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第24話 証を刻む日
真山が目覚めると、俯せのまま後ろから桐野と身体を繋いでいた。カーテンの閉ざされた部屋では時間の流れを知るのは難しく、どれくらい気を失っていたのかもわからない。
ベッドサイドでは、変わらずルームライトが金色の光を降らせていて、夜なのか昼なのか曖昧だった。
シーツは真山の吐き出したものと汗でしっとりと湿っているが、そんなことも気にならないくらい、真山は腹の奥から絶えず湧く快感に苛まれていた。
身体を伸ばした状態で、痩せた尻たぶが撓んで、桐野の腰がぴったりと押し付けられている。
熱に浸され続けた身体は境界が曖昧だった。本当に溶け合ってしまいそうで、それでもいいなとふやけた頭の隅で思う。
もう何度も陥落を許した最奥まで、桐野の先端は容易く届いていた。柔い肉壁を押し上げる熱い質量に、真山はため息を震わせる。桐野の逞しい猛りに中をみっちりと埋められて、真山の腹は喜ぶように桐野を甘く締め付けた。
熱に浮かされた身体には倦怠感が絡みついて、腹の底では緩い快感が靄のように蟠っている。
「ンあ、そ、ち」
「しん」
真山が漏らした掠れた声で目覚めたことに気がついたのか、桐野が甘く呼ぶ。
桐野が腰を押し付けたままゆるりと回すと、腹の奥で重たい水音がして真山の背を快感が這い上がる。頭の芯まで響く甘い痺れに、真山はか細い声を上げた。
「あ……」
腹の中は、真山が気を失っている間も注がれていたであろう、桐野の精液で満たされている。それはすっかり真山の体温に馴染んでいた。
「ん、はぁ」
奥を捏ねられて、ゆったりと揺すられて、腹の中に溜まった桐野の精液が揺れる。熟れきった真山の身体はそれにすら快感を拾った。
身体の奥から生まれた漣は、甘い痺れを乗せて全身に広がる。
萎えることを知らない逞しい桐野の猛りに中を擦られるたび、真山の身体は跳ねた。
快感に浸されきった身体は、もう自由など利かなかった。
「そ、ち、きもちい」
ずっと啼いていたせいで、声が掠れる。それでも桐野に伝えたくて、真山は途切れ途切れに声を上げると背後で笑った気配がした。
「ん、僕も、だ」
自分の身体で、桐野も気持ちよくなっている。その答えだけで真山は満たされる。腹の中はずっといっていて、深々と埋まった桐野を絶え間なく抱きしめている。
桐野が最奥を優しく突き上げるたび、真山は絶頂に押し上げられて掠れた声を震わせた。もう何度も果てた性器は芯を無くし、シーツと身体の間に挟まれて力なく潮を吐くばかりだった。
「ん、ひゅ」
「慎、愛してる」
シーツに突っ伏した真山の項に、桐野は愛おしげに唇を這わせる。
ここを噛まれ、桐野にオメガに変えられるのだと教えられているようで、真山は否応なしに昂る。
「ふあ、そ、いち」
「ここを噛んで、君を、オメガにする。慎、絶対、君を離さない」
喉奥から絞り出すような声には桐野の強い想いがはっきりと感じられた。背筋を舐め上げる甘い痺れに、真山は身体も吐息も震わせる。
身体が期待と喜びに満ちているのがわかる。甘いものと熱いもの、それからひどく穏やかで優しいものに満たされて、気持ちよくて心臓が溶け出しそうだった。
絶え間なく掘削される真山の後孔はすっかり蕩け、注がれた白濁に濡れて甘やかに桐野を抱き込んだ。
「慎、愛してる」
奥を突かれながら熱に浮かされた声を吹き込まれると脳髄まで溶けてしまいそうだ。
「うぇ、し、そぉ、ち」
