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第10話 許された恋心

 それから、身体を拭いて、歯を磨いて、髪を乾かして。  下着だけ身につけて、二人揃ってベッドルームに向かった。  雪崩れるように、ベッドに二人で飛び込む。  二人を受け止め緩やかに波打つシーツの上、向かい合って寝そべると、ソウイチは真山の頬を両手で包む。  真山のすぐ目の前に、愛らしいソウイチの顔がある。 「マヤくん」 「マヤでいいよ」  ソウイチをもっと近くに感じたかった。  その甘やかで優しい声で仮初の名を呼んでほしい。マヤと呼んでほしい。そんな思いが真山の中にはっきりと芽生えていた。 「マヤ」 「そーいちさん、嬉しい」 「俺のこともソウイチでいい」 「そーいち」 「ふふ。嬉しいな」  どちらからとなく笑い合う。  引き寄せられるように始まった触れるだけの口付けは、すぐに深いものに変わっていった。  唾液を分け合って、濡れた唇を齧って、互いの温もりを纏う吐息を混ぜ合う。  もう、息の仕方もわからなかったソウイチはいない。今夜のソウイチは真山と舌を絡ませて、上手に粘膜を味わっている。 「今夜は、俺にさせてくれないか」  言われて、前回もその前も同じように自分が主導権を握っていたのを思い出す。ソウイチも十分慣れたように思う。ソウイチがどうやって自分を抱いてくれるのか、真山は興味があった。 「ん、して」  甘さをたっぷりと含ませた声でねだると、ソウイチの喉仏がひくんと震えたのが見えた。  緩やかに波打ったシーツの上、横たわる真山の胸に、ソウイチの手のひらが優しく触れた。  初めて触れるようにたどたどしく、薄い胸板を温かな手が撫で、柔らかな唇が押し当てられる。慈しむように、壊れやすいものに触れるように、ソウイチが躊躇いがちに真山に触れるたび、真山の身体は熱を上げていく。  ソウイチの柔らかな唇がゆったりと腹へと降り、腹の下ではっきりと兆した昂りに触れると、真山の身体は大袈裟に反応する。  そこを舐めようとする客はほとんどいない。期待と歓喜を膨らませる慣れない刺激に、真山は慌てた。 「っ、そ、いち」 「僕にさせてくれ」  澄んだ声とともに見上げる薄茶色の瞳には、昂った光が宿っていた。  ソウイチの自分の呼び方が、僕になっている。  澄んだ柔らかな声で俺と言うのが不思議な感じがしていた。  ソウイチが自分のことを僕と呼ぶのはとても可愛く思うし、似合っていると真山は思った。  本人はそれが嫌でわざと俺と呼んでいたのかもしれないが。  取り繕えなくなるほど余裕がなくなっているのなら、それはそれで嬉しいと思ってしまう。真山も、余裕はそんなにない。 「そーいち、嬉しい。して」  真山が呼ぶと、ソウイチは甘やかに微笑んだ。  厚みのある唇を大きく開けて、ソウイチの温かな粘膜が、芯を持ち反り返る真山の昂りを包み込む。 「ん、む」  真山もアルファだ。決して小さくない真山の昂りを、ソウイチは深々と咥え込む。 「そ、いち、苦しく、ない?」 「ン」 「きもちい、そーいち」  頭を撫でると、ソウイチは、様子を伺うように上目遣いに真山を見上げた。  ソウイチはゆっくりと頭を上下させる。  温かな粘膜に擦られて、真山は甘い声が止められない。 「ん、ふ、じょーずだね」  ソウイチは時々真山に視線を向けながら、熱い粘膜でゆったりと真山の昂りを擦る。熱く濡れた舌で幹を撫で、裏筋をくすぐって真山を高みへと誘う。  ソウイチの熱い粘膜の中で堪え性なく跳ねる性器が真山の羞恥を煽る。  