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epilogue

 その日は普通の日だった。惜しくも天気予報が外れ、土砂降りの雨の中、たまたま鞄に入れっぱなしだった少し頼りなさそうな折り畳み傘の中で濡れないよう縮こまりながら、その青年はいつもの帰路を何となしに歩いていた。何もなかったとは言わないが、何かあったのかと聞かれればそうでもないと答えることが容易いような、そんな日があと5時間ほどで終わってしまうという時間。いつもより少し遅めのその時間に、青年は赤い信号に素直に従い、足を止めた。  色とりどりの傘がすっかり暗くなった空を彩る様に街灯を反射して煌めく様子を眺めながら、信号が背中を押してくれるのを待つ。  ふと、あまり広くもない道路を挟んだ向こう側に、傘の中で疎ましそうに濡れないよう縮こまっている人々の中に一人だけ喜々として天の恵みを浴びている青年がいるのを見つけた。この国には珍しい藍色の髪が頭上の街灯の光を反射してどの傘より艶めいている。自分とあまり年齢の変わらないであろう彼は体力を持て余すかのように小さく足踏みをしながら信号機がスタートの合図を出してくれるのを待っていた。  やがて藍色の髪に見とれていた青年の視界に写ったのは背を押すような青と、その青に突き飛ばされたかのように人ごみを追い越して駆ける藍色、そして赤信号に反抗するかのようなスピードでその藍色へと向かうトラックのライトだった。  この時の青年は少したりとも"人として"間違っていなかった。しかし、"人間として"は間違っていた。  それは正義感だったか、それとも他のものだったか、青年は狭い傘を投げ捨てて走り出していた。驚きで足を止めたのであろう向こう側から来ていた藍色の彼を突き飛ばし、トラックのライトを全身に浴びる。突き飛ばされたことに驚いて目を見開いている藍色の彼の顔が一瞬見えたのを最期に、青年の視界は紅一色に彩られた。  どこか遠くで、いつもは横を通り過ぎていく救急車の音を聴いた。

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