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第49話 詩蓮の故郷
晶利の足を踏みながら緑の瞳を丸くする。
「え? なんで?」
「なんで足踏むんだ? 目的の家が手に入ったんだ。報告をしないとあいつらはずっと心配する。お前のことを」
「手紙……は駄目か」
届けることが出来る人がいない。魔物の出る広い荒野を探し回って明らかに家ではない建物を見つけろなど、もはや青ランクに嫌がらせとして出す依頼だ。
「そうだよな……。でも街の外に出るの面倒臭いんだよな」
依頼以外で出ようとすると門番に行先や帰る時刻を聞かれ、絶対にその日程通りに帰って来いと念を押される。毎回十分か長い時で三十分足止めされる。だんだん外出が嫌になってきた。
「俺も。だから作戦を考えたぞ」
「作戦?」
「こそっと行ってこそっと帰ってこよう」
人差し指を立てる晶利と三秒見つめ合った後、がしがしと頭を掻く。
「門番は夜中もいるんだが? 眠らせろとか言わないよな?」
それに狛犬タクシーが使えないのだから、旅に出るような荷物が必要だ。到底こそっと行けるものではない。
「いや、すぐに行ける。ついてきてくれ」
「え? 今っ? おい!」
手を引かれ、走る晶利について行く。積極的な一面にちょっとドキドキした。屋敷を出て向かったのは時計塔。この街で一番高い場所だ。
「風が冷たいな……」
マントを身体に巻きつける。
一般開放されており、休憩用のベンチも置いてある。ここに来るまで階段を登る必要があるのでそのためだろう。
市場が賑わう時間帯なので、幸いにも人影はない。
「で、晶利? なんで時計塔?」
「詩蓮」
晶利が両腕を広げている。見ようによってはハグ待ちにも見えたので考える前に飛びつく。
絶対「違う。離れろ」と言われると思ったのに、珍しくハグで合っていたらしい。
「しっかり掴まっていろよ?」
そう言われると足を持ち上げ、横抱きにされた。いわゆる「お姫様抱っこ」である。
「え……?」
夢か? と思っていると晶利は膝をたわめ人ひとり抱えた状態で大きく跳んだ。時計塔の先端に立つ。
(へ?)
「風の王よ。ひとときの翼を」
聞いたこともない呪文を唱えると、上空の風が意志を持ったように晶利の背中に集まりだす。それは不可視の二枚の羽となる。
その羽にどんどん魔力を流し込んでいく。満タンまで溜めると白く輝く。次の瞬間、晶利たちの姿は時計塔に無かった。
それどころか街中にもない。探すとすでに山頂にかかる雲の中を滑空していた。
「ひぃ―――」
あまりの速度に呼吸できなくなり目をきつく閉じるが、すぐに速度は和らいだ。
「……?」
恐る恐る目を開けると、青空の中にいた。
真下には山や川が模型のように広がっている。
晶利にしがみつく腕に力がこもる。
「とんっ、飛んでる? なんで?」
「風魔法だ」
「こんな風魔法知らないぞ!」
白い羽は鳥のように羽ばたくでもなく、ロケットエンジンのように魔力を噴射し、身体を押し出しているようだ。風で人を巻き上げて高いところへ登る手伝いをしたり、逆に落ちた人を風で受け止めたりすることは出来る。風で自分も巻き上げることは出来るが、下手をすると壁に叩きつけられるリスクも伴う。といったものなのに。
「飛べ、たのか……?」
「ああ」
呆然とする詩蓮に頷く。
物心ついた時には使えていた力。風魔法を使う時だけは、魔法石は必要ない。
「少し速度を上げるが、いいか? 寒くないか?」
「え? ああ、大丈夫だ」
大事そうに抱かれ、照れくさいやら嬉しいやらで体温が上昇していく。寒いどころか暑いくらいだった。
いつも昼食を食べ始めるくらいの時間には、黒槌の家に帰ってきていた。
「はえー……」
障害物の無い空を突っ切ったのだから当然と言えば当然なのだが、いまいち実感がわかない。大地に小さな家に見えない建造物が見えると、晶利はまだ魔力が残っている羽をぱっと消した。
「え?」
推進力が消え、宙に放り出される。
「ええええええええっ?」
真っ逆さまに落ちていく。
地面が近づいてところでくるんと一回転すると、吹きあがってくる風が落下速度を殺す。
「うわっぷ」
「舌噛むなよ?」
毎度遅い忠告と共にサンダルはすとんと、ジャンプをしたくらいの威力で着地した。
「着いたぞ」
「…………ふぁあ」
人生初のジェットコースターに、詩蓮は腕の中でしばらく放心した。
「まずお前の風魔法がどういうものか説明して……それから飛行するべきだろう……? どうしてお前は……そういう気遣いが、出来ないんだい……?」
帰るなり説教されている最年長に構わず、詩蓮はテーブルに突っ伏していた。衝撃からなかなか立ち直れない。
肩に座った紗無がよしよしと耳を撫でてくる。くすぐったい。
『楽しそうだなー。オレも乗ってみたいぞー。おい晶利。俺も乗せろよ』
「やめとけ。羽千切れるぞ……」
詩蓮はのろのろと顔を上げる。うわ。本当に黒槌様の家の中にいる。
説教が嫌になったのか晶利が逃げてくる。すっかり嫌なことがあればこちらに来るようになった彼に、犬のしつけが成功したような高揚感を覚えた。
黒槌はため息をついて背もたれに身体を預ける。
「それで? お土産とか……ないのかい?」
「ない」
「黒槌様のお酒、なかなか売っていなくて。すみません」
謝ってくるいい子はともかく、晶利は家から追い出してやろうかと思った。何かを感じ取ったのか、晶利がそろそろ戻ろうかと言ってくる。
「え? 帰りも飛んで帰る、ってことに、なるんだよな?」
「運賃(狛犬が好むおやつ)もないし。そうだな」
椅子を蹴とばして立ち上がる。
「嘘嘘嘘っ。待って凛桃を……杖!」
本当に手ぶらで来たんだった。あの着陸の仕方が怖くてぴゅーっと黒槌にしがみつきにいく。
旧友と紗無がじろっと睨んでくる。
「え、あ……。詩蓮。俺が先に帰ってお菓子作って戻ってこようか?」
「私を置いていくのか?」
「ええ……。ど、どうしよう。紗無」
『あ、オレの分のお菓子もよろしくなー。久しぶりに食べたいぞ。ドライフルーツのやつな』
「…………」
すぐに帰る予定だったのにそこは居心地が良くて、賑やかな声は結局夜中まで荒野に響くのだった。
ちょっとだけ未来のお話。
詩蓮の故郷。旧日夕(ひゆう)村。
滅んだはずの村はいつしか季節の花で覆われるようになり、ちょっとした観光名所として生まれ変わる。その花畑を管理しているのは、とても美しい一人の植物使い。
何かの褒賞としてこの地を賜ったらしい。季節は廻りやがて人が増え、村として発展していく。
たまに妖精が目撃されるその家は、よくお菓子の甘い香りに笑い声。たまにシャレにならない喧嘩の音などが聞こえて、ずっとずっと賑やかだった。
おしまい
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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