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48 囲い込み開始
俺の口からも、俺がどうやって三年間を過ごしていたかを涙ながらに伝えた。
父さんは、俺の背中や頭を撫でながら、うん、うん、と聞き続けてくれた。
それでも、こうして和解できても、やっぱり今すぐあの家には怖くて行けない。
自分の母親との思い出よりも、あの女と過ごした年月に埋め込まれた恐怖の方が勝ってしまっていた。
別れ際、父さんが俺の手を握り続けながら決心したように言う。
「……うん、よし。引っ越そう!」
「父さん?」
「もうこうしてお前と繋がることができたんだ。エリカちゃんも高校生になって電車通学だし、もうあの家に拘り続ける必要もない。だったらお前が来やすいように、この駅でセキュリティが高いマンションでも探そう、かな」
はは、と照れくさそうに笑う父さんを見て、止まっていた涙がまた溢れた。
「……今度、エリカちゃんにも会ってくれないか。多分、あの子は陸に沢山伝えたいことがあると思うから」
「うん……っ」
俺も、エリカちゃんに会ったら伝えたいことがある。父さんを守ってくれてありがとう。頑張ってくれてありがとう、俺だけ逃げてしまってごめんなさい、と。
玄関のドアを開けて外に出た父さんが、史也と俺を晴れ晴れとした顔で交互に見た。史也に視線が定まると、深々と頭を下げる。
「史也くん、陸を宜しく頼みます」
「ああっ! 頭を下げないで下さい!」
史也が慌てて父さんの肩を揺すったけど、父さんはそのまま頭を下げ続けた。
「君の言葉に、俺も陸も励まされた……感謝してもし切れない。本当にありがとう……っ」
「お父さん……」
この人、さらっとお父さんって呼んでるよ。目を開いて史也を見ると、へへ、と照れくさそうに笑われた。これ、絶対わざとだ。
「顔を上げて下さい、お父さん」
史也の言葉に、父さんがゆっくりと顔を上げる。史也はできる限りのキリッとした顔を作ると、のたまった。
「俺、必ず就職活動を成功させて、陸が安心して暮らせるように頑張りますから。陸のことは俺にまかせて下さい! 絶対幸せにしてみませます!」
「史也くん……っ」
ちょっと待て、なにそのお宅のお嬢さんをください的なやつは。俺があんぐりと口を開けていると、史也は俺の腰をぐいっと掴んで引き寄せた。満面の笑みで。
「今度、俺も一緒に改めてご挨拶しに伺いますね! エリカちゃん、どんなものが好きなんですかね? 俺にも妹がいるんで、リサーチしようかなあ」
「ちょ、史也……っ」
こいつ、さっそく俺の家族の囲い込みを始めたぞ。
俺が目を剥いていると、父さんは可笑しそうに小さく笑った。史也の思惑なんて、お見通しなのかもしれない。それと、俺がそれを嬉しいと思ってしまっていることも。――ああもう、恥ずかしい!
「父さんの前でいちゃつくなよっ」
史也の胸を思い切り押して身体を離そうとすると、史也がいつものふんわりとした笑みを浮かべた。
「え? いいじゃない。これからは外でも沢山いちゃつこうね。俺、陸のことを自慢したいし」
「ぶ……っ」
なんてことを言い出したんだ、コイツ。カアアッと身体が熱くなるのが分かった。絶対今、俺の顔は真っ赤になっている。
父さんが、可笑しそうに笑った。
「あはは……っ! 陸、しっかり甘えられる相手でよかったなあ」
「ちょっと、父さんまで!」
「頼り甲斐のある息子が出来て嬉しいよ」
「ぶっ」
父さんは笑いながらもう一度頭を下げると、「近い内に連絡するから」と言ってにこやかに帰っていった。
玄関のドアをパタンと閉めてついでに鍵も閉めた史也が、くるりと俺を振り返る。
その顔に、笑みは浮かんでいなかった。
史也は俺の為に連日駆け回ってくれていたから、疲れたんだろう。それに今日は涼真とのことだってあったし。
史也を見上げて、微笑みながら伝える。
「史也ってさ、本当にいい奴だよな」
史也は俺の目の前まで戻ってくると、俺の両肩に優しく手を置いた。相変わらず笑顔がない状態で俺に言う。
「あのさ。俺、別にいい奴なんかじゃないよ。下心ありありだし」
「え?」
突然何を言い出したんだろう。ぽかんとして史也を見上げていると、史也が屈んでどんどん俺に顔を近付けてくる。
「陸のこと、可愛いなあ、もっと仲良くなりたいなあってずっと思ってた。笑うと滅茶苦茶可愛いし。笑わなくても凄く可愛いけどね! でも男相手じゃダメだろうしって思ってたら、あの日にまさかの男と別れたって聞いて、俺、心の中で手放しで喜んだよ」
「ぶ……っ」
そういえば涼真の時もそんな様なことを言っていたけど、あれって本当だったのか。……一体いつから俺のことが気になってたんだろう。全然気付かなかった。俺の眼中になかったと言ったら史也が泣きそうだから、絶対に言わないけど。
史也が俺の肩をぐいぐい押してきて、背中が壁にくっついた。史也はでかいから影になって、逆光になる。顔はやけに真剣だ。思わず唾をごくりと飲んだ。
「この機会を逃したら絶対後悔すると思って、必死だったもんね」
でも言い方が可愛い。やっぱり史也って可愛いな。
「そ、そうだったの? 俺、全然気付かなくて……っ」
「とにかく陸を家に連れて来ないと、こんな可愛い子を野放しにしたら危険だって必死だったし」
確かに、誕生日プレゼントだって言って宿泊権をくれたけど、よく考えたら滅茶苦茶だよな。まあ助かったけど。
「一緒に住んだら、陸ってばもっと可愛いところ沢山見せてくれるし、幸せだなあってずっと思ってた」
「か、可愛いところ?」
俺が首を傾げると、史也は真剣な表情のまま、深く頷いた。
「俺が美味しいって言うと嬉しそうに笑うし、俺がありがとうって言うとほっぺたが赤くなるし、寝てる時はちょっと口が開いていて食べちゃいたいくらい美味しそうだし、着替えの時とか、見ると勃っちゃいそうだから見ないようにするのが大変だった」
「ちょっと」
「仕方ないでしょ。好きな子がそこで生着替えしてるんだよ?」
言い方ってあるよな。
「陸と一緒にいられるようになって、毎日幸せでさ。でも陸は俺のことは全然意識してなさそうだったし」
「そ、そんなことない……っ!」
「……え」
好きだって伝えた筈なのに、なんでそんなに驚いた顔になってるんだよ。
面白くなくて、俺は口を尖らせた。
「史也に触る度にドキドキしてたし、史也がいないと寂しくて死んじゃいそうだったし」
「……くうっ」
史也が喉から変な音を出す。大丈夫かな。
近くにある史也の目を見つめながら、ちゃんと伝えることにした。
「俺、かなり最初から史也のことが好きになってた。でも、俺は男だしって思っ……」
「キスしていい?」
「へ? 史也、俺の話聞い……んぅっ」
喋っている最中に、史也の唇が俺のものに重なった。
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