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21 新年初電話の第一声

 寒空の下、おみくじを引く時も並んだ俺たちは、すっかり冷えてしまった。  冷えるとトイレが近くなる。自然の摂理だ。二人とも大吉だったとか喜んでいる場合じゃない。事態は急を要していた。  神社の境内は広くてあちこちにトイレがあったけど、本殿に近いトイレは激混み。男性の方はまだマシだけど、それでも長蛇の列だった。並んでかれこれ十五分が経過したけど、まだトイレの建物内に入れていない。 「史也耐えられそう? 俺はギリいけるけど」 「くうう……っ」  史也は俺にネックウォーマーを貸した上にニット帽も貸していて、かなり冷えてしまっていた。頬が寒さで赤くなって雪国の子みたいで可愛いけど、マジでそんな場合じゃない。 「やばい……っ」  お腹を押さえて震え始めた史也を見た後ろに並んでいたおじさんが、突然史也の肩を叩いた。 「兄ちゃん、社務所の裏にある仮設トイレなら今空いてるらしいよ」  小声でこそっと教えてくれた。なんでも息子と別々にトイレを探してて、息子の方は無事用を足せたらしい。 「こっちもあと五分てとこだけど、どうかねえ」  史也のお陰で怖さも半減したし、トイレに並ぶ時はさすがに手は繋いでない。 「史也、行ってきたら? ダメならこっちに戻ってきて、俺の番の時に行けばいいし」  青白い顔をした史也が、申し訳なさそうな切羽詰まった不思議な表情をしながら頷いた。 「……悪い! 終わったら電話するから、ね!」 「うん、こっちも電話するし」 「ちょっと行ってくる!」  おじさんに教えられた方面へ、史也はダッシュで走っていった。おじさんと二人、何となくその後ろ姿を見送りながら苦笑し合う。 「女子トイレの方はもっと悲惨だからねえ」 「ですよねー。男でよかった」 「最悪どっかですりゃあいいしねえ」 「神社の境内はちょっと」 「だなあ。バチあたっちゃうね、あはは」  そんなどうでもいい世間話をしている内に、予想よりももう少し時間が経ってから番が回ってきた。俺はさっさとお小水の方を済ませると、おじさんに軽く会釈で挨拶して手洗いを済ませ、建物の外に出た。  史也は無事だったかな。  史也が契約した俺用のスマホを取り出す。史也が使っていた赤いカバーがそのまま付いている。帽子といい、史也は赤が好きなのかもしれなかった。  機種変の時期が来たから機種変しただけで別段どこもおかしくないというだけあって、使う分には何の問題もない。  心配していたパケット料金は、アパートには大家さんの「学生を応援したいから」という気持ちからフリーWi-Fiが付けられていて、お陰で一番少ない2ギガの契約で済んでいた。  コンビニにもWi-Fiはあったから、基本的に史也の家とコンビニの往復しかない俺には十分だ。  スマホのアドレス帳を開く。登録してある連絡先は、細木史也だけ。  そのことが、俺の中では無性に嬉しく思えた。  史也のスマホにはもっと沢山いろんな人の連絡先が入ってるだろうけど、俺のスマホの中には史也しかいない。  トイレの近くに佇んだままスマホを見つめていると、史也から着信があった。すぐに通話にして、耳にあてる。 「史也? 漏れなかった?」 『ちょっと、新年初電話の第一声がそれ?』  史也の明るい声が電話の向こうから聞こえた。この感じなら、漏らさずに済んだみたいだ。可笑しくなって、くすくすと笑う。 「……史也、改めて、明けましておめでと」 『……うん、本年もよろしく、陸』  通話は切らないでそのまま迎えに行くからと言われて、その場で史也を待つことになった。 『離れちゃってごめん。すぐに向かうから』  史也の済まなそうな声は、ちょっと弾んでいる。多分、俺の為に走ってきてくれているんだろう。嬉しくて幸せで、つい顔が綻ぶ。 「ううん、大丈夫だよ。一回外に出たら、案外平気だった」 『無理、してない?』 「全然! 史也に背中押してもらって、その……感謝してるし」 『……へへ』  そんな何だか照れ臭い会話をしている内に、遠くに史也の姿が見え始めた。笑顔で手を振ると、史也も頬を赤く染めながら手を振り返してくれた。  ネックウォーマーをまた口まで上げて、ニット帽の位置を目深に直す。 「お待たせ! さ、行こうか!」  当たり前のように差し出された手に、今日くらいいいじゃないかと手を絡めた。今度は自分から、恋人繋ぎで。 「お昼どうしようか? 凧も買いたいよね!」 「俺、ちょっと町の方も見てみたい、かも」 「よーし! 任せて!」  この辺は不慣れだけど、なんて付け加える史也が愛おしくて、俺は史也を笑顔で見つめた。やっぱりこの顔は落ち着く。  すると。 「――く……!」  何処かから、陸、と呼ばれた気がした。ギクッとして、辺りを振り返る。でも、人だらけだし、知り合いっぽい顔もざっとみたところない。  ――気のせいみたいだ。  ホッとしたのと同時に、心臓が唐突にバクバクと存在を主張し始めた。だけど、史也と繋がれている手の温かさのお陰で、背中に走った怖気に気を取られ過ぎずに済む。  史也が心配そうな顔をした。 「どうしたの?」 「ん? いや、空耳」  こんな名前、よくある。史也が隣にいれば、怖いことなんてない。  史也に半歩分近付く。史也の恋人っぽく見えるといいなと思いながら、寄り添いつつ町へと向かったのだった。

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