「離せ！」 　冷たい石畳の廊下に、小さな子供の叫び声がこだまする。薄暗くぼんやりと月明かりの残る時刻だった。湿度が低く、身を切るような寒風が吹き荒ぶ中、建物の外には次の刻を知らせる鐘を叩く準備をした役人が立っている。ここは都市部にある、とある収監施設だ。 　声の主は、可愛らしい顔つきをした、まだ元服前の男の子。ここは所謂極悪人が収監される場所。ここに少年がいるということが異例中の異例だった。この極悪人である少年は、収監翌日には斬首刑の執行が決められていた。そして、今まさにその時を迎えようとしている。 　両脇には、牢名主の男が二人。がっしりと腕を捕まれ、脇を固められ、なかば宙に浮いた状態で連れられていく。小さな子供に対してそんなに警戒が必要なのかと勘ぐりたくなるほどの、厳重な警戒だった。彼らは処刑に協力すれば、上から恩赦が受けられる。男たちは、意気揚々と少年を運んでいった。 「離せよ！　なんで俺だけ死ななきゃなんねえんだよ！　お前らだって似たようなもんだろうが！」 　 　少年は、ただ教えられた通りに生きてきただけだった。幼少の頃から、身近な大人たちは盗みを働き、邪魔をされれば殺した。その度に少年に教え込んできたのだ。 「躊躇うな。生きるためだ。やれ！　誰も俺たちなんて気にかけちゃくれないんだぞ」 　少年にとっては、物心つく前からそれが当たり前の生活だった。だから生きて行くためにその通りにしてきた。それだけだ。 ——なんで俺だけがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。 「俺の生き方がダメだって言うなら、どうして今まで誰も教えてくれなかったんだよ！　何にも言わないで、いきなり捕まえて殺すのかよ！　それが正義だって、正義ってなんだよ！　知らねえよ、そんなもの。知らない奴は死ねってことか！」 　それでも少年が強気で噛み付く事が出来ていたのは、刑場が目に入るまでの間だけだった。自らの命が消える場所を実際に目にしてしまうと、腹の底が抉られるような恐怖がじわじわと湧き上がってきた。 　体がカタカタと震え始めた。あの場にたどり着く前に逃げなくては、でもそれが不可能であることは理解してはいた。 　もう、理性で抑えられる状態では無くなっていた。 「っ……助けてくれえええー！　いやだあー！！」 　少年は胃がひっくり返りそうなほどの恐怖に襲われ、涙と唾を撒き散らしながら必死に逃れようとしていた。息が上がり、もう既に心臓が止まりそうなほどなパニックを起こしていた。 　手を縛られ、体を地面に押し付けられた状態で、自分の人生が終わる舞台が整えられるのを、眺めていることしか出来なかった。段々と思考が恨みに傾いていく。心が真っ黒に澱んでいくのを感じていた。 「俺は殺されて当然？」 　誰もその問いに答える者は無い。ただ、少年の首を切るための準備だけが粛々と進められていた。男たちは、磨き上げた刀を少年の首に当てて執行の時を待っていた。 　首に僅かに触れる金属の冷たさが、少年の喉を締め上げ、声を奪って行こうとしていた。 「やめろー！！！！！」 　渾身の力で振り絞って叫んだと同時に、冷たい朝の風の音と、時刻を知らせる鐘の音が鳴り響いた。その日の鐘は、いつもよりやや穏やかな音色をしていた。刀を構えた男たちは、その音の違いにやや訝しんで、少年から視線を離した。 　 　そして、鐘の音が鳴り終わり、余韻が消えた。 　再び少年に目をやると、そこには少年が着ていた囚人服だけが残されていた。