ソウイチにされているというだけで、身体が拾い上げる快感が何倍にもなった。  高みはすぐそこに見えている。 「っ、いく」  ソウイチの頭を押さえつけたい衝動をなんとか堪えて、真山はシーツに爪を立て、きつく握りしめた。  吐精は長く続いた。何度も脈打って、熱いものをソウイチの口の中に放っていく。白い濁りがソウイチの温かな粘膜を汚していくことに、後ろめたい興奮を覚えた。  受け止めてくれることだけでも嬉しいのに、こともあろうにソウイチはそれを飲み込んだ。  こくんとソウイチの喉が鳴って、真山は目を見開いた。  甘い余韻は刹那に吹き飛んで、吐精の後の荒い息だけが残る。 「っ、そ、いち、飲んだの?」 「ん、ああ」  ソウイチは口を離すと、顔を顰めるでもなく、平然としていた。 「もー、不味かったでしょ」 「そんなことはない。君のだ。美味しかった」  ソウイチのがこともなげに笑うので、真山は言葉を失った。  予想外のことばかりだ。このソウイチという男は、真山の想像を良い意味で裏切ってくれる。  否応なしに期待が膨らむ。早く抱かれたい。腹の奥が疼くのを感じて、真山は喉を鳴らした。  ベッドサイドのナイトチェストの上には、二人のスマートフォンとローションのボトルとコンドームの箱が並ぶ。ソウイチは指用と普通のコンドームと温感ローションを用意してきた。物覚えの良い、優秀な生徒だ。  真山はベッドに横たわり、脚を開いたはしたない格好で秘処を晒す。  真山の前に座ったソウイチは指用コンドームを付けた中指と薬指に温感ローションを垂らし、揃えて真山の窄まりに埋めていく。  温かな潤滑剤が粘膜に馴染んで、腹の中の熱と境目が馴染んでいく感覚に眩暈のような興奮を覚える。 「マヤ、痛くないか?」  優しい声で確かめながら、ソウイチの指先は焦ったくなるくらいにゆっくりと真山の身体を拓いていく。 「ふ、あ、へー、き」  ソウイチに中を擦られて、真山は粘膜が溶け出してソウイチの指に絡みつくように錯覚する。 「なか、っあ」 「ふふ、マヤに食べられてるみたいだ」  ソウイチの言う通り、真山の蕾はソウイチの指を食むように収縮を繰り返す。  ソウイチ指先が腹側にあるしこりを優しく撫でると、真山は湧き上がる快感に身体を震わせた。前立腺はもう捉えられてしまった。そこばかりいじめてくるソウイチに文句の一つも言いたいが、撫でられるたびに訪れる快感の波に声がうまく出せない。 「っひゃ」  そのまま押し込むように圧力をかけてしこりを撫でられ、真山は声を引き攣らせた。図らずも上がった嬌声が羞恥を煽る。 「マヤ」 「そ、いち、きもちい」  甘く溶けた声を上げてしまうのが恥ずかしい。  なのに、もっと、自分が気持ちよくなっていることを伝えたかった。 「っく、でぅ」 「出してごらん、マヤ」  ソウイチに優しく促されて、真山は薄い腹を震わせた。同時に、しゃくりあげ、吐精した。何度も散る白濁が痩せた腹を汚していく。 「ッふ、ぁ」  後孔が収斂して、ソウイチの指をきつく食い締める。  足はびくびくと跳ねて、腰が震える。  腹の奥から滲む色濃い吐精の余韻は、真山の意識を滲ませ、理性をふやかしていくようだった。 「いれて、そーいち」  溶けかけた意識と緩んだ理性など、ないも同然だった。  甘くねだった真山に、ソウイチは笑みを返す。ろくに触っていないのに、ソウイチのそれはすっかり昂り、逞しい猛りへと育っていた。  真山は喉を鳴らす。これから、これが自分を貫くのだ。  ソウイチの愛らしい外見とは不釣り合いにも思える、グロテスクさすら感じる逞しい猛り。その幹にはいく筋も血管を浮かせ、小さくしゃくりあげている。  