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第21話 接触

——あの男が、俺の過去に関わりがある?  綾人は、視線の先にいる、人を惹きつけてやまないあの男が、自分の過去とどう関係があるのだろうかと考えた。一度見ると忘れられないような、飛び抜けて目立つ容姿をしている。それでも、綾人の記憶の中にはあの男はいない。 「瀬川くんに生き霊が憑いた日、綾人、瀬川くんから好きだって言われなかった?」  瀬川が倒れるよりも少し前、追いかけ回されたのは綾人が瀬川から逃げたからだ。逃げたのはキスされたからで、キスされる前に確かに好きだと言われた。  それを思い出しながら顔から火が出そうになった。あの時は人がたくさんいたし、それをタカトにも見られていた。瀬川を煽ったのはタカトだったのだからそれは仕方がない。 「うん、確かに言われた。しかも人前でキスされた……だから逃げたんだけど……」 「うん。でさ、あの美人は友達の幼馴染なんだけど……えっ!? 瀬川くんにキスされた? なんか綾人ってあれだね……隙がありすぎ。彼氏が泣くわよ!」 「え!? いや、だってあの時はタカトが瀬川を変に煽るからあんなことになったわけだし、瀬川のキスなんて挨拶よりも軽いもんだろうし……」  そう言って、タカトの顔を見た。タカトは、タバコの美形男子の顔をじっと見つめていた。真剣な顔で、値踏みをするように睨みつけている。ただ見ているわけではなく、何か気づいたことがあるようでそれを探るような目で見ていた。  瀬川の話をしている二人の会話が、全く耳には入っていないようだけれど、もしあの時タカトに嫌な思いをさせていたのなら、謝らなくてはならないなと思い始めた。タカトの袖をほんの少しだけ摘んで、ぐいっと引っ張った。 「タカト? あの時のアレ、嫌だった? 不可抗力とはいえ、ごめんな?」  タカトは、ようやく綾人の声が耳に入ったようで、佐々木恵斗を睨みつけていた目をすっと隣へ移した。そこには、隣で上目遣いに自分を見つめながら、いつぞやの瀬川のキスを避けられなかったことを謝っている綾人の顔があった。  一生懸命に弁明している綾人の姿は、まるで小動物のように可愛らしく、思わずじっと見入ってしまった。 ——どう見てもしっかり男なのに、なんでそんなに可愛いの?  そう思ってじっと見つめていると、綾人はタカトが怒っていると思い始めたらしく、焦って反応を求めるようになった。 「タカト? 聞こえてる?」  綾人はずいっと顔を近づけてタカトの顔を覗き込むと、見上げてる自分の顔が目の前の瞳の中に見えた。その奥の色を確かめようとしていると、隣から水町の悲鳴のような叫び声が聞こえてきて驚いてしまった。 「ちょっと! そんな至近距離でキスしないでよ。見てるこっちが恥ずかしいわ!」  真っ赤になって怒り狂う水町を見て、タカトはクスッと笑った。 「ごめん、ごめん。でも、今の流れは水町さんが仕向けたでしょ? 責めるのナシだよ」  水町は恥ずかしそうに首を竦めながら髪を耳にかけた。そして、ふんっと憤慨しながら、「た、確かに仕向けたけど、思ったよりも見ていて恥ずかしかったんだもーん!」と走ってドリンクカウンターへと向かって行った。 「あっ、おい! 危ないから一人で動くなよ!」  綾人とタカトは慌てて水町を追いかけた。    ホールにはたくさんの客がいた。メジャーデビューしたバンドでも無いのに、ワンマンでこんなに盛況になることってあるんだろうかと疑問に思うくらい、人が多かった。  バンドメンバーの顔は確認できたので、綾人とタカトと水町はその様子を遠巻きに見ることにした。壁にもたれかかるようにして三人並んで立ち、揃って瓶入りの炭酸水を飲む。 「いやあ、よくあんなに前の方に向かっていけるよね。すごい好きなんだろうな。そんなにのめり込めるほどいいバンドなのかなあ。ちょっと楽しみなんだけど」  水町はワクワクして声を弾ませている。隣でタカトもうんうんと高速で頷いている。二人には、あの男が危険人物だと言う感じはあまりしないのだろう。それでも、綾人の胸はまだざわざわと波立っていた。 ——勘違いかもしれないから、しばらく黙ってよう。後でもいいだろうし。  そう思いながら気持ちを落ち着かせようと、炭酸水を口に含んだ瞬間に、フッとライトが消えた。わあー! っと歓声が上がる。ステージに人の気配がして、四人の人かげがうっすらと見えた。 「出てきたね」  三人は、暗闇の中で必死に目を中央に向けた。さっきの男はボーカルだと聞いていたからだ。確かにあれだけのオーラを持っていたら、前に出したがるだろう。  そして、これだけ熱狂的に人を惹きつける音楽とは、どんなものなんだろうという期待もあった。ただ、どれほど目が慣れてきても、一向に曲は始まらない。周囲も少しザワザワとし始めていた。 「ケイトー!」 「早く聞かせてよ!」 「もう待てないよ!」 「早くしろよー!」 「ケイト! ケイト! ケイト!」  期待は膨らみ、威圧感に変わっていく。綾人は、周囲の空気がどんどん重たく、息苦しく変化していくのを感じた。はっきりと言葉には出来ないけれど、良く無いことが起きそうな予感がしてくる。  ただただ、この場にいてはいけない感じがして、それが心臓をギュッと握りつぶしそうだった。 ——相手の顔のチェックは終わった。ここから早く出たほうがいい気がする。  どうしても拭えない不安と焦燥感が、綾人の中で膨らみ続けていた。 「なあ、水町、ちょっと空気がヤバイ感じしない? 顔の確認もできたし、一旦瀬川んちに戻ろう……」  綾人は、それを言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、ドンっと衝撃を受けた。「うっ」と言葉が口から漏れると同時に、焼けるような痛みと熱が右脇腹を埋めていった。 「タ……カ、ト……」  横を人がすり抜けて行こうとするのがわかった。綾人は、咄嗟にその人物のシャツを握りしめた。握りしめた瞬間に激しい痛みが体を駆け抜けた。  その痛みに耐えきれず、ずるりと床に倒れ込んだ。綾人が握りしめていた部分が下に引っ張られたことで、相手のシャツの袖が破れた。  痛みに震えながら必死に顔を持ち上げて見ると、霞んでいく視界の中で、あの危険な香りに満ちた美形男子の顔が、うっすら笑みを浮かべて見下ろしているのが見えた。

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