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26 ふたつの宝物

 史也から家族の話を聞いた数日後、中学の教科書が野菜と一緒に届いた。  中にはなんと高卒認定試験の過去問まで入っていて驚いていると、「妹の先輩の知り合いに去年受けた人がいるって聞いたらしくて、もらって送ってくれた」と言われる。 「こんなに色んなことをしてもらっちゃって、妹さんに申し訳ないな」  離れて暮らす兄の家に転がり込んだ、会ったこともない家出人のフリーターの為にこんなことまでしてくれるなんて、やっぱりお人好し一家なのかもしれない。  過去問集を手に取りパラパラと見ていると、横に座り一緒にダンボールを覗いていた史也が、実に言いにくそうにボソボソと何かを呟き始めた。 「どうしよ……でもな……うん……。陸、あ、あのさ、それでなん――」  俺はもらった物に夢中で、史也の挙動不審な素振りは特に気にしていなかった。史也は時折こうなるから、毎度のことに慣れてきていたっていうのもある。  ちょっと興奮気味な笑顔を史也に向けた。 「いやあ本当ありがたいよ! 俺、頑張らないと!」 「ええと、その、陸、あのね……」 「え? あ、ごめん聞いてなかった」  史也は何故か正座をしながら顔を伏せ、上目遣いで俺をチラチラと見ている。……なんだろう。 「実は、妹から報酬として提示されたものがあって……」  妹の奴がごめんね、なんて言われても、何を欲しがっているのかも分からない。 「え? うん、なになに!? 勿論、俺に出来ることならなんでも!」  見知らぬ俺の為にここまでしてくれた妹さんの為だ。余程変なことでない限り、お金だって沢山はないけどタンス貯金でちゃんと貯めてるし、少しくらいは何とかなるだろう。  俺がうんうんと勢いよく頷いている傍らで、史也は苦笑いを続けていた。 「いや、本当、うちの妹ってあれでさ、あはは……」  妙に歯切れが悪い。まあここまでやってくれたから、結構ハードな要求があっても別におかしくはないのかな。そう思いながら史也の言葉を待っていると。  上目遣いのまま、史也が突然大きな声を出した。 「しゃ、写真! 写真がほしいって!」 「わっ」  すぐ隣で大きな声を出されて、思わず心臓が飛び跳ねる。 「声でかいってば……」 「あ、ごめん」  わしゃわしゃと頭を掻く史也の仕草は、滅茶苦茶可愛いかった。史也の仕草って、ひとつひとつが可愛いんだよな。  涼真みたいなワイルド系な男臭いイケメンがやると格好つけて見える仕草も、史也みたいな安心系なぼんやり顔がやると、声がでかくなっても怖いとかが全然ないから……いい。好き。  史也の困り顔も好きなので、どうしたって頬が緩む。見ていた過去問集の影に、顔を半分隠した。  史也から見たら訳もなくニヤついてるおかしな奴になってしまうから、俺が史也を見ては浮かれる姿を間近で見られる訳にはいかない。  頭を史也の話題に切り替える。 「写真て、誰の?」 「ええと……陸の」 「え? 俺?」  予想外の要求に、俺の頭の中ははてなだらけになった。なんだって俺の写真が欲しいんだ、妹さんは。  俺が余程ポカンとしていたのか、史也は慌てて顔の前で手を合わせる。 「あっ! 陸、もしかして写真写るの嫌!? だったら無理強いはしないよ! アイツさ、俺が陸は赤い帽子が似合ってたってつい口を滑らせたら、顔見たいって騒いじゃって……!」  赤い帽子。初詣の日に史也に被せてもらった、結局は外に出る時に寒いからってそのままあげると言われた物だ。 「赤い帽子の写真が欲しいの?」 「あ、いや、そういう訳じゃなくて……ええと」  史也には色々と世話になってるけど、物として何かもらったのはこれが初めてだった。お古だし、史也にとっては余ってた物をあげた程度の認識なんだろうけど、これは即座に俺の一番の宝物になっている。  だって、この数年、プレゼントなんてもらったことがなかった。考えてみたら、涼真は俺の誕生日だってうろ覚えだったし、今日は俺の誕生日だよと俺が自分で買ってきたケーキを見せても、ケーキを食った後に大抵くれるのはキスとセックスだけだったし。  俺は別に、お揃いの指輪が欲しいとかもなかったし、基本コンビニとスーパー以外は外に出なかったから、あれが欲しいこれが欲しいなんていう欲求も元々少なかった。もし涼真に何が欲しいと聞かれたところで、答えられたとは思えない。  だからいいんだけど。いいんだけどさ。 「あ! あれ、もしかして妹さんからのプレゼントだったりしたのか!? やだなあ、だったら言ってくれれば……っ」  本当は返したくないけど、でも人からのプレゼントを奪うなんてできないだろ、と思ったら。 「ち、違うっ! あれは俺が自分で買ったやつだから!」  声がでかい。でも、必死な様子にホッとした。 「違うんだ! 俺が、陸が可愛かったなんて言っちゃったもんだから、顔を見てみたいって騒いじゃっただけで!」 「え……」  可愛いって……俺が? 史也から見て、俺って可愛いの? 「……ふえっ!?」  理解が脳みそに到達した途端、おかしな声が漏れた。え、可愛い!? そりゃあ涼真には散々言われたけど、あれはヤッてる時の言葉っていうか、そりゃまあ童顔だしこの間だって顔を半分隠したら女子に見えなくもなかったりしたけども、でも。  ……史也、俺の顔が少しは好き……とか? マジ? だったら……すごく嬉しいんだけど。 「お、俺、可愛いのか……?」  史也がズイ! と顔を近づけてきた。必死さが伝わる焦り顔は、やっぱり可愛いのひと言に尽きる。 「か、可愛いよ! あ、可愛いって言われるの嫌!?」 「あ、いや! 別にいいし! だって俺史也のことも可愛いとか思ったりしてるし、一緒っていうか!」 「へ……っ?」  あ、しまった。手でパッと口を押さえると、史也が細目を普通の人くらいに大きく開いてアワアワし始めた。 「え? お、俺?」 「え、あ、うん、焦ってる時とか可愛いじゃん、だって」  揶揄っているように見えますようにと願いつつ、史也を指差して斜に構えてニヤリと笑う。 「え!? やだなあ、恥ずかしいから! あはっ」 「史也だって! まあ俺はいいけどさっあはは!」  うふふえへへと、何だか怪しげな笑いをお互い繰り出した。 「じゃ、じゃあ、史也と一緒に撮っていい?」 「あ、う、うん! そうだよね! ひとりの写真送られるのもだよね!」  そんな感じで、なし崩し的に赤い帽子を被り、肩に史也の手を回され寄り添いながら撮った写真は。  俺のふたつ目の、大事な宝物になった。

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