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第48話 二つ名

🌸  青い屋根に白い壁。春の風が吹き抜ける庭は緑が美しく、蛍雲の白い花で埋め尽くされている。  ほんの数ヶ月前まで『苺紅』のお化け屋敷。鐘魅(元の持ち主の名)の幽霊屋敷。などと呼ばれていたなんて誰が信じよう。  しかも暮らしているのが美少年と言うこともあり、完全に幽霊屋敷の名を過去のものにしていた。  さわやかな太陽の下、眼下に街の景観を望む蛍雲屋敷のテラス。風に吹かれテラスに舞い込んだ蛍雲の花びらが白いテーブルに落ちる。摘まんだ花びらに息を吹きかけ、庭に戻っていく雪のようなそれを見送るのは『青月』の水木月だった。 「ふふっ。さすが「植物の申し子」。いい屋敷に住んでいるね」  冬の間、王都に帰っていた彼だが最近また『苺紅』にやってきた、いや派遣されてきた。冬の間も別の街に行っていたらしく、なんとも忙しそうだ。だがどこに行っても歓迎されるだろう。魔物退治してくれるし強いし、なによりこの顔面力だ。 「それはどうも」  二人が飲んでいるのはオレンジジュース。朝夜は肌寒いとはいえ、子どもは熱いより冷たい飲み物を好む。なので、詩蓮は何も考えずお客様に特製花のシロップ入りオレンジジュースを出した。てっきり温かい紅茶などを出されると思っていた彼は、「もしかして帰れと言われている?」と不安になった。一口飲むごとに水木月は震えていく。 「お、おいしいね。これ……」 「良かったらお土産に持って帰ります?」 「ううん。だ、大丈夫」  鎧にマントまでつけているのに震えている。寒がりなのかなと思いつつも特に心配せず、詩蓮はオレンジジュースにシロップを足す。 「以前、会った時と見違えたよ。驚いた。僕と同じ二つ名までもらってるんだから」 「……ははっ」  乾いた笑いを浮かべる。  言いたくないが「植物の申し子」とかいう二つ名は、蛍雲の花大量栽培成功の功績をたたえ、ギルマスから授けられたものだ。それと冬の間必須な超乾燥させた薪の確保。秋の作物の収穫量増加。素人でも育てられるよう改良した薬草の種の開発。……正直、冒険者やっているより楽しくて調子に乗ってしまった感はある。その代償がこれとは。名誉なことだと分かっているが呑み込めない。  二つ名の未曽有のダサさに違う意味で震えた。  おまけに絶望の返品不可らしい。ギルマスの家の中を森に変えてやろうかと思ったが、「すごいじゃないか。詩蓮! その調子でどんどん俺より目立ってくれ」と晶利は喜んでいた。あんな無邪気に笑えるんだなと感心し、その笑みが見られたのでギルマスの家森化計画は中止してやる。  同族(二つ名仲間)が出来て嬉しそうな眼差しで、水木月はにこっと微笑む。 「君の噂は王都まで轟いているよ」 「ああ。聖魔法の使い手ですからね」 「君のこともだよ」  新品のテーブルの上。少年の手に籠手に覆われた手を重ねる。 「どう? 僕と一緒に王都へ行かないかい?」 「へ?」  緑の瞳をぱちくりさせると同時に腑に落ちた。忙しいはずの青ランクが屋敷完成を祝いに来ただけなはずがない。何をしに来たのかと思えば勧誘か。おそらく王都ギルドのマスターにでも言われたんだろう。 「メイド付きの広い屋敷に今以上の装備品。それと爵位も用意するってさ」  晶利が聞けば昏倒しそうだな。  こういった誘いを受けるのは初めてではない。死霊系を蹴散らせる聖に加え、けた違いの治癒力を持つ晶利の光魔法。なにより不作や飢餓とは無縁でいられる植物使い。  またか、と内心ため息をつく。  あちこちの国から月一で手紙やら使者が訪れる。雪の日にやってきた使者にもオレンジジュース(冷)を自信満々に出した。なんせ私が作ったのだから、紅茶や白湯より美味しいに決まっている。  ぱっと手を引っ込める。 「ありがたいお言葉ですがー、遠慮させていただきますー」 「わあ、すごい棒読み」  苦笑する青月。 「悪い条件じゃないと思うんだけど……。上に報告しなきゃいけないから一応、理由を聞いても?」  メイド付きや爵位が余計なんですよね。装備品も思い出の詰まった品だ。壊れるまで使いたい。特に杖とマント。 「人が多いところが駄目なんです。私たちを招くなら王都の人口を五分の一まで減らしてきてください。今すぐ」 「なんで魔王みたいなこと言うの? ……そっか。君の相方が人混み苦手なんだね」 「はい」  がたっと席を立つ水木月。