ソウイチはそれに、丁寧に薄い膜を被せていく。飲み込みがいいのだろう。もう真山が何も言わなくても、上手にできていた。  真山はうっとりとその様を眺めた。 「じょうずだね」  蕩けた声で言うと、ソウイチは甘やかな照れ笑いを返した。  ローションをたっぷりと垂らした屹立が、真山の後孔に押し当てられる。  薄い膜越しにも感じる熱に、真山は期待に息を呑む。 「いれる、よ、マヤ」 「ん、ぅ」  ゆっくりと蕾を押し拡げ、入ってくる質量に眩暈がする。温感ローションはすぐに中の熱と混ざって、真山の身体の芯まで溶かすような気持ちよさをもたらした。 「そ、いち」 「ふ、熱くて、溶けそうだ」  ゆっくりと隘路を押し広げて進む楔は、肉壁の中に埋まったしこりを押し潰し、そのまま奥の窄まりまで進んだ。 「まや」  ソウイチはそこで動きを止め、真山の顔を覗き込む。 「いいよ、動いて。気持ちよくして」  真山の声に促されるまま、ソウイチは真山の様子を伺うようにゆったりと腰を揺らす。  中を擦るソウイチのもどかしい動きは余計に気持ちよさを膨らませて、真山の口からは堪えきれない喘ぎが漏れた。 「ン、あ、きもちい」 「よかった。もっとよくなってくれ」  緩慢な動きで奥から浅瀬まで往復するだけなのに、真山の中は時折きゅんきゅんとソウイチを締め付け、勝手に快感を拾う。  丸く張った先端にしこりを撫でられるだけで、背筋から脳髄まで甘い痺れが駆け上がる。  頭の芯が溶け出すような快感に浸されて、真山はすっかり蕩けた顔を晒した。  ソウイチはそんな真山を見て、満足げに笑う。  浅瀬から行き当たりまでゆったりと擦り、奥を優しく捏ねて、ソウイチは優しく真山を抱いた。  気を失うまでした。三回は覚えている。それ以上の記憶は曖昧だった。  溶け出していた意識が戻ってきて、重たい瞼越しにも部屋が薄明るいのがわかる。もう夜が明けているようだった。  身体が温かいものに包まれている。背中にある温もりはソウイチのものだ。  真山は重い瞼を持ち上げる。  青白い朝の訪れた部屋に、昨夜の熱の名残りは見る影もない。  身動ぎすると、流石に腰が重怠かった。気を失うまでしたのは覚えているが、何回したのかは曖昧だった。  布団の中の体が綺麗に拭き清められているのは、ソウイチが後始末までしてくれたからだろう。 「ん……マヤくん」 「そーいちさん?」  振り返ると、まだ眠そうな顔のソウイチがいた。ソウイチもまだ明らかに寝起きだった。  振り返りざまの身体を正面からそっと抱き寄せられる。肌に直接触れるソウイチの体温が、甘えるように真山を包み込んだ。伝わってくる温もりに、真山は口元を緩めた。 「身体は、大丈夫か」  寝起きの少し掠れた声が、優しく鼓膜を震わせる。 「うん。ちょっと怠いけど、大丈夫」  真山の落ち着いた声に、ソウイチは安堵したようだった。 「よかった。無理をさせてしまったかと」 「大丈夫だよ。俺も、アルファだし」 「だが、アルファは抱かれるための身体じゃないだろう」  ソウイチはまだ心配しているようだった。真山は抱かれるのには慣れている。ひどい抱かれ方をしたこともあるが、それとは比べ物にならないくらいにソウイチは丁寧に優しく真山を抱いてくれた。  真山は確かにそこに愛情を感じることができた。  こんなのは初めてで、思い出すだけで胸が温かくなる。 「そーいちさんは優しくしてくれたから、全然辛くないよ。すごく、気持ちよかった」  決してお世辞ではない。ソウイチの主導で抱かれるのは、ずっと求めていたものが与えられたようで心が深く満たされた。 「マヤくん」  抱きしめる腕に力が込められる。