23 / 45

23:待ち合わせ

 待ち合わせ場所に行くと先にマキが居た。見知らぬ女と話していたから、少し離れた場所で待つ。知り合いにでも会ったのかと思っていたが、様子を見てると違う。逆ナンだ。連絡先を交換している。なるほど、そういうこともあるのか。しばらくして俺の姿に気づくと女に断って駆け足で近付いてきた。 「ごめん、何か話しかけられてて」  キャップのつばを上げて顔を見せながら、曖昧な言い訳をする。 「待ってた?」 「いや、別に」 「こっちに移動して分かるかなあ? ヤカモレさんに連絡しよ」  俺とマキが居るのは駅の出入り口からは死角になる場所だった。俺の隣でマキがスイスイとスマホにテキストを打ち込む。俯くとつばで顔が隠れた。今日のマキは黒のTシャツに黒のテロテロしたフェイクレザーのようなボトムを履いていた。ワントーンコーデはこの間も履いていた騒がしい色のスニーカーとよくマッチして似合っている。「てかさあ」とマキに話しかけられるまでよくよく見ていた。 「ぜっとさん、最近俺のこと避けてない?」  拗ねた言い方をする。今日もかわいい。 「避けてない」 「ほんと~?」 「ヤカモレさんだ」  尚も唇を尖らせるマキを無視して、近づいてくるヤカモレさんに視線をやった。今日はヤカモレさんが幹事だ。ヤカモレさんは遅れたことを謝り、俺の姿を見て「ぜっとさん今日私服じゃん」と話しながら店へと歩き始めた。 「明日も仕事休み?」 「ああ」 「じゃあいっぱい飲めるね~」  ヤカモレさんとは酷い二日酔いになった最初の飲み会以来飲んでない。その記憶しか無いから、普段の俺の酒を飲むペースがあれだと思われている。今日は少し抑えよう。この間のマキと飲んだときも飲み過ぎたが次の日までは残らなかった。そのくらいにしたい。  ヤカモレさんが予約した全席個室の居酒屋に入る。ビル内だが店の敷居をまたぐと白い石畳が横開きの障子扉まで続き、両端の間接照明が雰囲気を出していた。料亭というほど格式高くは無いが、接待なんかに使われそうな店だ。美味かったら俺も仕事で使おう。個室間の壁が薄くそれなりの喧騒があるのも、営業じゃない俺がカジュアルに使えそうで丁度良い。ヤカモレさんに上座を譲り、手前の席に座りながら店を観察していると「詰めて」とマキが隣にやってきた。 「腹減ったぁ~」  そう言ってマキが俺の目の前を腕で横切り、テーブルの奥にあったメニュー表を取る。距離が近い。確かにこっちが下座だ、一番若いマキが座るのも分かる。だがこいつはそんな気遣いが出来るやつじゃない。最初の飲み会のときも迷わずヤカモレさんの隣に座ったから今日もそうするだろうと思いこんでいた。不意打ちに驚いていると、「これ美味そう!」と肩を寄せて俺にメニューを見せてきた。身を寄せ合う必要のない、スペースにゆとりのある良い店だ。マキはわざわざ距離を詰めてきている。  何なんだよ。  適当に返事しながら掘りごたつの更に奥側に尻の位置を移した。その後もマキの不可解なボディタッチは続いた。 「マキちゃんめっちゃチャンネル登録数増えたよね」 「そう! そうなんだよ!」  乾杯して、料理が来て、最近実家に戻ってどうなんだとヤカモレさんの近況報告のあとはすぐに配信の話になった。  マキはソロ配信の評判が良く順調にリスナーを増やしている。その話をヤカモレさんが振ると全力で本人が同意していた。ヤカモレさんが笑う。 「なんか、ようやくここまで来たか~って感無量だわ」  中ジョッキを持ったまま口をつけず、ヤカモレさんはほろ酔い心地で率直な感想を漏らす。 「俺、マキちゃんはぜぇーったい人気になると思ったからさあ。評判落ちてるときこのまま消えちゃうの勿体ねぇなって思ってずっと絡んでて」 「まじでそれ、感謝してる」 「でしょお?」 「うん。ヤカモレさんが居なかったら俺配信辞めてるもん」  それは俺がマキの配信を見ていない間の話だった。調子に乗って粗相ばかりして他の配信者に迷惑をかけ、同接数が落ち込んでいた頃の。その間もずっとヤカモレさんはマキに絡み続けていた。親心みたいなものでマキの成長と今の状況を喜ぶ。 「ソロ配信も安定して面白いし、コメ欄もわりと落ち着いてるよね」  わりと、という言葉は的確にマキのファン層を表している。まあ、芸能界に居てもおかしくないくらいの男前だ、少しは変なファンが居たままでも仕方がない。 「男ファンが増えたのが嬉しいんだよなあ。俺と同じゲーマーの」  ぜっとさんみたいな。そう言わんばかりに、つん、とマキが膝を合わせてきた。何だ? 横目でマキの顔を見るが、顔の向きは正面を見たままだ。気のせいかと思ってそのまま話を続けていたが、すり、と今度は擦りつけてきた。本物のレザーとは違う合皮が俺のボトムに引っかかる。ぐいっと押されると暖かく筋肉質な太ももの感触が分かった。意識させられる。マキはやっと横にいる俺に視線をやり、「な?」と話の同意を求めてきた。その顔を見て分かった。    こいつ。からかってんのか。    細まった目元は俺を試すように「どうせ俺のこと好きなんだろ?」という優越感が透けて見えた。それはこれまでにも経験のある幼稚な駆け引きだ。俺が慕っていることが分かると、相手は俺の好意にあぐらをかき、勝ち誇ったように振る舞うのだ。ゲイの俺に対して「こういうのが嬉しいんだろ?」と見下してサービスしてくる。それにまだ経験の浅かった昔の俺がいちいち動揺すると相手はますます調子に乗った。俺のことなんか好きでも何でもないのに。 「ぜっとさんもそう思うだろ?」  頭の奥が熱い。余計な記憶を思い出した。  話なんか聞いてられるか、ノンケの傲慢さに吐き気がする。 「さあな」  適当に返事してマキの足をぐいっと押し返した。酒が不味い。  

ともだちにシェアしよう!