もつれる舌で、喘ぎのような声を上げる。頭の中は快感に乱されてぐちゃぐちゃで、それでも桐野から与えられた言葉は真山の胸の深くまで届いていた。
ちぎれ飛びそうな意識は快感に引き戻され、また快感によって吹き飛ばされそうになる。風の前にゆらめく蝋燭の火のような定まらない真山の意識は、桐野に手綱を握られていた。
緩やかに与えられる快感さえ今の真山には濃厚で、容易く高みへ押し上げられてしまう。
奥に熱いものが放たれ、腹の中が切なく疼いて、何度目かわからない絶頂に連れていかれ、真山は気をやった。
気絶するまで身体を重ね、目を覚ますとまた身体を重ねて。そんなことを繰り返して、もうどれくらいそうしているのかわからない。
時間の感覚はすっかりぼやけ、夢現の狭間も曖昧になっていた。それでも二人は獣のように、言葉少なく身体を繋げる。
部屋には微かなスプリングの軋みと二人分の荒い吐息、粘ついた水音が響く。
「そぉ……ぃち」
真山の声は掠れ、かろうじて聞き取れるくらいだった。それでも真山は桐野を呼ぶ。
何度となく絶頂に連れて行かれた真山はシーツに突っ伏し、すっかり力が抜けた身体を腰だけ持ち上げた体勢で桐野に深々と穿たれていた。
腹は何度も放たれた桐野の精液に満たされてうっすらと膨らみ、繋がったところは白く泡立って桐野が腰を打ち付けるたびに濡れた音を立てる。散々注がれた桐野の精液は後孔から溢れ、震える太腿を伝い落ちてシーツに染みていった。
奥を突かれるたびに、もう出せるもののなくなった真山の性器が震える。その根元には、ノットが現れていた。気持ちよさと苦しさの混ざる感覚に、真山はシーツに頬を押し付け唇を震わせ、涙を零す。
間抜けな格好をしていることなどどうでもよかった。何も考えられず、ひたすら桐野から与えられる快感に感じ入って、甘く啼く。
時間の感覚はなくなって、もう身体もろくに動かなくて、それでもただ真山は桐野を欲しがった。何度注がれても、足りることはない。
荒い呼吸、混ざる体液、体温、肌の匂い。二人の間には邪魔をするものは何もなかった。
理性は削げ落ち、剥き出しになった本能が二つ。溶け合うように深く、混ざり合うことのない二つの体を重ねていた。
部屋には甘い匂いが満ちていた。それが桐野のものだと、真山にはなんとなくわかった。甘くて濃いのに、嫌じゃない匂いだった。真山によく馴染むその匂いは、吸い込むと胸が甘く疼く。息をすると肺の奥まで染み込んで、血に溶け出して全身を巡っていく。
全身を染めていくような、優しい桐野の匂い。
息をするだけで身体の中が熱くなって、緩い波のような快感がずっと真山を揺らしていた。
桐野の放つ甘く濃いアルファのフェロモンは、真山を頭の芯まで蕩かす。頭のてっぺんからつま先まで、ずっと桐野の匂いに浸されている。
アルファの真山ですら感じるそれは、オメガになって浴びたらどうなってしまうんだろうと思う。
それくらいに濃い桐野の匂いが真山を包んでいた。息をするたびに幸福感が溢れる。真山の本能まで染み込んでいくような桐野の匂いからは、吸い込んだそばから細胞が作り替えられるような、そんな強さを感じた。
「しん、もうどこへもやらない。ぜんぶ、ぼくのものだ」
その欲望を露わにした譫言のような桐野の声に、真山は熱い身体を歓喜に震わせた。
全部塗りつぶして、書き換えてほしい。桐野のためのオメガになりたいと、真山は思う。
「して、そ、いち」
最奥まで届いた桐野の熱く逞しい楔が、優しく最奥を突き上げる。その根元にはノットが現れていた。中で感じる桐野のアルファの証に、真山は喉を鳴らす。
すっかり柔らかくなった真山の蕾は、強い律動に根元のノットごと出し入れされて、浅瀬から最奥まで快感を拾い上げる。
