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27 衝撃の事実

 あっという間に一月も半ばを過ぎ、俺が史也の家に転がり込んでひと月が経った頃。  今日は史也は、就職セミナーに出かけている。俺はというと、バイトがないので引き篭もりの日だった。絶好の勉強日和なので、教科書片手に頑張っているところだ。  そういえば、高卒認定試験って持ち物は何がいるんだろう。  まだ調べていなかったことに気付いた俺は、大分感覚が戻ってきた携帯を使って調べてみることにした。  史也がざっと調べてくれていたので、春に願書を出して夏に試験があるのは分かっていた。費用も一万円以下と聞いてホッとしていたから後は願書の前になったらと思っていたけど、何でもかんでも史也に任せっきりもどうなんだ。  自分のことなのに、人任せ。これじゃ、いつまで経っても寄生虫根性から抜け出せない。  そう思って、史也に「俺だってちゃんと調べてるよ」とか言って偉いって褒めてもらいたいっていう下心もそれなりに持ちながら、ブラウザで検索を始めた。  そして。 「え……住民票?」  住民票・戸籍抄本一通が必要とある。え、住民票って何だっけ。  慌てて、今度は住民票を検索した。市役所に行ってもらえる書類らしくて、俺の戸籍がある市の市役所に行ったらもらえるんだそうだ。  ――俺の戸籍。嫌な予感がじわりと忍び寄ってきた。  意識がそちらに傾きそうになるのを無理矢理停止して、今度は市役所のホームページを見に行く。 「本人確認が出来る物……」  要は、身分証明書だ。マイナンバーカードや運転免許証、パスポートなど。どれもない場合は、保険証ともうひとつ、例えば学生証や銀行のキャッシュカードを提示、とある。  ……どうしよう、何ひとつない。  つまり、導き出される答えはひとつ。 「え、俺、試験も受けられないの……?」  勉強しても試験を受けられないんじゃ、どうしようもないじゃないか。  唖然として、言葉を失った。  多分、史也はまだここまで読んでなかったんだと思う。連日俺の勉強を見ながら、慣れないエントリーシートを書いたり日程を組んだりしていたから、史也自身に余裕がなかったことも知っている。  俺に試験を受ける資格がなかったって、こんなに色々俺の為にやってくれている史也に何て伝えたらいいんだよ。 「え、どうしよ……史也、え、俺……」  頭の中がパニックになりかけていた。喉がギュッと痛くなって、視界がぼんやりと滲む。  だって、なんなんだよ、このシステム。家にどうしたっていられない奴なんて、世の中ゴロゴロしてるじゃないか。  そういう奴は、今より少しまともになりたいと思ってもいけないのかよ。一回ドロップアウトしたら、会いたくもない家族に頭下げに行かないと、元の位置に這い上がることすら許されないのかよ。 「ふ……史也……っ」  何か方法ってないのかな。俺、馬鹿だから何も思いつかないよ。  助けて、分かんないよ。 「う……っ」  悔しくて、結局は自分の力だけじゃ何も変えられないのが分かってしまって、苦しい。辛い。  今すぐ史也に縋りたかった。あの細目に心配そうに見下ろされながら、「大丈夫、きっと何とかなるよ」って気休めでも慰めてもらいたかった。  ……そうだ、電話。いつでも電話していいよって言ってたから、電話しよう。  携帯の時計を見る。……駄目だ、今はきっと説明会の真っ最中だ。そんな大事な時に、俺のダメダメな話なんてしたら、お人好しの史也のことだから、途中で放って帰ってきてしまうかもしれない。  駄目だ、駄目、俺は史也の足を引っ張りたいんじゃない。  荒くなっていく息は止めようもなくて、携帯を拳で握り締めた。拳を胸にきつく押し付けて、畳に額を付いて縮こまる。外界から身を守るハリネズミみたいに。  これまで幾度もそうして乗り越えてきたから、これもこうして忘れたふりをすれば、きっと大丈夫だから。 「う……っ」  逆さ気味になった鼻に涙が通って、プールで回転した時みたいにツンとする。痛い、嫌だ、また駄目な俺に戻っていくようで、怖かった。折角、未来に目標ができたところだったのに、なんで、なんで。 「史也あ……っ」  携帯を、壊れんばかりに握り締めた。掛けたい、縋りたい。でも。  史也に嫌われたくない。これ以上駄目な奴って思われたくないから。  息を整えようと深呼吸しても、細かな震えと共に漏れる嗚咽は消えてはくれなかった。  ――落ち着け、駄目だ、こんな姿を史也に見せたら、もしかしたら今度こそ飽きられるかもしれないじゃないか。  だったら今。今の内に、こうして吐き出してしまおう。 「――うあああっ!」  ドン! と額を畳に打ち付けて、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きむしった。指に絡んで、引っ張ったら痛くて、また涙が出る。 「あああ……っう、うう……っ」  ……それでも、史也に「偉いね陸」と、あの笑顔で褒めてもらいたいんだ。  だったら……父さんだけに何とか連絡を取れないか。  グイッと涙を拭くと、史也に貰った赤いニット帽を目深に被り、財布を引っ掴んだ。  大丈夫だ、俺なら行ける。だって、この間史也に手を引かれて外に出たら、楽しかった。ちゃんと笑えたから。  コートを羽織り、史也に貰っていたスペアキーで鍵を掛けて、走って向かった。  ――駅へと。

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