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20 願い事

 史也に手を引かれて通った改札は、文字通り俺を外の世界と繋いでくれた。  ホームで電車を待っている最中、史也は俺を腕の中に包んでいた。それこそ、本物の恋人同士のように。  いざ電車に乗ってみたら、改札を通る前までの恐怖が何だったのかすら分からなくなってしまった。電車に乗っている間も史也がずっと俺を包んでくれていたから、ちっとも怖くなかった。  多分、史也が終始俺に笑顔で話しかけてくれていたこともあると思う。  今日行く神社は史也も行ったことがなくて実は緊張しているとか、地元の神社はどんな感じだとか、今日はこの後凧を買って上げちゃおうかとか、それはもう沢山。  二十分ほど電車に乗っていたと思うけど、史也はずっと他人の目から隠し続けてくれた。  神社がある大きな駅は人だらけだった。 「人で一杯だね。これなら……手だけで平気そう、かも」  それまでは史也に肩を抱き寄せられて隠されながら歩いていたけど、正直史也は歩き辛そうだ。ちょっと怖かったけど、でもきっと大丈夫、と笑顔を作って史也を見上げた。 「……大丈夫?」 「うん。手……だけは繋いでて、欲しいけど――いい?」  男の癖に、男の友人に向かって何言ってるんだと思う。 「当たり前でしょ。ほら」  肩から手を離した史也が、細目を三日月の形に緩ませながら、俺の手をぎゅっと握った。  唇を口の中に入れて、上を見たり下を見たり俺を見たりと忙しない。 「……どうしたの?」 「あの、その、すっ! 滑るからさ!」  声がでかい。 「へ?」 「滑らない為、だから!」  やっぱり声がでかい。何のことだろうと訝しげに史也を見上げていると、史也は普通に繋がれていた手に突然指を絡めてきた。……わ。  その手を、史也のコートのポケットにボフッと突っ込む。うわ、え、ちょっとこれ。  どう反応していいか分からなくて、助けを求めるように史也を見た。史也は、何故か照れ臭そうに唇を口の中に挟み込んでいる。だから、その顔は狡いってば。 「……行こうか」 「う、うん……」  史也が少し前に出て、人混みから俺を守るようにして進み出した。  俺は、涼真に散々抱かれている。涼真のご機嫌を取りたくて、恥ずかしげもなく上に跨ったり自ら腰を振ったことだって、数え切れないほどある。  キスだって、色んな所にした。頭を掴まれて喉の奥にえずくほど突っ込まれた後に出されて、むせて涙目になるのだってしょっちゅうだった。だから俺は綺麗なんかじゃ全然なくて、雄の液体にまみれた淫乱だ。  なのに。  なのになんで、こいつと手を繋いだだけで、こんなに心臓が高鳴るんだろう。こんなの、小学生の延長程度でしかないのに。 「陸、大丈夫?」  頬を赤らめた史也が、俺にネックウォーマーを貸したせいで寒そうな首元を晒しながら、振り返っては確認する。  ほら、史也のおかんモードが出た。 「……うん、大丈夫」  目だけしか見せてないけど、俺が笑ったのが分かっちゃったかな。  史也の一見ひょろく見える広い背中と、長くも短くもない黒髪が寒々しいうなじを見つめる。  ――ああ、やっぱり好きかも。  史也への恋心を、はっきりと認識した瞬間だった。 ◇  神社の広い境内は人だらけで、参拝するだけで一時間以上かかってしまった。  いよいよ次は自分たちの番というところで、史也が笑顔で言う。 「就職祈願、よろしくね。陸の勉学祈願、しっかりやるから!」  あまりにも他の人と近いから、先程から俺は史也にしか聞こえない程度の声しか出していない。  俺が話そうとする度に史也が屈んで耳を近付けてくるので、そんなことすら恋心を認識してしまった俺は嬉しかった。 「……うん。沢山願い込めとくからさ」  史也に近付いて囁く。くすぐったかったのか、史也はぶるっと震えた後、嬉しそうに笑う。朗らかに弧を描く口を見て、そこに触れたいと思い――慌てて顔を背けた。  駄目だ、何考えてんだ俺は。史也にはそんなつもりは一切ないのに、俺が邪な目で見てることがバレたら、軽蔑されるかもしれない。  俺は、史也には嫌われたくない。好かれなくてもいいから、せめて友人として隣にいたいよ――。 「あ、番きたよ! 行こう行こう!」  史也に促されて、お賽銭箱の前まで進む。用意しておいた小銭を投げ入れて、鈴に繋がった太い縄を掴んで揺すった。  俺のはカランカランといい音がしたけど、史也のは何だか微妙で、可笑しくて目配せをすると史也が横目で笑う。  作法はよく分からないから、とりあえず二回手を叩いて手を合わせたまま目を閉じた。  史也の就職活動がうまくいきますように。こんな優しい人だから、きっといい会社に縁があると思うから。  ふと、薄目を開ける。隣の史也は、まだお願いしてるみたいだ。きっと、俺のことを色々と。  だからこれは、ちょっとした欲だ。本当は、こんなことをお願いしちゃいけないのは分かっているけど、でも――。  少しでも長く、史也といられますように。  史也にしてみたら、早く自立してくれと思うだろうけど、それでも。  それでも、願わずにはいられなかった。

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