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41 史也の怒り

 俺を抱えて急いで涼真から距離を置いた史也が、細目だけど相当怒っていると分かる顔で、涼真に向かって怒鳴りつけた。 「陸が不幸になるって分かってる場所に、はいそうですかって返す訳ないだろ!」  俺はというと、突然の史也の実力行使に、完全に思考停止している。だって、ちょっとよく分からない。告白めいたことも言ったのに、何だって史也は俺を涼真から遠ざけようとしてるんだろう。物理的に。  ――あ。おかんだから?  両手を広げてポカンとしていた涼真が、ビキ、とこめかみに血管を浮かせる。 「てめえ……っ」 「迷惑だの負担だの、人の気持ちを勝手に決めるな! しかも家がぐちゃぐちゃとか、もう別れた陸には関係ないだろ!」  確かにその通りなんだけど、それを言ったら涼真が怒る。怒った涼真は遠慮がないから――。  史也が俺を抱えたまま、叫んだ。 「お前なんかより、俺の方がずっともっと陸を大切にできるもんね!」  言い方が可愛い。こんな時だっていうのに、史也の口調ってやっぱりソフトだよなあ、なんて心がホワンと暖かくなった。でも、あれ? 俺を大切? え? 「は……?」  涼真が、ぽかんと口を開けた。すぐに顔を苛立たしげに歪ませる。 「陸がいなくなると不便か? でももう陸は」 「不便とか便利とか、そんなんじゃない!」  史也特有のでかい声が出ると、涼真がそのでかさからかビクッとした。やっぱりでかいよな、声。  俺は何も言えなくて、ただ二人の顔を交互に見ているだけだった。だって、だって――。  大切にできるってどういうことだよ。勘違いしそうなことを、すぐに言うなよ。  ――信じたくなっちゃうじゃないか。  史也が、町中に響き渡りそうな大声で叫んだ。 「俺は陸の幸せそうな笑顔が見たい! でもあんたの話をする時の陸は、いっつも辛そうに笑ってた!」 「史也……」  そんなことを思いながら、俺の話を聞いてくれていたのか。  俺を抱え続けたまま、史也は続ける。喉に拡張器付いてるのかなって思うほどの大声で。 「そんなところに陸は返せない! ていうか、この先陸を沢山笑わせるのは俺だから!」 「へ……」  何言ってんの、史也。ぱくぱくと口を動かすと、キッと史也に顔を向けられた。ちょっぴりだけいつもより凛々しい。  なんだけど、俺に向けた言葉は少しどころじゃなく弱々しくなっていた。 「も、もっと陸が精神的に落ち着いたら言うつもりだったんだ……っ」 「え……何を……?」  スウ、と史也が大きく息を吸う。ま、待て! この距離でその大声は――! 「俺は陸が好きだーっ! 前からずっと気になってたっ!!」 「へ……っ」  嘘、嘘だ。  あ、でも、だったらこの間のオナニーの時のは……え、マジで? 「陸が泣いてコンビニに駆け込んできた時! 陸には申し訳ないけど、俺はあの時俺のシフトで本当によかったって神様に感謝した!」  神様って、大袈裟な。それにしても、鼓膜が破れそうなくらいでかいな、声。  後ろで涼真が何か言ってるけど、ちっとも聞こえやしないんだけど。 「陸の全部が可愛い!」 「ちょ……史也」 「迷惑どころか、至福の時!」 「うわ……っ」 「むしろ全力で面倒をみたい!」 「うお……っ」  俺を睨むようにして見つめる史也の細目は、それでもやっぱり優しくて。 「陸の口から涼真の話が出なくなるまでは、黙ってるつもりだった! でも、陸が言いくるめられてまた苦しむなんて、絶対絶対絶対許せない!」 「てめ……っ」  涼真が拳を振り上げて近付いてくると、史也は何を思ったか、突然涼真の鼻に頭突きをかました。俺を抱き抱えたまま。うおう、案外アグレッシブ。 「ぐあっ!」  史也はイテテと言いながらもすっくと立つと、涼真に向かって堂々と言い放った。 「俺はあんたと違って陸と一緒に過ごす!」 「なん……っ」  たらりと鼻血が流れて、涼真が慌てて鼻を押さえる。  史也の大声の主張は続いた。もうこれ、コンビニまで聞こえてるんじゃないか。ようやく少し周りに目がいくようになって周囲を見回してみると、ああやっぱり、色んな人が遠巻きに俺たちを見ている。  これじゃ見世物なんだけど、でも……堂々としている史也の態度が、嬉しい。涼真と違って、史也は俺の存在を隠そうって思わないんだなって思えて。 「初詣だって、何度目だってこれが初詣だよって言って行く! ご飯を作ってくれたら美味しいありがとうって伝える! 心配だと思ったら心配だって言葉で伝える! 実力も行使するけど! 年明け早々、自分が眠いからって陸を家から追い出して一日中公園でぼうっとさせたりなんかしない! 俺は全部一緒に過ごす! できない時は、ちゃんとごめんねって穴埋めをするっ!」 「……」  ここにきて、ようやく涼真が目を伏せた。覚えがあることを大声で言われて、戸惑ってるのかもしれない。 「それにな! 二人の寝室に別の奴を連れ込んでヤるなんて、どんな言い訳しようが絶対許されると思うな!」  史也が、俺の気持ちを代弁してくれていた。嗚咽が酷くて、苦しい――でも、嬉しい。 「しかも恋人の誕生日の直前に! 大事な人の誕生日を適当に済ませるなよ! 大人なら、自分の機嫌で人を振り回すなよ! ありがとうとごめんなさいをちゃんと言えよ! 陸がどんだけ寂しかったと思ってんだよ! 大切な人にやることじゃないだろ!」  噛み付くように叫ばれる内容は、全て俺が言いたくても言えなかったことばかりだった。史也にだって、それが嫌だったなんて言わなかった筈なのに、なんで史也は俺の気持ちを知ってるんだよ……! 「史也……! も、もういい、もういいよ……っ」  とめどなく涙が溢れ出て、史也の首に抱きついた。

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