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第6話

 顕は僕を押すのをやめて、放心したようにそのポーズのまま突っ立っていた。 「でも、分かってないこともあった。僕も、顕を、本当はそういう風に好きだってこと。親友でも兄弟でもなくて。」  顕が僕を見る。あの、固まった顔だ。きれいな目、きれいな唇。すごくびっくりしているのか。すごく怖がっているのか。すごく……喜んでいるのか。  僕はその顕の唇に、自分の唇をそっと重ねた。「好き。」どうか僕のこの2文字も、顕があの時僕に伝えてくれたのと同じぐらい重くて、しっとりと甘いものとして、伝わりますように。僕はただ、それだけを願った。  顕はそのきれいな顔のまま、静かにうなずいた。そして、僕が手を出すと、素直にその手に引かれて、花火の見える川べりへと一緒に歩いてくれた。会場に近づくにつれ、だんだんと人が増えてきて、僕は顕とはぐれないようにと、手を強く握った。僕より年上で、僕より優秀なはずの顕の手は心細くなるほど小さくて、この暑い夏の夜でも、ひんやりと冷たかった。こんなに華奢で、引っ込み思案でおとなしい、そんな顕が、叔父に談判して花火大会に連れてきてくれた日のことを思い出す。あの日だって、高校選びだって、何もかも、きっと僕のためだった。そんな顕を、僕は守っているつもりだったけど、そうじゃなかった。いつでも顕は、僕の少しだけ先にいて、待っててくれて、そのくせ「寛人はすごいなあ」って微笑んでくれていた。今だって、手を引いていたはずの僕が、いつの間にか顕より後ろにいる。あんず飴の甘ったるさが、口の中に広がった気がした。  少し出遅れた僕らが屋台に寄る前に、一発目の花火が打ち上げられた。その音で我に返ったらしい顕は、僕の手を優しくふりほどいた。 「暗いから。」平気だよ、誰にも見えないよ。そこまでは言わずに、もう一度手をつなごうとしたけれど、顕は笑って首を横に振った。 「花火が上がる時は、かなり明るくなるから。」そう言っている矢先に、次の花火が上がった。顕の言った通り、あたりは明るくなり、顕の顔もはっきり見えた。人形じゃなくて、人間バージョンの顕だ。でも、きれいだと思った。すごく、すごくきれいだった。 「今は花火、ちゃんと見よう? 久しぶりだし。」顕はそう言って空を見上げた。それから「でも、帰りは、手、つなごうか。」と言った。  そのきれいな横顔を、僕は、ずっと見ていたいと思った。 - 完 -

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