「ひゃ、あ、ひゅ、ぉ、ぃ」
身体を深くまで貫く逞しい猛りによりもたらされる快感に、真山は甘く優しく屈服させられる。
自分が誰のものかを思い知らされる。
熱い指先にしなる背を優しくなぞられ、項に柔らかく歯を立てられ、真山の身体は大きく揺れた。
桐野に触れられただけで、喜ぶ身体は過剰に反応してしまう。
「しん」
甘く呼ぶ桐野の声が心地好く鼓膜を震わせる。桐野の声が胸の深くに落ちて、脳髄まで白く染め上げる熱に変わる。
「んく、そ、いち、おれを、あんたの、おめがにして。おれの、ぜんぶ、あげるから、あんたのものに、して」
真山の、心からの願いだった。掠れた声で、途切れ途切れに、それでも懸命に言葉にする。
「ああ。絶対、そうしてやる」
低く、芯のある甘く強い声に真山の胸が満たされる。
熱に染まった真山の項に、肌の柔らかさを確かめるように硬い歯の感触が触れる。
「あ、ぅ」
期待に、堪えきれない声が漏れる。早く欲しいと、真山の胸が騒ぎ出す。
「しん」
桐野の声とともに熱を纏った吐息が項を撫でる。肌の熱と尖った犬歯が真山の柔らかな項に突き立てられた。
真山が身を硬くする間もなく、皮膚が裂ける感覚とともに鋭く熱い痛みが生まれる。同時に押し寄せてくるのは、脳髄まで白く灼く熱と快感だった。
血が滲むほどに深く歯が突き立てられる。それは皮膚を裂き肉まで食い込むほどだった。
「うぐ」
痛みは確かにあるのに、痛みを飲み込むほどの快感が湧いてきて真山は身体を震わせた。
「あ、ぅ、すき、そーいち、すき」
真山の腹の底の熱が膨れ上がる。もう痛みは薄れ、真山の中には湧き上がる快感が溢れる。
桐野はそっと口を離すと、真山を労わるように血で濡れる項にキスを落とし、溢れる血を優しく舐め取った。
「しん」
真山の白くなめらかな項には、はっきりと赤い歯形が刻まれていた。
血が滲むそこに、桐野は何度も舌を這わせる。
「んう、そ、ち、っあ、なん、か、くぅ」
身体の奥から込み上げてくる絶頂に似た知らない感覚に、真山は声を上擦らせた。
「ひゃ、ぁ」
身体の芯を貫くように駆け抜ける鮮烈で甘い感覚に、喉が引き攣る。甘く、強く、優しく、熱い。感じたことのない鮮やかな快感だった。
頭の中は白く弾け、多幸感が溢れる。
腹が熱い。腹の底から全身へ、快感と熱の波が広がる。
真山の背がしなり、腰が跳ね、脚が震えた。真山の意思ではどうにもならない、快感の奔流が真山を呑む。
頬を熱く濡らすのは生理的な涙か、歓喜によるものか、真山にはわからない。呼吸も忘れて、真山は初めて感じる強い快感の嵐に感じ入った。
それでも、身体の中に甘い喜びが満ちているのはわかる。桐野に噛まれたという喜びが、真山の中に溢れていた。
「っあ、そ、ち」
「しん」
収斂を繰り返す真山の最奥へ、何度目かの桐野の熱が放たれた。
勝手に収縮する胎の中で、それに合わせるように桐野がしゃくりあげ、何度も熱を放っていく。
甘い征服に、真山の身体には温かなものが溢れて、溶け出しそうなはらわたはきゅんきゅんと歓喜に震えた。
白く明滅して簡単に吹き飛びそうな意識を辛うじてそこに留めるのは、背中に感じる桐野の温もりだった。
「しん」
呼ばれて振り返ると、熱に浮かされたような、縋るような桐野の笑みが見えた。
堪らなく愛おしくて、真山はすっかり緩んだ笑みを返す。
柔らくて温かな幸福感の中を揺蕩う真山の意識は、そこでぷつりと途切れた。
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