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24 上を向けたのは

 俺の自立宣言に、史也は細い目をかなり大きく見開いた。おお、普通の大きさって違和感満載。 「陸……」  俺に釣られたように、史也も身体を起こす。座ると史也の方が座高が高いから、俺の頭はいつだって上向き加減だ。  俺の傍にいてくれて、俺と向き合い続けてくれた史也だったから、俺は下ばっかりじゃなくて上を向いて歩きたいと思えるようになった。  だったらそれを、ちゃんと口に出して伝えよう。 「史也が俺を外の世界に連れ出してくれた。そりゃあまだ一回だけだし、いまも怖いけど、でも……」 「……うん」 「史也のお陰で、脱・寄生虫しようと思えるようになったんだよね」  俺がその単語を言った途端、史也が珍しく怒りを含んだ声色で噛み付くように言った。 「寄生虫!? 誰がそんなこと言ったの! その涼真って奴が言ったの!?」  うは、嬉しい。史也が不快に思ってくれるのは、そういう部分なんだな。勘違いだけど、俺のことを思って怒ってくれるのは、純粋に嬉しい。  やっぱり史也のことが大好きだと、再認識する。それと同時に、感謝の気持ちで一杯になった。  自然と笑みが溢れる。史也だけが、俺の心からの笑顔を出させてくれるんだ。何ひとつ曇ってない笑顔って、こんなにも気持ちのいいもんなんだな。 「ううん。涼真は言わなかったよ。でも、俺はずっと自分でそう思ってた。今でもそう思ってるし」 「えっ!? だから、それは違うって!」  二の腕を史也に掴まれる。自分を貶めているような言葉を紡ぐ俺を見て泣きそうになっちゃう史也が、可愛くて仕方がなかった。  俺は自分を卑下してるつもりはない。これは前向きな言葉のつもりなんだ、史也。 「俺、史也とこの先もずっと仲良くしていきたいと思ってる」  唐突だったのか、史也が鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。「へっ?」て感じの顔だ。これも可愛い。 「え? そ、そりゃ、俺だって当然!」  むきになるにつれ、声が大きくなるのもいつもの史也だ。暖かくて、涙が出ちゃいそうだよ。 「だから、少しでも早く史也と対等な立場になりたいんだ」 「え……」  史也がぽかんとした。……あれ、伝わらなかったかな。  俺は史也に愛の告白をする気はない。俺は史也におんぶに抱っこされているだけの寄生虫で、史也の好意だけで今こうして平和に生きていけている。  でもこれは、史也に嫌われるようなことをしてしまったら即座に崩れる地面の上に築かれた、見せかけの平和だ。  涼真の中には探そうとしなかった不和の片鱗が史也の中に見えたら、俺はきっとまた同じことを繰り返す。史也に媚びへつらって、気に入られようと、好かれようと相手に合わせて、嘘っぱちの笑顔を浮かべるようになる。  ――そんなことを、史也にはしたくなかった。  背筋を伸ばして、史也を正面に見る。 「もう、同じことを繰り返したくないんだ。自信を持って生きていきたい」  お願い、伝わって。  史也の目を見つめ続けていると、史也はごくりと唾を呑んだ後、ゆっくりと口を開いた。 「――分かった。俺も協力するから、ひとりで背負い込もうとしないで、一緒に調べてみよう、ね?」  ようやく、史也の顔にふわんとした笑みが戻る。よかった、どうやら伝わったみたいだ。 「うん。本当、俺は調べ方も分かんないし、携帯触るのも三年ぶりでよく分かんないし、実は史也のことかなりあてにしてる」 「もうじゃんじゃんあてにしてよ!」  声がでかい。  ふは、と笑うと、史也も口を開けて笑ってくれた。 「でも、くれぐれも焦らない! 無理をしない! 俺は陸と一緒にいて楽しんでるしこれっぽっちも迷惑だなんて思ってないし! ね!」 「声でかいってば、あはは……っ」  史也に出会えてよかった。心から思う。  だったら俺も、史也に俺に出会えてよかったと思ってもらいたいと願うのは、贅沢過ぎるだろうか。 「……史也、ありがと」  照れくさくなって小声で伝える。  史也ははにかんだ笑顔に変わると、「あっあったりまえでしょ!」と大きな声で答えた。 「そ、そしたらさ! 何の教科が必須かも調べないとね! あと、範囲とか!」 「うん」 「ちょっと待ってね……」  スマホを取り出した史也が、サクサクと調べていく。三年携帯に触っていない間に色々と様変わりしてついていけなくなっていた俺に代わって、史也は早かった。 「ええと……え、範囲が中一から高一くらいなんだって」 「え? そうなの?」  もっと上の難しいのかとばかり思っていた。  史也は、画面を更にスクロールしていく。 「全部で八教科で、一度受かったやつは次は免除。へえー。一発勝負じゃないんだ」  画面から顔を上げた史也が、ポンと手を打った。 「分かった! 今高校生の妹がいるんだけど、あいつ教科書とか参考書も持ってると思うから、取り寄せる!」 「え……でも、理由を聞かれたらなんて答えるんだよ」  いきなり中学校時代の教科書を送れと言われて、何も聞かず素直にはい、なんていくもんなんだろうか。  すると、史也が伏し目がちになり、上目遣いになって時折チラチラと俺を見上げながらボソボソと言った。 「じ、実は……陸のこと、家族には話してあるんだ、よね……」 「……はあっ!?」 「えへへ、へへっ」  一体何と説明してるのか。驚きのあまり口を開けたままでいると、何故か史也は照れくさそうに鼻の頭をポリポリと掻きながら、説明を始めたのだった。

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