帰るのなら見送ろうとした詩蓮の側に、テーブルを迂回してやって来る。 「?」  少年の手首を掴むと顔を近づけてくる。澄んだアクアマリンの瞳に、吸い込まれそうだ。 「じゃあ、君だけでも連れて行こうかな?」  ぐいと引き寄せられ、立たされた詩蓮の腰に腕を回す。 「ツッキーさん……」 「ツッキーさんやめて? 気に入った? ……抵抗しないのなら持って帰るよ?」  抵抗しようにも杖は部屋に転がっている。銀鎧と腰に携えた剣。それとマント内に背負った大きな盾。わずかに身を捩るも、装備全部合わせて百五十キロは超えていそうなのに平然としている男の腕から抜け出せそうにない。 「……」  どうしよう。大声を出した方が良いだろうか。  心の中でパニックになっていると銀の鎧に包まれた肩に、大きな手がぽんと置かれる。 「!」  柄を握った水木月が即行で戦闘態勢に入るがそこにいたのは…… 「帰れ」 「晶利」 「……なんだ、貴方か」  茶色の髪に、同色のアオザイを着た男。  柄から手は離すが、ホッとできなかった。青ランクである自分が簡単に背後を取られたのだ。詩蓮に集中していたとはいえ一切気がつかなかった。黒ランクに出来る芸当ではない。  整った顔に冷や汗が流れる。 「……貴方。本当に黒ランクなのか?」 「ああ。はい」  素直に冒険者カードを手渡され目が点になる。いやあの、そういう意味じゃなくて。  青月にカードを渡すと同時に、詩蓮をやんわり抱き寄せる。 「何かされたか?」 「……い、いや。いつもの勧誘だった」  真剣な顔つきで晶利が心配している。私を! これだけで一週間分くらいのストレスが消える。  ごろごろと人前だろうとお構いなしに甘える少年に、青年と似非青年はそれぞれ違ったため息をつく。  ため息が聞こえたのか、茶色の瞳が水木月を怪しいものを見る目つきで睨む。 「帰れ。変態」 「んなっ⁉」  硬直ちたのちわなわなと震え出す。人生でこんなこと言われたことが無いのだろう。  心外だと言わんばかりに詰め寄る。晶利は背中で少年を庇うように身体の向きを変える。 「僕のことかい? それは」 「未成年に何をしていた。ついて行ってやるから自首しろ」 「誤解だ!」  真っ青になって叫ぶ。誤解を解いてほしそうに詩蓮を見るも、頭お花畑状態で甘えるのに忙しそうだ。それとついて行ってやるってなんだ。妙な優しさを出すな。 「春になると変な奴らが湧き出す……」 「だから違うって……。男の子に興味ないし。ギルマスに何度も言われるのめんどくさいから、この子だけでも持って帰ろうと思ったんだって」  うんざりしたように本音を暴露する青ランクに、晶利は胸元で揺れる宝石を握る。さすがに詩蓮が止めに入った。新築で暴れるな。 「人口減らすのは無理だから晶利さんは諦めるとして、君はどういう条件なら王都に来てくれるわけ?」 「晶利が行かないのなら行きません」 「君たちどういう関係なのさ」  呆れたように笑いながら身を翻す。 「君の相方の目が怖いから帰るよ。でも、気が向いたら声をかけてね?」 「はい」  水木月に続いて詩蓮たちも庭に出る。蛍雲の白い花で埋め尽くされた庭。そこで青月のチームメンバーがお昼を食べていた。ちょっと早いお花見のような賑わいだ。気持ちは分かるが人の家で花見をするな。  まあでも、ゴミを散らかしているわけではないので許容範囲内だ。  水木月が項垂れる。 「お前ら……。仕事頑張ってるリーダーより先に飯を食うなよ」 「遅いぞリーダー」 「ツッキーちゃん。お酒開けていい?」 「やめなさい。人の家で」  きちんとリーダーがたしなめてくれてホッとした。 「邪魔したね。さ、帰るぞ」  まだご飯を食べていたいと文句を言うチームメンバーを無理やり連れて帰る。苦労人のような気配を感じたので晶利と手を振って見送った。 「……やはり客の対応を詩蓮にさせるのは心配だ。訪問客は無視するスタイルでいこう」 「それするとまた一日中「おーいおーい」って言い続ける人が出るかもじゃん。全然帰らないから新手の怪異かと思ったぞ……。そういえばさっきは助けに来てくれたのか? お前絶対、客が帰るまで出てこないのに」  もじもじと左右の指を絡める少年。  そうだ、と言っておけばいいのにわざわざ首を振って否定する。 「いや。一度紗無と黒槌のところに帰ろうと思ってな」

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