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34:朝ごはん

 着替えてベッドの片付けをしていると段々と冷静になってきた。うちのドラム式洗濯乾燥機は優秀だが、シーツの下に敷いている防水パッドは乾燥機不可の表示がしてある。家事の手間を惜しむために便利家電を導入し、それに合わせて使うものも変えていったが、これだけはどうしようもない。敷いていないとマットレスが駄目になる。クリーニングに出せるほど厚顔でもない。今日は洗濯して過ごそうと考えているとマキが帰ってきた。 「あそこのコンビニ、低糖質パン売ってた」  話しながらキッチンに買ってきた袋を置く。「包丁どこ?」と長いこと使ってない調理器具を探し始めた。 「シンク下にあるだろ。何に使うんだ」 「サンドイッチ作ったげる」  料理をすると言う。 「お前が?」 「俺が~」  機嫌良く答えると、鍋に水を入れてコンロの上に置いた。湯を沸かそうとしてる。俺は一度横を通り過ぎてベッドのリネン類を洗濯機に放り込み、戻ってきてマキが買ってきたものを見た。パン、サラダチキン、たまご、カット野菜。 「サンドイッチなんかしなくてもこのまま食えばいいだろ」 「分かってねぇな~、この一手間で美味くなるんだって」  分からん。俺は納豆と白米も混ぜずに別で食べる。その方が片付けが楽だし、味も対して変わらん。でも背を丸めてチキンを切り分け、茹でた卵の殻をちまちまと剥いているマキの姿を見ていたら、それ以上何も言う気にならなかった。黙ってマキの手際を眺め、荒くみじん切りにした卵にヨーグルトを混ぜ始めたときは、俺が口を出していい領域じゃないと悟った。ヨーグルトなんていつもそのままでしか食わない。味の想像がつかない。出来たものがうちにあるただの白い皿に"映える"状態で盛り付けられ、「どこで撮ろっかな~」とマキは写真スポットを探し始めた。 「ぜっとさんち何でテーブル無いの?」 「……一人ならそこで事足りる」  俺に対する呼び方がいつものそれでほっとする。流石に平常時も「こうくん」じゃ敵わん。  ゲーミングデスクを指して答えると「あ~」とマキは納得したような呆れたような声を出した。結局キッチンカウンターで写真を撮り始める。 「こういうの、お前が作ってたんだな」  マキのSNSでよく見るやつだった。マキは人気コーヒーチェーンやコンビニの期間限定商品の他に、カフェ飯もよく写真に撮ってあげている。たまに家カフェと題して手作りのそれっぽい写真も上げていた。中身はタンパク質たっぷりの筋肉増強メニューで、ダイエットや筋トレをしている女子にウケが良い。このサンドイッチだってチキンと卵がどっさり入ってる。繊細に盛り付けられた写真に、まさか自分で作ってるとは思ってなかった。 「あ~っ、母ちゃんに作ってもらってると思ってただろ」  マキは実家暮らしだ。配信では同居している両親の話もよくする。母親が口うるさいとよく言う。 「うちの母ちゃん、こういうの面倒くさいんだよなー。筋トレ始めたときに食事改善もしたくて色々言ったら自分でやれって言われて、そっから自分で作ってる。母ちゃんパートで俺より忙しいんだもん。俺ずっと家に居るから、今じゃすっかり飯係だよ」 「毎日作ってるのか?」 「そうだよ。昨日みたいに遊びで暴飲暴食するためにいつもは節制してんの」  知らなかった。  実家暮らしで悠々自適でゲームばっかりしてるのかと思ってた。配信に映るマキの部屋も男の部屋にしては整頓されているし、てっきり片付けてもらってるんだろうと。もしかしたら全て自分でやってるのかもしれない。 「あ、ぜっとさんの部屋映りこんじゃった。匂わせ~」 「やめろ」 「撮り直す撮り直す。早く食お」  真上からサンドイッチだけが映る画角で写真を撮り直し、マキが俺の分の皿を差し出す。ソファに移動して皿を膝に乗せて食ってみると、一口で口の中が具でいっぱいになり、卵サラダがパンの端から飛び出した。食いづらいが、こういうものなんだろう。マキが自分では食わずに期待した目でずっと見ていたから「美味い」と言ってやった。実際美味かった。 「だろ~?」  かわいい。  ドヤ感というより、単純に褒めて欲しいといった犬っころのような笑顔だ。絆される。「また作ってやるよ」という言葉に期待してしまう。黙って口を動かしていたらすぐに食べ終わってしまった。  また、なんてあるんだろうか。  好きだと思ったら途端に今までの自分の振る舞いが恥ずかしいものに思えてきた。どうせ一晩限りだろうと昨日は調子に乗った。随分甘えたことをしたと思う。恋人同士のようなセックスはマキの気持ちも盛り上げてくれたようで、今朝はその名残か飯まで作ってくれた。十分だ。  こんな可愛い年下のノンケと寝たなんて知れたら他のゲイに嫉妬される。まさか付き合おうとまで思わない。 「今度遊びに行こうよ」    マキはサンドイッチを食べ終わり、もう一つ買っていたサラダチキンを袋から直接かじりついていた。今度はただ腹を満たすため、映えなんて関係ないようだ。よく食べる。でかい一口でもがもがと食べながら合間に喋る。 「映画でも見に行こ」 「映画くらい一人で見れるだろ」 「デートしようっつってんの」  はぐらかす俺にマキが苛ついた声で補足する。……分かってる。俺が期待したくないだけだ。  口説かれてもやっぱりただの勢いだと思ってしまう。お互いに昨日の今日で調子に乗ってるだけだと。マキは不機嫌そうな顔のまま口の中身を飲み込むと、俺に向き直った。   「なあ、俺やっぱ付き合いたいって思ってんだけど。でも勢いで言っても駄目なんだろ。じゃあちゃんとデートしてみようよ。酒飲んでセックスだけしててもセフレにしかなれねーじゃん」  勢いじゃなかったら俺が頷くと思ってんのか。調子に乗ってんじゃねぇと悪態づきたかったが、実際その通りだから黙った。マキの顔が良すぎるのだ。だからマキも好かれて当然だと思ってるし、俺も強く嘘がつけない。どうしたって見つめ続けられると俺が負けて先に目をそらす。   「……分かった」  俺がデートを承諾すると喜び、マキがキスしたいと迫ってきたが断った。

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