
ふっふっふっと悪の幹部のように笑う少年に対し、晶利は不安そうな顔になる。
「それはかなり疲れるんじゃないか? それだと毎日作物に魔力を使うことになるし、へとへとになって快眠できるぞ」
引き止めようとしているのか何なのか分からない言い方をする会話下手男に、持ってきた杖をビシッと突きつける。
「お前。前は早く二級に上がれとか言っていたくせに。ころころ意見を変えるな」
「今はお前を第一に考えている」
「…………」
にやけそうになるので晶利に背を向ける。
「蛍雲(けいうん)の花を育てるだけでもそこそこ稼げるだろうし? まあ、お前がどうしてもこの幽霊屋敷に住むのが嫌なら、お前の家のように巨大樹を生やしてとりあえず壊して全面畑にしてもいい」
「いや。俺はここに住むのはやぶさかではない」
思ったより明るい声に詩蓮が「えっ?」と驚く。お化けとか幽霊とか好きな部類なのだろうか?
「元幽霊屋敷とか、いかにも人が寄ってこなさそうで最高だ! これ以上の物件はないな」
イキイキするな。
「え? でも夜中に霊とか真面目に出るかもしれないぞ?」
「人間じゃないならどうでもいい」
真顔やめろ。
「そ、そうか」
「ああ。それに……」
晶利を振り返る。屋敷を見る茶色の瞳には、アルバムをめくっているような優しさがあった。
「ちょっと、憧れていたんだ……。こういう、大きな屋敷に住むの」
「……」
こいつがこういう目をしている時は、だいたい昔の仲間を思い出しているときだ。過去の英雄の話が聞けるのは嬉しいが同時に、嫉妬心も湧きあがる。
だが――
どんっと杖を突き立てる。
「お前がそう言うなら仕方ないな! この屋敷は取り壊さずリフォームするぞ! 稼ぎまくってピッカピカの屋敷にしてやる」
「俺も頑張るぞ!」
「何言ってんだ? 今から工事するぞ?」
唐突に聞こえた声に二人揃って振り返る。
そこにはこの街の大工が全員集結していた。
「……かっ」
変な声を出して動かなくなった晶利は置いておいて「どういうことだ?」と訊ねる。先頭にいた大工の棟梁らしき髭男は不思議そうに答えた。
「どういうって、聞いてないのか? ギルマスに頼まれたんだよ。ここの屋敷の修理。費用はギルマス持ちで」
「「……」」
詩蓮も開いた口が塞がらなくなる。
便宜を図るってそういう……
それと大工の中に粘土掘りの人が数人混じっており、晶利と目が合うと足を閉じてビシッと敬礼してきた。晶利に叱られて以来、街ですれ違うと挨拶をしてくるようになった方々だ。「偉そうなことを言ったのになんで挨拶してくれるんだろう」と、人間三日目男は不振がっていたが。
わっと、大工と粘土掘りの混合部隊が群がってくる。
「しっかし驚いたぜ。あんたら聖魔法の使い手だったなんてな」
誤情報が伝わっている。
「魔物を退治してくれてありがとうな! 街中に魔物がいるなんて、出てこないとはいえ落ち着かないし娘も怖がっていたからな。助かったぜ」
「そうそう。街の皆も感謝してたぜ? アンタらのためなら無償で修理を請け負ってもいいくらいだ」
もみくちゃにされたが棟梁の「集合!」の言葉で全員が定位置に戻る。もう統率されていることに驚きだ。
「あ、家具とかはアンタらが好きなもの買ってくれよ?」
「食器ならこの街はイイモノ揃ってるから。俺のいとこの店に来てくれてもいいぜ? 苺紅粘土を使った陶器の、でかい店構えてるからよ」
それだけ言うと屋敷は修理のため立ち入り禁止とされる。
ぽかーんと突っ立っていたが、詩蓮に裾を引っ張られ我に返った。
「ん?」
「家具でも、見に行くか?」
「……そうしよう」
金を稼ぐのが先決だが、家具の相場も知りたい。なんとなく機嫌の良いふたりは家具店をめぐることにした。
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