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53 不安で

 頭が真っ白になった後は、よく覚えていない。  史也が何か言っていた気もするけど、内容が頭に入ってこなかった。とりあえずただひたすら狂っちゃうくらいに気持ちいいのが辛くて、でもやめてほしくなくて、必死に史也に縋りついたのは覚えている。  ……それと。  何だか苦しそうな史也が俺から出ていった時、やだって言ったかもしれない。ぎゅっとしてとかもっとじゃないと嫌とか、うわ言のように甘えて我儘を言った……ような。  汗だくの史也にぎゅっとされても足りなくて、もっともっと、と言った微かな記憶。  ――あ、あと……。  今度は正面から入ってきた史也に何度も執拗に奥まで突かれて、史也に足と腕を巻き付けて離れたくないって泣いたような。 「……うわあ」  恥ずかしい記憶が戻ってきたと同時に、今自分が布団に仰向けになって寝かされていることに気付いた。部屋の電気は常夜灯に切り替えられている。 「あれ……」  横を向いた。……史也の影がある。肘枕をしてこちらに顔を向けているのが、暗い中でも分かった。  事後は涼真はいつも背中を向けて寝ていたから、目が覚めた時に顔がこっちに向けられていると、慣れなくてドキッとする。 「……大丈夫?」 「えっ!? あ、う、うん!」  細目だから寝てると思ってたけど、起きていたらしい。  史也の穏やかな息遣いと、汗と雄臭い匂いが微かに香る布団。ああ、俺は史也に抱かれたんだな、とようやく実感が湧いてきた。  いつもならジンジンと痛む穴周りは、異物が入り込んだ後の違和感は残ってはいたものの、全然痛くない。  史也にこれでもかって解されたからだ、と気付いた。  改めて気付くと、顔を見るのが恥ずかしい。でも今は暗いから、辛うじて真っ直ぐ目を見ることが出来た。 「ええと……ずっと起きてたの?」 「うん。陸の顔、ずっと見てた」 「へ……」  そういえば、いつの間にか上はスウェットを着ている。股の周りもサラサラしてるし、下着も履いているみたいだ。史也が拭いて着せてくれたんだろう。……おかんがいる。  下着以外は下は履いてなくて、俺の足の間に史也の素足が挟まってるけど。  俺は気になってたことを尋ねることにした。 「あのさ……っ! 史也、ちゃんとイけた? 俺ばっかり騒いじゃって、そのっ」  直後、何の前触れもなく史也の唇によって俺の口が塞がれる。口が開いてたから、舌もぬるんと入り込んできて……ふ……史也、好き。  暫くくちゅくちゅとされるがままに口内を蹂躙されていた俺だったけど、甘いキスの余韻にぽやんとなっていたら、史也がくすりと笑って言った。 「覚えてないか。勿論イッたよ。陸の締め付けが想像以上に凄くて千切れるんじゃないかって焦ったけど、それも搾り取られるみたいで気持ちよかったし」 「ぶ……っ」 「二回戦したの覚えてない? もっともっとって凄く可愛くねだるから、俺もちょっと余裕なくなっちゃって……えへへ」  覚えているような、夢の中の出来事だったような。とりあえず俺は、とてつもなくでろでろな液体になって、史也に絡みついていたらしい。    俺が口をあんぐり開けていると、史也は更に続けた。 「いつも想像していた以上にエロ可愛いんだもん。中イキを繰り返して前もイッた後はこてんって寝ちゃってそれも可愛かったし、こんな可愛いのが俺のものなの!? って思ったら、眺めないで寝るのが勿体なくて」  いつもって言ったぞ、コイツ。俺のどんな乱れた姿を想像してたんだよ。 「……ていうのも半分あるけど、陸が起きた時に不安に思わないか、俺と寝て後悔してないかが心配で、それで寝付けなかっただけ」 「え……?」  史也の指が、俺の前髪をさらりと梳かす。史也の目尻は、なんで濡れているように見えるんだろう。 「俺……陸が好きで好きで、でも前にコンビニに涼真が来た時、あんな格好いい奴と付き合ってたなら俺なんか相手にされないかなって半分諦めかけてた」 「史也……」  そんなことを考えてたのか。いくら顔がよくたって、俺が本当に必要としてたのはそんなのじゃなかったのに。 「でも、諦めたくなくて……。陸の役に立ちたいって勝手にひとりで動いて、それも余計なことだって言われたらどうしようって思ったら不安だった」  そんな。史也がいてくれたから、史也が俺のことを一所懸命考えてくれたから、だから俺は救われたのに。  悲しそうに微笑む史也の頬を両手で挟んで、思い切りぶちゅっとキスをした。 「ぶふっ!?」  目を白黒させているけど、構うもんか。  噛みつくようなキスをしている内に、史也の力が抜けてきた。首に腕を絡めると、史也は俺の耳を指に挟んで愛おしそうに撫でる。  俺も、ちゃんと史也に伝えよう。史也が俺にしてくれたように。今度は俺が史也を安心させてあげる番なんだ。 「……俺、史也が俺を心配してくれる度に、嬉しくて好きって言っちゃいそうで不安だった」 「え……」 「手を繋いだら心臓の音が聞こえるんじゃないかって、俺が好きってことがバレたら、俺を気持ち悪いって思って離れていくんじゃないかって、怖かった」  いつもよりちょっぴり目が大きく開いている史也に、笑顔を見せながらチュッと触れるだけのキスをした。 「俺、史也の顔も性格も、可愛いと思ってるよ」 「……えっ!?」 「史也は、俺の顔だけ好きになったの?」  俺が尋ねると、史也はハッとした後、首をふるふると横に振った。 「違うよ! 陸の、小さなことにも一所懸命になるところが可愛かった。話をすると、照れて小さく笑うところが可愛かった。どんなに相手に嫌な思いをさせられても、責める言葉が出てこなかった」  そう……だったっけ? 自分ではよく分からないから、小さく首を傾げるだけに留める。  史也の手が、俺の頬や首を優しく撫でていった。 「陸の……健気で優しいところ、でも自分で何とか頑張ろうって思う強いところが、見ていて危なっかしくて、それと同時に眩しくて」 「……褒め過ぎだって」  ううん、と史也は微笑みながら首を横に振る。 「そんな陸から、目が離せなくなった。一緒に暮らし始めて、もっともっと好きになって、俺に振り向いてほしくて、もうがむしゃらだった」 「史也……へへ」  そんなに想われてたんだ。やっぱりちっとも気付かなかったけど、史也の中が俺ばっかりで占められてたと考えると、勝手に頬が緩んだ。  そんな俺を愛おしそうに見つめていた史也が、ぽつりと言う。 「――俺の昔の話、聞いてもらっていい?」  きっと、史也の大事な部分の話だ。 「うん。史也のこと、もっと知りたい」  真剣に答えると、史也は俺の頭を撫でながら、史也の過去を語り始めた。

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