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第24話 ランチデート

◇◆◇ 「綾人、今日の昼もメロンパン買う?」  共同で作っている課題の「天狗と鬼について」の資料を揃えているところで、そろそろ昼食を食べようかという時間になった。最近の夕方以降は、瀬川の家で情報の共有や裏付け調査に忙しく、あまり課題のために時間が取れない。  空いたコマや昼の休憩時に一緒に資料を探しておかないと、学業が疎かになりかねない。そのため、学内ではタカトと行動することがさらに増えていた。  今日の空き時間にはC棟にある図書館に行こうと話した時、タカトは「そうだね」と言いつつも、何かを言いたげにしていて、綾人にはそれがやや気になっていた。  ふと、タカトは少し二人でゆっくりしたかったのかなと思い、「失敗した?」と後悔している。でも、それを口にして確認するということは、恥ずかしくて出来ていない。 ——だって、それって愛されることを当然だと思っているから言えることだろ?  そう考えると、どうにも烏滸がましい気がして、言葉にすることは出来なかった。 「ランチタイムくらいは二人でゆっくり食べられるところでデートでも」とは思ったりもするのだけれど、タカトは普段無駄なお金を遣わ無いように気をつけているようなので、どこかに食べに行こうと言い出すこともできなかった。  そうなると二人で行く場所はいつも学食で、実のところ、ここ最近はテラスに出てランチをするくらいしか恋人らしい時間は取れていなかった。 「んー? うん……でも、今日なんか暑いから、パンだと喉乾きそうだなー。学食で麺でも食べようかな」  ボールペンをくるくる回しながら、でもやっぱりメロンパン食べたいな、ああでも学食で冷麺始めたって言ってたしなと、あれこれと考えている綾人に、タカトはバッグの中からすっと何かを持ち出すと、それを目の前で広げてみせた。  そこには、何やら美味しそうなパンがたくさん載っていた。もちろん、メロンパンもあった。 「南門のすぐ外にカフェが出来たんだって。そこなら室内だから、涼みながらメロンパン食べられるんじゃない?」  写真のカフェは確かに美味しそうなメロンパンの写真があった。ハード系のパンもたくさん載っているし、他のフードもパスタやオムライス、ケーキやかき氷などのデザートに至るまで種類が豊富だ。  写真を見る限り、店内は落ち着いた雰囲気のようで、ゆったりと過ごせる空間にしてあるようだった。 ——これなら、俺たち二人で行っても落ち着けそうだな。  ふと、節約しているタカトが外食に誘うなんて、どうしたのだろうと気になった。そして、これはただの情報提供であって、別に誘われているわけではないのか? などと自信のなさ故の疑問がぐるぐると回り始めた。 ——え? さ、誘われてるよな?  どういうつもりでこれを出してきたのかがわからず、綾人は戸惑い続けていた。チラリと視線を動かすと、肘を付いて穏やかに微笑むタカトと目があった。その目は穏やかな愛に満ちていて、見つめるだけで自分が肯定されていくように感じた。  まだタカトから明確にお誘いを受けたわけでも無いのに、勝手に心が浮かれていく。期待に騒ぐ心臓が、素直に喜びなよと伝えようとして、トクトクと体を揺らした。 「お、おー、なんか良さそうなところだな。行ってみたい! って、別に俺メロンパン以外の食べ物も食べられるよ? もしかして俺の体、メロンパンでできてると思ってない? これだけたくさんメニューがあるのに、メロンパンしか勧められてないぞ!」  それでも口を突いて出てきた言葉は、少しだけトゲを持っていた。デレたいのにツンになってしまう。そんな綾人を見て、タカトは頬を緩めた。そして、するりと距離を縮めたかと思うと、肩をもたれさせてしなだれかかるようにしながら誘い文句をかけてきた。 「だって、綾人舐めると甘いんだもん。メロンパンばっかり食べてるからでしょ? 食い尽くしたらどんな味がするのか、知りたくなるんだよね。歯を立てて、噛みちぎりたくなるよ」  そして、歯を剥き出し「ガオー!」とライオンのように噛みちぎる真似をした。思いもよらないタカトの子供っぽい振る舞いに、綾人の口からプッと笑いが漏れた。 「なんだよ、ソレ」  そう言って笑いつつも、意味をよくよく考えるととても大胆なことを言われてるんじゃ無いかと気がついた。そして、またタカトの目を見返すと、昼間にもかかわらず浴に濡れた目をして綾人を見ていた。 「おま……いや、あの、えっと……」  どう突っ込んでいいのかもわからなくなって、綾人は真っ赤になる顔を両手で覆い隠した。 ——いつからコイツはこんなに変態になったんだ!  もっと物静かで清廉な印象だったんだけどな……と綾人は思ったのだが、かと言ってそういうところも嫌いな訳ではないので困っている。  最近では、寧ろもっと言われてもいいかなと思い始めている自分もいた。