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13:推し

 俺の帰国を後押ししたタイトルは老舗FPSゲームメーカーの完全新作で、事前情報が出るたびに界隈を賑やかしていた。俺はまだ台湾に居たからネットニュースでその内容を知り、帰国して自作のゲーミングPCでプレイしようとアカウントすら作ってなかった。それでも少しでも雰囲気を掴もうとプレイ動画を漁った。片っ端から動画を見ていって、そして見つけた。  それはやけに顔の良い男が、ぎゃあぎゃあ叫びながらプレイしている動画だった。はっきり言って下手だ。いくら新作タイトルと言えど、FPSをやったことがある奴ならもっとマシな動きをする。初心者なんだろう。エイムが下手過ぎてイライラした。マップが見えてないのか落とし穴もないのに突然落下してダメージを負う。おい待て、そこは崖だ馬鹿。射線切れてねぇ、もっと屈め。顔が映ってなければすぐにブラバしていた。……顔が映ってなければ。 「えっ、何!? 身長!?」  顔が目当てのリスナーが危ない場面でも遠慮なくどうでもいいコメントを男にする。愛想が良い男はそれにいちいち応えていた。 「184!」  俺より高い。好みだ。 「趣味!? ゲーム! あと筋トレ!」  クソ、好みだ。  肩幅の広さや無駄な肉が削げても太さがある首が配信画面から見てとれる。どうでもいいコメントにいちいち答えてるのも誠実で可愛い、今そのせいで死んだが。悔しがりながらも「おもしれ~、俺しばらくこれやるわ」と楽しんで次も同じゲーム配信をすると言った。俺は気付いたら男のサブスクに登録していた。チャンネル紹介文で男は「マキ」と名乗っていた。  それから帰国までの僅かな時間はほとんどマキの配信を見て過ごした。マキは色んなゲームに手を出しては大筋をクリアしてそこそこで辞めていたが、FPSゲームだけはハマったようで続けてプレイしていた。相変わらず下手だが、ヤカモレという他の配信者とコラボしたときだけはいつもよりマシな動きをする。これはヤカモレの立ち回りが上手いんだろう。まだリリースして数日程度という時期から、ヤカモレは視点の動きが綺麗で無駄がない。2画面開いてそれぞれの視点配信を見たりした。そのうちマキが配信を始めたらタイトルを確認せずに開くようになり、いつもの調子で条件反射でチャンネルリンクをタップしたらゲーム配信画面じゃなかった。  カメラを自室の天井壁近くに設置し、部屋の中を一望できる形で撮影していた。その壁の端で、マキは懸垂バーにぶら下がってトレーニングしていた。  何をしている。  ようやくタイトルの存在を思い出して確認すると「コラボ時間まで筋トレ」と書いてあった。いや、何をしている。「あっつ~」と言って上の服を脱ぎ始めた。脱ぐのか。何でだ。汗で光った筋肉が映し出される。待て、ここは宅トレチャンネルだったか? 何枠で配信してんだと配信ステータスを見るが、次のコラボに合わせてかゲーム配信枠で配信していた。おい、惰性するな。ちゃんと正しい枠で配信しろ。ゲーム配信動画でどうしてゲームしない。一体俺は何を見せられているんだ? 筋肉が揺れている。疑問を持ったまま散々マキの膨れ上がった筋肉の収縮を眺め……まあ、眼福ではある。投げ銭した。  今度からはきちんとタイトルを確認しようとマキのTwitterもフォローした。毎回配信お知らせツイートをしているらしい。だがここでもマキは自分の顔と体の良さを存分にアピールしてきた。  筋トレが趣味だが極端な食事制限は行なっていないというマキは食べたものについてもしょっちゅうツイートする。しかも必ず自分の顔を映り込ませてだ。女子か。『スタバの新作~』と自分の顔の隣にピンク色のフラペチーノを掲げた写真を照れもせず上げていた。女子か。 『色味かわいい♡』  にやけた表情で映っている。  かわいい。お前がかわいい。百回押すつもりでいいねを一回タップした。  アイドル並みのSNS使いと自前の顔の良さとノリの良さでマキはどんどんサブスクの人数とフォロワーを増やしていった。雑談配信も積極的に行い、信者めいたファンガがいくらかついた。 「好きなタイプ? ……俺モテるけどすぐ振られるからな~」  雑談配信でコメントから恋バナを振られるが、マキは苦笑いする。 「がわが良いだけで中身しょーもねぇからさ」  分かる気がする。  頭を使ったプレイは下手だし、褒められるとすぐ調子に乗る。若さもあるのだろう。この間成人式に行ってきたと言っていた。  マキはゲームだけでなく現実世界でも立ち回りが下手だ。最近は下手くそが足を引っ張るだけなのにどんどん他の配信者と絡み、コラボ相手に罵倒されようものならファンが相手のコメント欄で暴れ回っていた。ファン管理も出来ないようじゃ配信者としての命は長くない。 「あーでも、それでいくと中身好きになってくれる人とかかな。好きなタイプ」  こうやって顔目当てのリスナーに喧嘩を売るようなことや、メンヘラ信者が喜びそうなことを言うのも良くない。馬鹿で愚かなのは可愛いと思うが、惜しい。たしなめるやつが居なければこのまま消えていくんだろう。  ……一回くらいマッチングしたかったな。こいつがFPSを続けてればそのうちゲーム内で会うこともあるか。帰国して俺もゲームを始めたこともあり、マキの配信を見る頻度は減っていった。  マキと本当にゲーム内でマッチングしたのは、それからしばらく経ってからだった。

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