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55 家族と友人

 これは後日談だ。  コンビニの仲のいい仲間には、俺たちのことを知ってもらいたい。  俺がそう言い出したことで、史也は焦りを見せた。でも、暫くひとりで焦った後、「分かった」と重々しく頷き賛成してくれた。  ということで、井上さんと一緒に上がり、史也が迎えにきたところで話をすると。 「あっようやくなの!? おめでとー!」 「は?」  随分とあっけらかんと言われた。どういうこと? と史也の方を見ると、サッと目を逸らされる。……まさか。  井上さんが、自分のより大分上にある史也の肩をバンバン叩いた。 「細木くんさ、もうずーっと斎川くんのこと可愛い可愛いって言っててさあ! 俺とファムくんに手を出さないでねって、低姿勢な癖に圧かけてきて怖いのなんのって!」  あははと笑っている井上さん。何で史也があんな反応をしていたのか、これで分かった。とっくに喋ってんじゃないか。言えよ。  井上さんの暴露は止まらなかった。本人は暴露しているつもりもないんだろうけど。 「でさあ、あのツーブロック悪い男風イケメン? あれが要注意人物だって細木くんから報告入ってた奴でよかったんだろ? 俺正解だった?」 「あ、はい」  史也がへらへらと笑いながら頭を掻く。それも話してたのかよ、おい。 「それをさりげなく颯爽に撃退する俺! 俺が知ってるなんて、斎川くん思わなかったでしょー?」  さすがは役者。確かに全く分からなかった。  井上さんは、更に続けた。史也が目線を彷徨わせる。 「あんまり優しくし過ぎるなって釘を刺されてたからさー、細木くんてあれだよね、独占欲強め? 斎川くん、あんまり細木くんにヤキモチ妬かせないようにね! 多分こいつ結構根に持……むぐっ」  お喋りが止まらない井上さんの口を、史也が手で塞いだ。後頭部に片手を添えて。 「井上さん、本当にありがとうございました」 「ん、んん!」  史也の笑顔の圧を受けても、口を封じられても、井上さんはとってもいい笑顔で親指をグッと突き上げる。この人はこの人で、凄いメンタルの持ち主だな。  二人の可笑しな姿を見ている内に、俺の奥底から笑いが込み上げてきた。 「ぷ……っくくくっ、あははは!」 「陸、ちょっと……っ」  眉を垂らした情けない顔で、史也が俺を見て苦笑する。 「俺って皆に守られてたんだな! 知らなかったけど、でも……ありがと!」  二人まとめて抱き締めると、史也が「井上さん触らないでね!」と騒ぎ、井上さんは「後輩って可愛いよなー」とまるっと無視して俺の頭を撫でた。  史也が、焦りを隠しもせず叫ぶ。 「触らないでってば!」 「お前なあ、そういうのって狭量って言うんだぞ。心の狭ーいやつ!」 「……くううっ」 「あはははっ!」  可笑しくて幸せで。  俺の笑いは、史也が俺と井上さんを引き剥がして、史也の腕の中に俺を閉じ込めるまで続いた。 ◇  俺の義理の妹、エリカちゃんとの再会は、お互い笑いながら泣きまくるという訳の分からないものになった。  お互いごめんなさいを言い合っては泣いてを繰り返す俺たちを見て、父さんと史也が助け舟を出す。 「ケ、ケーキの時間にしようか!」  と父さんが言えば、 「エリカちゃんが選んでくれたんだよね!? わあ、美味しそうだなあ!」  と史也が盛り上げてくれた。  四人でちゃぶ台を囲んで食べた甘い筈のケーキは、やっぱりちょっとしょっぱかったけど。 「……もう一度、お兄ちゃんて呼んでいい?」  瞼が腫れた妹に、照れくさそうに言われる。幸せ一杯になった俺は、泣き笑いしながら大きなひと切れを口に運んだ。 ◇  夏に受けた高卒認定の試験に一発合格すると、史也も父さんもエリカちゃんも、自分のことのように喜んでくれた。それと、史也の家族も。  その中でも特に、史也の妹のハルカちゃんの喜びようは凄かった。教科書やらなにやら用意してくれたのはハルカちゃんだったからかな、と思っていたら、史也が「アイツ陸を推してるから……」と若干嫌そうに呟いていた。推し?  ちなみにそのハルカちゃんとエリカちゃんは、ハルカちゃんがこっちに遊びにきて会った際に意気投合し、早速連絡先を交換していた。今では、仲良く毎日俺たちの噂をしているんだとか。  そう。俺は、史也の実家にご挨拶に伺った。教科書やら参考書やらを送ってもらっただけじゃなく、自家栽培の野菜もいつも美味しくいただいている。なのにご挨拶もないのはどうなの、と俺の方から言い出したからだ。  電車は、正直言ってまだ怖い。だけど、史也が隣にいて俺の手をずっと握っていてくれたから、駅の改札を通ることが出来た。  史也の家族は皆明るくて、うまく笑顔を出せない俺のことも、優しく受け入れてくれた。こんな俺のことを、新しい家族だって言ってくれた。 「お兄ちゃんって呼んでいい?」  ハルカちゃんに言われて俺の頬が緩むと、史也は「俺の恋人だから!」と焦った顔で俺を腕の中に掻き入れる。自分の家族にまでヤキモチ妬くなよ。  史也はかなりの心配性なのは前から分かっていたけど、束縛という名のヤキモチもなかなかなものだ。まあ、それが心地よくて幸せに感じている俺からしたら、これも可愛い内に入ってるんだけど。  でも、調子に乗るともっと束縛されそうだから、絶対言わないようにしている。もしかしたら、顔に出ちゃってるかもしれないけど。  俺は笑いながら、史也の拘束を掻い潜って答えた。 「勿論だよ! 史也の妹は俺の妹だからね」 「わーい、やったー!」 「陸! 甘い顔しなくていいからね!?」 「今度遊びにおいで! 美味しいもの食べに連れて行ってあげるよ」 「きゃー! お兄ちゃん素敵!」 「……陸ううっ!」  俺たちのやり取りを見ていた史也の家族の笑顔は、俺の一生の宝物になるだろう。  そう思えた。

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