そして、毎度そんな自分に驚かされていた。 「ばか! 昼間っから外で何言ってるんだよ! と、とにかくそこ行ってみようぜ」  綾人は、そう言いながら足早に逃げようとした。その腕を、タカトはガシッと捕まえた。引き寄せてふわりと抱きしめると、突然髪に軽いキスを落とした。 「えっ!? 何!?」  タカトが驚いて固まっている綾人の顔を覗き込むと、まるでストップボタンを押されたロボットのように静止していた。これほど美しい顔をしていて人気者のくせに、本当に色恋に慣れていない。  タカトはタカトで、毎回顔を真っ赤にして照れている綾人を見るのが楽しくて、ついつい構ってしまうようになっていた。 「ふっ……ちょっと。イケメン台無しだよ」 「だっ、だって、いつも行動が急なんだよ! メシに誘われてると思ってたところにいきなりキスとかされると思わないだろ!?」 「えー? そんなこと普通でしょ。見てよ、そのへん。いっぱいいるけど」  そう促されて綾人が周囲を見てみると、確かにいろんなところでハグやらキスやらを目にすることがあった。手を繋いで歩くなんて、カップルならもう当然のようにしている。  思い返してみると、自分がこれまで憧れていた人たちは、確かにそうしていたような気がして来た。 「あ、そうか。付き合うって、そういうことか……じゃあ、願いが叶ってるんだな、俺」  そう考えていると、突然恋人という実感が襲ってきて、またさらに恥ずかしくて逃げ出したくなった。その思いがギューっと胸に迫り上がってきてたまらなくなり、「わああああ!」と雄叫びを上げながら正門の方へ向かって走り出した。 「ちょっ……もー、すぐ照れるんだから。待って! 綾人! 南門の方だってば!」  タカトは綾人のすぐ後を走って追いかけた。背が高く、足が長い分だけ、タカトにアドバンテージがある。すぐに追いつくと、綾人の手を握りって引き止め、そのまま方向転換すると、すっと綾人を抱え上げた。 「えええっ!? なになになになに!?」 「もう、面倒だからこのまま走る!」  タカトは小柄ではあるものの筋肉質で重たい綾人を抱き抱えたまま、南門の方へ向かって駆け出していった。 ◇◆◇  南門から歩いて五分でそのカフェに着いた。大学が近いので学生が多いのかと思いきや、ここから少し歩いたところにある点在しているオフィスビルの大人たちも利用しているようで、さまざまな年齢層の客がいた。  ドアを開けると、コーヒーの香りがふわっと二人を包み込んだ。その後ろに隠れるように、紅茶やハーブティーの香りも漂っている。フード類の美味しそうな香りもしていて、その中でも一層際立つ香ばしいパンの香りは、二人の食欲を刺激した。  通り沿いの店ではあるけれども奥は川沿いになっていて、ガラス張りの店内から河川敷の景色がよく見える。春から夏に変わりゆく緑の青さと濃さが混じり合った景色は、空の青さと相まってとても心を和ませた。 「テイクアウトして河川敷で食べるようにしても良さそうかなー?」と綾人が呟くと、タカトがすぐに「今日、暑いよ? 平気?」と返す。ここは冷房が効いているから快適なだけだということを忘れていた綾人は、「あ、そうだった」と照れくさそうに笑った。  店の中ほどのテーブル席へと案内され、二人で向かい合って座った。大きなメニューをテーブルいっぱいに広げ、45度回して二人で見やすいようにした。 「ねえタカト。なんか二人で分けて食べられるセットがあるよ。パンとパスタとサラダとドリンク。これ、最高じゃねー? これにして、二人で分けよう。もちろんメロンパンマストで。俺はドリンクはコーヒーがいいな。この香りの中でコーヒー飲まないと後悔しそう。タカトは? リンゴジュース飲むの?」  タカトは涼しい顔をしているが、実はかなり息を切らしていた。肺と上腕が痛むくらいには消耗している。うっかり綾人をお姫様抱っこなんてして走ってしまったけれども、正直なところ、抱え上げた直後にその重さに目が飛び出そうなほどに驚いた。   『おいっ! 俺、見た目よりかなり重いぞ! 大丈夫か!?』  綾人もそのことはわかっていたので、ジタバタしながらもタカトの体を心配していた。タカト自身は体格に恵まれてはいるものの、インドアで運動をあまりしないタイプなので、そこまで筋力はない。    対して、綾人は今でも筋トレと基本稽古は欠かさない。そして小柄だと思われがちだけれど、実は身長は180cmあるし、体重も70kgある。ただ、顔つきが可愛らしいだけであって、それ以外はがっしりしている。    その綾人を抱え上げて走ったため、本当ならすぐにでも横になりたいくらいだった。それでも、メニューを見ながら心を弾ませている恋人を見ているだけで心の中はパッと華やいでいった。  それに今、綾人は無意識に「自分はタカトのことを知っている」ということを主張した。自分たちの間に繋がりが出来ていて、それを綾人自身がはっきりと意識してくれていると思うと、頬が緩んでだらしなくなるのも止められなかった。 