子供の頃からゲームをするのが好きだった。周りの連中が野球やサッカーに夢中になる中、ひたすらゲームした。0と1の電気信号でシステム化されたゲームのロジックは、体の筋肉を動かす神経の信号より明解で正解が導きやすい。スポーツよりゲームの方が性に合ってる。 　最初は据え置き型のゲーム機でメジャーなタイトルをやっていた。アクションゲームが何より好みだ。ゲーム内のキャラを育成するよりも自分自身のプレイスキルが上がる方が達成感がある。流行りのタイトルはあらかたやり尽くした頃、親父がパソコンを買い替えて古い方を俺に譲り渡した。 　初めてFPSをプレイした。 　基本プレイが無料だからって理由だった。すぐに夢中になった。 　一人称視点で狙い撃つ銃撃戦は、それまでプレイしていた俯瞰的な視点のそれとは全く違う。視界に見えるものと聞こえる音だけで行なう状況把握は、全体マップが常に表示されている他のゲームよりずっと難解だ。視覚、聴覚に加え、反射神経が何より物を言う。これはスポーツだ。結局俺も周りと同じスポーツを趣味にしていた。だが周りにこの趣味を言うことはなかった。 　趣味には優劣があり、ゲームは他のメジャースポーツに比べて劣等部類に入る。大人になってもそうだ。 「昨日の試合見たか」 　ミーティングルームで上司と二人きりになり、他が来るまでの雑談の時間に当たり障りのない時事ネタを振られる。世間はワールドカップで沸いていた。 「見てませんね。あの時間は起きられませんよ」 「俺はな、一回寝て3時に起きたぞ」 「好きですねぇ」 　海外での開催で時差の関係で真夜中や早朝に試合が行われている。俺の上司はスポーツ好きで学生時代は全国大会の常連だったという。自身がやっていたのはテニスだが、他の競技も見る。俺は朝の通勤中にネットニュースでこしらえた知識で昨日の熱戦の相槌を打つ。 　始めにこの人の下に就いたときは面倒な体育会系が上司になってしまったと思ったものだが、今はこの人で良かった。 「そういえば今度中国で、」 「行きませんよ」 「聞けよ。分かってるけど」 　食い気味で海外出張を断った俺に上司はただ笑う。 　この人は過去の俺の中国行きも止めてくれた。それも「オンラインゲームの日本サーバーに繋がらないから」とかいうふざけた理由で。日系大手なら叱られて相手にされなかっただろうが、ワークライフバランスの均衡を重視する外資は俺の趣味を笑わなかった。eスポーツがオリンピック競技に検討されるほどメジャーになってきたことも理由としては大きい。 「お前がやってるゲームにも世界大会とかあるのか」 「ありますね。結構日本も強いですよ」 「ほー」 　義理のように俺の趣味についても聞いてくれるが、興味はないらしい。気のない相槌だけが返ってくる。ちょうどメンバーが揃ったこともあり、仕事へと頭を切り替えた。 　中国行きの打診は直属の上司以外からも俺の元へやってきた。日本支社には中国語が出来る人材が少ない。だがネット規制がある中国はどうしても嫌だ。毎回「台湾なら」と答えている。 　台湾は良い。過去に滞在したときはとても楽しんだ。人生一の経験をしたと言っても良い。滞在先のホテルの狭いデスクじゃゲーミングノートPCを使えどガチのランクマは無理だったが、それなりにカジュアルを回すことは出来た。それに楽しみはゲームだけじゃない。 　2019年に同性婚を合法化した台湾のゲイカルチャーは日本に比べオープンで、西門町という台北の中心都市ど真ん中で賑わっていた。街行くカップルは老若男女関係なく、同性同士で肩を抱き、身を寄せ合っている。試しにと足を踏み入れたゲイタウンはストレートのカップルやファミリーも食事に来るような開放的でお洒落な街だった。外国人の俺にも寛容で、日本人だと知るとアニメや漫画の話をよく振ってきた。もちろんゲームも。 　俺は女には興味がない。正真正銘のゲイだ。異国の街ということもあり、俺自身も自分のセクシャリティにオープンになった。 　最初に日本のゲームが趣味だという男と関係を持ったときに、教科書通りだった俺の中国語をもっと色気のある言い方や誘い方が出来るよう手解きを受けた。代わりに「日本人は変態が多いんだろう？」と期待に満ちた眼差しで言われ、面食らった。確かに、日本のアダルト産業は海外で人気で特にアジア諸国での売り上げが著しいと聞く。それで日本人全員が変態扱いされるのは癪に障るが……幸いなことに俺はどちらかといえば"そちら側"だ。出来る限りのリクエストに応えた。 　英語も中国語も出来る俺は台湾人だけでなく他の外国人とも関係を持ったが、マッチョが好まれるゲイの風潮は俺に合致しない。声をかけられるのは大抵親日家で日本に興味がある奴か、「声が良い」という理由だった。俺の発達した喉仏は確かに低くてどっしりした男らしい声をしている。たかが自分の国籍と生まれ持った声帯で自分より体格の良い男と寝続けた。たまらない。のめり込んでしまった。充実したセックスライフに帰国するのが惜しくなった程だ。ちょうどFPSゲームのニュータイトルのリリースがあると知らなければ、そのまま台湾に残ると駄々をこねたかもしれない。