触れる温もりが濃くなって、真山は目を細めた。 「ふふ、もう一回する?」 「だめだ。君を抱き潰してしまいそうだ」  揶揄うような真山の言葉にも、ソウイチはいちいち真面目に反応する。それが嬉しくて、可愛くて、真山は笑みを零した。 「いいよ。そーいちさんなら」  揶揄うつもりではいたが、本心でもあった。もっとソウイチに抱かれたい。自分も知らない奥まで暴かれたいと思う。 「君は、煽るのが上手すぎる」  ソウイチは照れ笑いを浮かべて真山の頬を撫でた。 「その、専属契約の、連絡をしようと思うんだ」  ソウイチがぽつりと言った。  触れているソウイチの温度が上がった気がした。 「これは、君にも連絡が行くのか?」 「たぶん……」  モン・プレシューでは、会員からの専属契約の申請はアプリを介してキャストに直接届く。当人たちで問題なければ、会員からの申請に対してキャストが承認するようになっている。 「今からする?」  先程からソウイチが心なしかそわそわしているように見えるのは早く申請をしたいのだろう。そんな子どものようなところも愛おしく思ってしまう。  真山が訊くと、ソウイチは弾かれたように顔を上げた。 「いいのか?」  その表情には喜びと不安が混ざっている。 「ん、いいよ。そーいちさん、スマホ取ってくれる?」 「ああ」  まだベッドから起き上がることのできないマヤは、ナイトチェストの上に置かれたスマートフォンをソウイチに取ってもらう。ソウイチも並べて置いていたスマートフォンを手に取った。  二人並んでベッドに寝そべって、スマートフォンをいじるのはなんだか変な感じだった。  隣を盗み見ると、ソウイチは黙々とソウイチは手続きを進めているようだった。  そうしているうちに真山のスマートフォンが震えて通知が来た。画面ロックを外して通知をタップするとアプリが開いた。  専属契約の申請が来ていますとお知らせが出ている。  開くと、ソウイチの名前があった。  その下には、赤いOKボタンと青いNGのボタンが並ぶ。  本当にいいのだろうかと思いながら、マヤはOKのボタンを押した。  画面には『承認しました』と表示が出た。  あとで運営から何かしら連絡が来るのだろうと思いながら、真山はスマートフォンを枕の上に伏せた。  なんだかまだ夢の続きのような気がして、真山は寝返りを打って枕に顔を埋めた。  隣では、まだソウイチが何か手続きをしているようだった。  長いような短いような、一年ほどの期間。  ベータと嘘をついてまで登録した自分が、まさかこんなふうにモン・プレシューを卒業する日が来るなるなんて思いもしなかった。  それも、最高に相性のいい相手を捕まえて、だ。  真山はこれが夢ではないか、少しだけ心配になった。 「マヤくん」  物思いに耽っているとソウイチ呼ばれて、真山は慌てて顔を上げる。 「そーいちさん、承認したよ」 「ありがとう。こちらの手続きも終わった」  ソウイチは寝そべる真山に、覆い被さるように抱きついた。 「マヤくん、嬉しい」  ソウイチは噛み締めるように呟く。 「ふふ、俺も」  抱きついて離れないソウイチの頭を撫でる。なんだかその姿がとても愛らしく思えた。 「そーいちさん、連絡先、教えて」 「ああ」  連絡先を交換するのは、不思議な高揚感があった。これからは、直接電話をして、メッセージを送って、会いたい時に何も気にせず会える。  真山がずっと欲しかったものがやっと手に入ったのだと思うと、胸に温かいものが溢れた。

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