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35:映画デート

 マキからデート前に「これが観たい」と送られてきたタイトルはアニメ作品だった。俺は観たことがない作品だったが、テレビシリーズからの連続作品ではあるものの一話完結の群像劇だから映画だけでも話が分かると補足された。でもどうせなら全部観た方がより楽しめるだろう。主題歌とCMを除いた約20分間は通勤時間に観れる。週末、俺が待ち合わせの場所で全部見たと言うと、マキは驚いていた。 「えっ、まじ? 泣いた?」 「泣いた」 「な~! 10話やばいよな」 「ちょうど家で見てたから助かった」  最後の方は結局家で一気に見た。平日見きれなかったというのもあるし、見始めたら先が気になって止まらなかったのだ。  映画館に行く道すがらマキがテレビシリーズのあそこが良かったここが良かったと話して、これから観る映画の気分を高めていった。昨日見終わったばかりの俺はマキの言うシーンがすぐに思い出されてひたすら頷いてやる。本当に好きな作品らしい。「語れて嬉しい」とにこにこして、映画館ではグッズも買っていた。最近のアニメグッズは洒落ていて一目でそれとは分からない。マキが選んだブックカバーもキャラクターのシルエットが描かれてはいるものの、そういうデザインだと納得してしまう感じだ。些か少女趣味ではあるが。 「何か食い物買うか?」 「あ~、俺、映画観ながら食うのあんま好きじゃない。家でならいいんだけど」 「分かる。俺もだ」  こういうところの感性が同じなのは良い。  上映時間までロビーのベンチで座って待とうとすると、マキが隣に詰めて座って「終わったら飯食い行こ」と誘ってきた。距離が近い。ぴったりと太ももを合わせて喋るこの感じはバーで「いけるかどうか」を相手に判断させるときの距離と同じだ。公然といちゃついてるわけじゃないが、落ち着かない。だがマキももしかしたら今、付き合うためのチェック項目を1つずつ確認しているのかもしれないと思うと離れられなかった。  俺は待ち合わせ場所で目が合ったときに既に「好きだ」と再確認している。  明るい昼間の時間帯のマキは、夜のそれとは比べ物にならないくらい人目を引く。ただでさえどこもかしこも大きくてスタイルが良いのに乗ってる顔がこれだ。俺を待つ間、いつものキャップを目深に被ってスマホに目を落としていたが、その存在は周りに気づかれていた。影に隠れるやたら整った顔は冷たい印象すらあったが、俺が呼びかけるとパッと明るく綻ぶ。これを知ってしまったら戻れない。 「お、入場開始だって。行こうぜ」  とん、とマキが肩で俺を小突いて立ち上がる。都市部の大型映画館の建物は縦に長く、スクリーンは階が別れていてエスカレーターで移動する。先に行くマキはわざわざ狭い階段に乗ってから俺に振り返り、「楽しみ」と笑った。  映画はとても良かった。  テレビシリーズ同様の感動ストーリーで、映画ならではのサラウンドと映像美もあった。最近のアニメ作品はすごい。ぬるぬる動く。始まる前からタオルを取り出して握りしめていたマキは、開始15分でもうそれを目に当てていた。 「めちゃくちゃ泣いた~」 「初っ端から泣き始めてどうしようかと思った」 「ぜっとさんだって最後泣いてただろ」 「多少は」 「何でぇ? マスター昇格したときはぜっとさんの方が泣いてたのに」 「そりゃ思い入れが違うだろ」  自分が当事者の方が泣ける。  目が赤いマキを引き連れてカフェに入り、飯を食いながらまた映画の話をして、どのキャラクターが一番好きかと聞かれた。主人公だと答えると、マキに「え!」と驚かれる。 「男キャラじゃないんだ」 「あ?」 「いるじゃん、イケメンキャラ。絶対あいつだと思った」  作中でイケメンとして描かれているキャラを選ばなかったことが意外だったらしい。主人公は女だ。  いくらゲイだからって偏見が過ぎる。面食いの自覚はあるが、何でもかんでも顔が良い、ハイ好き、と言うほど安直じゃない。それに、 「ああいう、不器用で一途に努力するやつに弱い」  俺が主人公の好きなところを挙げると何故かマキは大げさに喜んで「俺も!」と大きく同意した。  それから一時間ほど語り尽くして「思ったよりずっと楽しかった」と笑顔でマキは帰っていった。まだ日も沈んでない、明るい内の解散だった。

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