「ふふっ、俺もさすがに今日はコーヒーが飲みたいかなあ。でも俺さあ、苦いものが苦手なんだ。甘いコーヒーだったら飲めるかもしれないんだよね。シロップ入れて飲むとか、カフェオレとか、フレーバーコーヒーなら飲めるかな」 「あーじゃあ、キャラメルラテとかは? 香りも味も甘くていいんじゃない? アイスもあるし。パスタは……俺はオイルベースがいいな。でもトマトソースのエビのやつも気になる……穂村は? 逆にクリーム系とかガッツリしたほうが好き?」  こうやって二人で他愛もないやり取りをしていると、ここ最近の出来事はまるで嘘だったかのように思えてくる。でも現実的に瀬川は生き霊のせいで眠ったままだし、このままでは綾人も地獄へ落ちる。  一つずつ問題を片付けていかないと、目の前の恋人は全てを失ってしまうことになる。幸せと絶望を交互に感じる日々に、やや焦りが出つつあるのは確かだった。 「それでも、絶対に幸せにしてやるんだ」  タカトは沈痛な面持ちで小さく呟いた。そのやや強張った表情を見て、綾人は心配になってしまった。 「うん? どうした?」  ニコニコと楽しそうにしている綾人の顔がほんの少しだけ翳ったのを見て、タカトは腹の底からぎゅうっと苦しくなるのを感じた。被りを振り、綾人を安心させるように頭をポンポンと叩いた。  すると、綾人はテーブルに半身を乗り出すようにして顔を寄せ、まっすぐタカトの目を覗き込んで満面の笑みを見せて来た。 「何難しい顔してんだよー。どうせまた変なこと考えてるんだろ、お前。このヘンターイ」  そう言って笑う綾人の顔は、これまで見たことがないほどに幸せに満ちて輝いていた。その笑顔の力はタカトの心臓を跳ね上げ、にやける口元を隠すためにタカトはすっと視線を逸らした。    それでもまだ、綾人はタカトの視線を捉えようと、顔を覗き込んでくる。とても楽しそうに攻撃を仕掛けてきた。 「もう、なになになに? どうしたの綾人。ちょ、ちょっと……ニヤけちゃうからやめてってば!」  手で綾人の視線を制しようとする。すると、その弾みでテーブルの上のスマホを落としてしまった。会話に夢中な人たちの中で、異質な機械の衝突音がガシャっと響いてしまい、周囲の注目を浴びてしまった。 「あ、す、すみません……」  綾人の攻撃と、スマホを落として注目された恥ずかしさの両方に狼狽え、周囲を窺って小さくお詫びの言葉を溢した。その時、遠くの方にふと視線を感じた。  見られてるなあとは思っても、他のお客さんもおしゃべりに夢中なわけで、すぐにタカトの方を見るのをやめるだろうと思っていた。それでもなかなか消えない気配があって、タカトはふとあることに気がついた。 ——あれ? これ、前も感じたやつ……?  確かめるようにその視線を辿ると、じっとこちらを見ている男がいることに気がついた。 「あいつだ」  それは、あのスーパーでこちらをじっと見ていた男だった。真面目そうで、強い視線。青みがかった黒髪のあどけない顔をした、あの男だ。視線にはなんの思いも込められていない。  ただ、視線を逸らさずにじっとタカトを見ている……いや、見ているのはタカトじゃないかもしれない。綾人を見ているのかもしれないと思った。  タカトはつい先日、綾人が刺された日のことを思い出していた。刺した犯人は、貴人様からイトと呼ばれていた人間らしい。そして、その男は綾人の前世の仲間で、苦楽を共にしていたということだった。  仲間だったのに、綾人を刺した。それが本当なのであれば、そこには相当な憎しみがあったのだろう。タカトはまだ、あの話を綾人に詳しく訊けていない。綾人は犯人の顔は見たと言っているけれども、それが誰なのかをどうしても言おうとしないのだ。  それは、犯人の名を告げると、その人が自分とどういう関係の知り合いなのかを、タカトにも説明しないといけなくなるからだと貴人様は言っていた。全て思い出しているのに、言いたくない。つまり、あまりいい話ではないのだろう。  それでも、この話はいつかは訊かないといけない。これを避けていたら、この、だんだん迫ってきている危険からは、どうやっても逃れられないような気がする。 「綾人、今日の夜は瀬川の家に泊まろう。おばさんには貴人様から伝えてもらうよ」  楽しそうに笑っていた綾人は、タカトの視線の先にあの男がいることに気がついた。そして、無言で顎を引いた。 「わかった。夢の話だろ?……ちゃんとするよ」  あの視線が攻撃的なものに変わる前に、事情を把握しておかなければならない気がした。綾人には辛いだろうけど、聞かせてもらうしかない。タカトはぎゅっと拳を握った。そして、今夜、綾人の全ての過去を暴く覚悟を決めた。 ——もう今更驚かない。何を聞かされても、必ず受け止めるんだ。

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